アジテーター
ひたすら平坦な大森林を突き進む
チームアルファの元に、
ついにストゥーカからの連絡が入った
「異常事態よ、今、目の前に
大きな森林火災の跡がある!
霧に包まれていたせいで
目視では気がつかなかったけど、
何やら焦げ臭いような匂いがしていたの
あっ、一際高くそびえ立つ
木々の焼け跡を発見したわ!
ああ、なんてこと...」
マックスの心臓が高鳴った
「ストゥーカ、引き返すんだ!
俺たちも今から最大速度でそちらに向かう、
チームブラボー、チームチャーリー
聞いたな、異常事態だ!
クソ、なんてこった」
そして、彼らはたどり着いたのだった。
彼らの目前に、真っ黒に焼けた巨木の幹が
何十本も天に向けてそびえ立っていた
高さは100メートル以上はあるだろう
焼けた幹のみになったその巨大な木々以外の
周辺の森は、原型もないほど燃え尽きていた
つまり、黒い炭の残骸に覆われた大地の
真ん中に、ポツンと、数十本もの焼けた幹が
天に向かって突き出しているのだった。
チームブラボーの騎馬たちが、焼け焦げた
地面を踏み慣らしながら、ゆっくりと
周囲を警戒している
上空では、レッドドラゴンのボケコラが
低空を旋回していた
チームチャーリーの
エルフのリリーベルが言った
「...目の前の、焼けただれた幹、
世界樹で間違いないわ
未だに、かすかだけど、世界樹から湧き出る
マナと呼ばれる不思議な力を感じる。
セリス、敵の気配はないのね?
ハイエルフたちの気配は?」
聖眼レーダーを発動させているセリスが答えた
「...敵の気配はなし、ハイエルフならば
膨大な魔力を有しているはずだから
近くに居るのなら反応すると思うけど、
でも、彼らはその力を隠すことが
できるのかもしれない...
無事でいればいいのだけど」
チームブラボーの聖騎士リックが言った
「ハイエルフたちは、その数は少ないけれど
強大な力を持っているはずだ。
その彼らですら、世界樹の森を
守ることができなかった
つまり、強力な敵の襲撃を受けたんだ
だとすれば、セリスの聖眼レーダーを
ごまかせる能力も持っているのかも
しれないぞ、
そんな相手が俺たちの前に現れたら...
マックス、しっかりしろ!」
勇者マックスが言った
「す、すまない、リックの言ったとおりだ
世界樹の森をここまでできるほどの
敵が潜んでいるかもしれない
慎重に周囲を探索しよう」
隣を進む、魔法使いマリアンヌが言った
「この焼け方、たんなる火災ではないわ
目の前の世界樹だと思われる木々以外は
まるで超高温で一瞬にして炭化したように
なっている。
敵の仕業だとしたら、ちょっと次元の違う
火炎魔法を使ったとしか...」
僧侶エリーが言った
「巨大な木の焼け跡の麓に、
家屋の跡らしきものを発見!
基礎部分と柱の残骸らしきものしか
残っていません...
ああ、救世主よ、彼らにご慈悲を...」
マックスは、急いで
エリーのもとに駆けつけた。
世界樹であろう焼けた巨木の森の外周部に
数件の立ち並ぶ家屋の跡があった
マリアンヌの言ったとおり、
かなりの高温に晒されたのか
屋根や壁は消滅しており、
炭化した柱らしきものが
地面から突き出し、それも途中で消滅していた
しかし、一軒の家屋の
焼け跡に入ったマックスは
立ちすくんでしまった
そこには、巨大な鍋がポツリと
残されていたのだった
エルフのリリーベルもやってきて、
マックスの肩に手を置いて言った
「おそらくここはキオミの実家の飴屋、
この巨大な鍋で甘草を煮詰めていたのね
...でもマックス、
ハイエルフは、世界樹を通して
あっちの世界と行き来できると言われている
私も良くはわからないけど、きっと、
この森に居たハイエルフたちも、
世界樹の不思議な力によって
あっちの世界に脱出したと思う...
あっちの世界では、世界樹が
超巨大森林となって
果てしなく広がっているらしい、
まさに大陸の半分を覆い尽くすくらいに
だから、こちらと違って、
ハイエルフたちの人数も桁違いに多く、
いくつもの都市を築いているらしい。
ディックソンを見てわかるとおり、
あっちの世界のハイエルフたちは
とてつもなく強力
だから、きっと、キオミたちは
彼らに助けられて、あっちの世界で
無事でいると思う、気を落とさないで」
マックスは、巨大な鍋の前で
じっと立ちすくんだままだ。
エリーが、ブツブツと祈りの言葉を捧げている
チームアルファと、チームブラボーと
チームチャーリーは、焼けた家屋の周辺に
集まってきていた。
そして、唐突に焼け跡に笑い声が鳴り響いた
「ガハハハ、ウォーヘッドの集団が
こうもうまく網に掛かってくるとはな!!
世界樹も焼き払い、お前たちも始末できるとは
まさに一石二鳥よ!」
ふいに、ウォーヘッドたちの周囲の地面が
盛り上がり、
ストーンゴーレムが何体も出現した
マックスが言った
「く、やはり敵が隠れていたのか!クソ、
どうやったんだ!
皆、戦闘態勢を取るんだ」
ウォーヘッドたちは、10体を超える
ストーンゴーレムに囲まれていた。
さらに、焼けた世界樹の木々の奥から、
一体のデーモン族が出現したのだった。
それは、あまりにも自信満々な姿だった
まるで獣のようになった、
髭面の人間の男のような外見。
全裸だが、下半身はびっしりと体毛に覆われている
その首に、トゲトゲのついた首輪を嵌めていて
首輪には鎖がつながっており、
鎖の先は謎の異空間に消えていた。
落ち窪んだ眼窩に、二枚の銀色のコインをはめ込み、
口には猿ぐつわをきつくかましている。
それはまさに勝利を確信している姿だった
彼の種族は、あっちの世界では、「告発者」と
呼ばれているデーモン族だった。
しかし、この世界では、彼らは「扇動者」と
呼ばれ、嫌われていた。
猿ぐつわを噛みながらも、「扇動者」は、
流暢にしゃべった
「吾輩は、アジテーター.デーモンの
イワノビッチ=モスコロフニエフである!
魔王様にちょこまかと突っかかってくる
ハイエルフども、そして、お前ら
人間種族の突然変異ども、
全部まとめて葬りさってやるわ!!」
上空のボケコラは、驚愕した。
あのデーモン族の「扇動者」に
見覚えがあったからだ
震える声でボケコラがつぶやく
「ぬぐぐ、あのアジテーターに見覚えがあるぞ!
あいつは我を扇動して、王都への襲撃に
向かわせた奴だ、まさかこんなところで
再会を果たすことになろうとは...」