絶望
「むっ、貴様は何者だ?見た感じ
ルーンの人間っぽいが、
なぜ異教徒どもを守ろうとするのだ!
貴様はメシア教徒ではないのか、
さては異教徒か?」
いきなり、自分たちの前に現れたボロボロの男を
司祭のシンダーは訝しげに見つめた
男は言った
「ふざけるな、メシア教だろうがなんだろうが
関係あるか、いきなりこの人たちを
襲っていい理由なんてあるわけがないだろう」
シンダーとバルカとアレックは、馬から降りた
バルカはグレートソードを、
アレックはロングソードを構えて
シンダーの両脇に立つ
いやらしい爬虫類顔のアレックが言った
「異教徒だからだよ、バーカ、
異教徒は殺して財産を奪ってもいいっての!
メシアの思し召しだぜ、俺たちは正しいことを
やってんのよーーん」
目が離れたカエル顔のバルカが言った
「おで、思うに、こいつ、ルーンの人間だべ
共通語はなしてるべ、どうすっだ?
こいつも殺していいのか?」
変態中年教師風のシンダーが言った
「答えよ、貴様はメシア教徒か?
それとも異教徒か」
金髪碧眼の爽やかイケメンの男が答えた
「お前たちに答える必要はない、
おそらくお前たちは
プラウダールあたりから逃れてきた
敗残兵なのだろうが、このようなことをして
恥を知れ!!
お前たちが戦うべきは魔王軍だろう」
...強力な魔王軍と戦うのはもうゴメンだ...
それよりは、ここを通る旅商人たちを襲うほうが
よっぽど容易いし、実入りもいいに決まっている
この男も、おそらくは敗残兵なのだろうが
どうやら味方に引き入れるのは無理なようだ
先端に星のマークがついた杖を掲げて
まるで断罪するかのようにシンダーは言った
「ふむ、異教徒だな、ならば容赦はしないぞ
そちらの旅商人どもと仲良く殺されるがよい」
アレックが言った
「俺たち、何十人といるんだぜ、見えねえの?
一人で粋がって馬鹿じゃねえかコイツ
異教徒とも仲良くしよーってか?
テメエは世界市民かーーっつの」
バルカが言った
「こいつ、おでより頭悪い、この人数に
勝てると思ってんのが?
おでたちに加わったほうが
いい思いができるのに、ほんと馬鹿だべ」
シンダーは、両隣のアレックとバルカに向かって
合図した
グレートソードとロングソードが男に向かって
振り下ろされる
男は、みすぼらしいブロードソードを動かした
そして、それが3人が見た最後の光景だった。
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マックスは淡々と剣を振るった
まるで紙を斬るかのように、安々と兵士たちが
切られ、倒れていく
自分たちは、すべての人間種族のために
戦っているのではないのか?
仲間たちの顔が浮かぶ。
全員が、人々のために戦い、
強力な魔王軍に対して一歩も引くことなく、
そして、命を賭して自分を逃がしてくれた
”勇者はすべての人々にとっての希望なのだと”
「なのに、なぜ、俺は人間を斬っているのか?」
気が付くと、生き残った騎馬隊が
乗り主の居なくなった多くの馬たちを連れて
全力で逃げていった
マックスは振り向いた
あの旅商人たちも、いつの間にか逃亡して、
遠く、小さくその姿が見えるだけだ
マックスの目の前には、無残な姿の
数十人もの兵士たちの死体があった
マックスは呆然と立ちすくんだ
「初めて人を殺した、勇者の剣のおかげで
斬った感触はまったくなかったが...
でも、俺は人を殺したんだ。
わかっている、こいつらは、俺が居なかったら
あの旅商人たちを虐殺していただろう。
そして、今までも同じことを
繰り返してきたはずだ...
でも、俺は人を殺したんだ」
ふいに、マックスの手から、勇者の剣が
跡形もなく消滅した
...まるで今まで無かったかのように
その存在を無に帰してしまった勇者の剣...
ヨタヨタと地面に座り込むマックス
「そうか、勇者の剣よ、俺を勇者だと
認めてくれなかったんだな。
ああ、もう、俺は何のために戦い続けるのか
分からなくなってきた。
何が勇者だ!仲間たちすら守れず、
勇者の剣にすら見放され
俺は勇者じゃない、勇者じゃないんだよ」
マックスは立ち上がると、ヨロヨロと、
湖の淵に沿ってただ、ただ、歩き始めた
やがて、木陰で倒れこみ、
そのまま眠ってしまった
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イーストエアの西にある古都「サルマティクス」
古代から交通の要所として栄えた
豊かな交易都市だ。
最近は、魔王軍の影響で、
西のルーンの内海の国々とは
交易がしづらくなっているが
それでも細々と旅商人による
交易が続けられていた
色とりどりの多くのバザールが立ち並ぶ
自由市場は、午後になっても
活気に満ち溢れていた
その近くの、石造りの建物に囲まれた
細い路地において
ジジイが子供たちを騙していた。
ジジイが言った
「ふむ、このカードの攻撃力は100じゃが
特殊能力として、火属性の相手の攻撃を
無効化するので、ワシの勝ちじゃな」
こうして、対戦相手の子供から、カードを
分捕る
泣き喚く子供、ジジイが言った
「小遣いを貯めて、カードを買い戻しに来い、
金さえ出せば、もっとレベルの高い
カードを手にれられるぞい」
見かねた子供の親たちが、何人も集まって、
ジジイに苦情を言いに来た
「しかしじゃの、親御さんたち、
ワシは子供たちに
勝負事に熱中すると痛い目を見ると教えて
あげておるのじゃ。
このような無意味なカードゲームよりも、
もっとやることがあるじゃろう!
ワシは、子供たちに自分の力で
それに気がついて欲しいのじゃよ
そもそも、それを真っ先に教えてあげるのが
お前さんたちの仕事じゃないのかね」
妙に説得力のあるジジイに、親御さんたちは
言いくるめられてしまう
頭に色とりどりの布を被った彼らは、
うんうんと頷きながら、去っていってしまった
茶色と緑色の混じったような色のマントを羽織り、
フードを深々と被り、長いあごひげを生やした
そのジジイは、石畳の上に座り、
密かにほくそ笑んで
その日、子供たちから分捕った金を数え始めた
そんなジジイの背後に、
同じく茶色と緑のマントと、
フードを深々と被った人物が近づいてきた
重そうな荷物を両手で抱えている
そして、ジジイに言った
「長老、また、つまらない詐欺を
やっているのですか?
全うな仕事でお金を稼いで、
全うな生活をしようと
皆で決めたではありませんか」
振り向いたジジイのあごひげを、
その人物が掴んで引き剥がした
ジジイはアタフタと後ろ向きに倒れた
服の袖から、イカサマ用のカードが何枚も
こぼれ落ちる
「おお、キオミか、どうじゃ、
商売のほうはうまく行っておるか?
宿屋のネーヤは、川原で食堂を始めたが、
客入りは上々のようじゃが」
付け髭を投げ捨てながら、キオミは肩をすくめた
「長老と違って、私はイーストエアの言葉が
しゃべれないし
それに、ここはあまり甘草も手に入らないし
でも、ここの人たちが好むスパイスを
飴の中に練りこむことで、
新しい味を試してみるわ」
あの夜、森の外周部の店に居て、
一週間分の甘草飴を作っていたキオミと、
宿屋のネーヤをはじめとした
数人のハイエルフたちは、
襲撃によって皆から分断された。
宿に泊まっている人間たちを守っていたからだ
やがて、長老のオウルとディックソンが
駆けつけて
グラウンド.ゼロを足止めしてくれた
おかげで、逃げ出すことができた
人間たちと別れたあと、
このサルマティクスに来れたのは
保護していた昆虫たちのおかげだ
一日、数百マイルは走っただろう
昆虫たちを近くの洞窟に隠し、こうして
イーストエアの都市で生活を始めることになった
やがて、キオミとオウルは、川原に建てられた
みすぼらしい建物に行き着いた
テントの布と、適当な板切れで作った
ボロ家屋だ
入口に、長老オウルが作った旗がはためいており、
イーストエアの言葉で
「定食屋」と書かれている
宿屋のネーヤと、その小さな娘レネクと、
あっちの世界から来た
キャサリン.キックとヘリントン.アームが
働いていた
食材の切れ端をもらって、洞窟に隠してある
5匹のケーブマンティスたちの元に
持っていかなければならない
その途中の草むらで、甘草を採取することも
忘れてはならない
そして、夜も更けた頃、川原から少し離れた
少々古い石造りの一軒家に、キオミは戻ってきた
「あの時、マックスがくれた金貨を
懐に持っていたおかげで、
家を借りることができたわ。
でも、彼らが世界樹の森に来ても
焼けた木々を見るだけ...
魔王と人間との戦争が終わるまで
このイーストエアに隠れ続けるかもしれないし
もう、彼らと再会することはないのかな?」
家の居間には、長老のオウルが一人、
長椅子に寝そべっていた
キオミは、フードとマントを脱いで
玄関の衣装がけに掛けた。
肩のあたりで無造作に切られた金髪が
ふわりと羽ばたく
切れ長の目に、空色の青い瞳
そして、風呂場に行くと、
ウンディーネを召喚して浴槽に水を満たし、
サラマンダーを召喚して湯を沸かした
湯船につかりながら独り言をつぶやく
「石に囲まれたこの都市ではなんだか
落ち着かないわ、世界樹の森が無くなった
としたら、あっちの世界から種を持ってきて
また森を育てないといけない
元通りになるには、
何百年、何千年とかかるでしょうね
この時代に生きる人間たちはもう二度と
世界樹の森を見ることはないでしょう」
やがて、定食屋の営業を終えた
ネーヤとレネクと、キャサリン.キックと
ヘリントン.アームが
続々と家の中に入ってきたのだった。