ルーン帝国式会食
どうやら当事者以外の訓練生には
この事件は知らされなかったみたいだ
レッドドラゴンのボケコラが
女子浴場の崖を崩したということしか
皆は知らなかった
翌朝、並んで歩くカールソンとマックスに
皆は普通に挨拶してくれた
というよりも、この二人が並んで歩いていること
をわずかに不思議がっている感じだった
マックスが言った
「カールソン、あの崖を単純に
体力だけで登ってきたのか、
すごい根性だな...」
カールソンが答えた
「そっちこそ、何、ドラゴンの力を
借りて覗きやってんだ...おかげで
ボケコラがアホすぎてバレちまった
じゃねーか、ちくしょう」
やがて、訓練所の廊下で、二人は
待ち構えていたセリスとストゥーカに
遭遇したのだった
壁に身体を傾けて、腕を組んでいる
ストゥーカが言った
「あの後、ボケコラがゲロったんだけど
やっぱりマックスは無理やり連れてこられ
ただけみたいね、ちゃんとジェネラルにも
報告しておいたから
あなたは罰を受けることはないわよ、
カールソンだけでいいわ」
腰に手を当ててセリスも言った
「あんちゃん、いや、マックスが覗きなんて
やるわけない。
ボケコラの仕業なら仕方ないわ
でも、カールソンは明らかに自分の意思で
あんな険しい崖を登ってきたのね
その根性はすごいけど、最低だわ」
カールソンが小さく舌打ちした
しかし、マックスは正直に告げた
「いや、俺は自分の意思で君たちを覗いたんだ
背を向けて目を閉じているという選択も
できたのに俺はそれをしなかったのさ」
セリスとストゥーカは、同時に、両手で
自分の胸元を抱えるような仕草をした
「え、覗いてたの?ま、まあ年頃の男子なら
仕方ないわね、でも、言ってくれれば
見せてあげ...いやいや、それはまずいかな
..覗きは良くないわ」
「あんちゃん、言ってくれれば一緒に入って
...いやいや、それはまずいわね
とにかく、覗きは良くないわよ」
セリスとストゥーカの反応に、カールソンは
まったく納得できないみたいだ
マックスのすこし後ろで、大きな舌打ちが
聞こえてきた
その後、カールソンが言った
「と、とりあえず、俺たちは
マリアンヌお嬢様に
謝罪しに行かなければならないんだ
ジェネラルのご命令だしな」
ちょうどその時、マリアンヌが
上流階級の友人たちと共に
こちらにやってきた。
そして、マックスとカールソンに
気がついた
二人を見るマリアンヌの目つきは
険しくなっていった
しかし、真剣な顔でこちらに向かってくる
マックスとカールソン、
そして、二人が意を決して
謝罪を述べようとしたその瞬間、
マリアンヌは片手を口元に
当てて咳き込んだ。
そして言った
「かつて人類の黄金時代を築き上げた
ルーン帝国のことはご存じね?
内海の周辺を統一し、最盛期の版図は
西海の沿岸から東方の森林地帯にすら
及んだと言われてますわ
でも、それほど強力だったルーン帝国が
滅んだ原因は、私たちウォーヘッドだった。
魔王を倒したのは良かったのだけど
ルーン帝国の貴族たちは、その後、
ウォーヘッドたちの力を自分たちの
ために利用しはじめた
結果、帝国は分裂し、人類は弱体化
してしまったのですわ
ジェネラルがおっしゃってたわね、
私たちウォーヘッドは、戦いの為だけで
なく、自分たちの為に団結しなければ
ならないって
その強大な力を利用されないために、
そして、自らも欲望のために
その力の使い道を誤ることがなきように」
周囲の友人たちに遠慮して、遠まわしに
伝えようとしているが
マックスにはマリアンヌの意図がわかった
「ああ、俺も今まで君たちを近寄り難い
と思っていたことは確かだ
でも、俺たちはこれからお互いの
背後を任せて戦っていかなければ
ならない。
はるか太古の世、
神々の大戦で世界が分かれてしまった後、
人類はルーンの内海の周辺部を
数の力によって支配した。
そこは気候に恵まれ、
内海に注ぎ込むいくつもの
大河の流域の土地は肥沃で
何よりも、穏やかな内海を
自分たちの海として
利用できたことが大きかった
肥沃な穀倉地帯で生産される農作物を
安全な海路によって流通させることが
できたことで、人類は飛躍的に発展し
やがて、ルーン帝国が誕生した
文字通り、ルーンの内海を取り囲む
空前の大帝国だ
だが、そんな帝国もその絶頂期の
ただ中にあってすら
すでに滅びの要素を孕んでいた
今の世では、それはルーン帝国が我々に
残した最大の遺産なのか?それとも
帝国を滅ぼした最大の要因なのか
学者の中でも議論が分かれているのが
メシア教の誕生だ
メシア教、それはまさに人類が生み出した
最大のフィクション、
他の種族は、基本的に自分を創造した神を
崇めている、
まあ、それは自然で分かりやすいことだ、
かつての、ルーン帝国の国教もそうだった。
光と闇、関係なく全ての神々を崇めていた。
しかし、メシア教の最大の特徴は
いずれ誕生する人類の
救世主を唯一神とすることだ
そのメシアとは、生まれながらにして
すべての恩恵を発現させ、さらに長じて
かつて存在した神々をも超える
絶対的な唯一神となるであろう人間のこと
いずれこの世界に降臨するであろう
唯一神のために、今の世界を生きる
我々は、その土台を築かねばならない
というのだ
そう、人類は、まったくのフィクションの
存在を神として崇める唯一の種族なのだ
メシア教の誕生がルーン帝国を
どう変えたのか?
それは、我々は未来によって
縛られてしまったということだ。
かつて、ルーン帝国の人々は
不明瞭な未来に向けて挑戦し続けた。
学問を発達させ、真理を追い求めた
しかし、メシア教にとって未来は
ただ一つ、唯一神が降臨し、
それまでの過去の人々の行いを
裁くというのだ
つまり、メシア教の教義に従って
生きてきた者だけが救われ、
自分の意思で未来を切り開こうとする
挑戦は、唯一神への冒涜とされたのだ
それはルーン帝国の驚くべき
自由で快活な精神性を否定し、
その活力を奪っていった
やがて、マリアンヌの言ったとおり、
魔王の侵攻によって出現した
ウォーヘッドたちをメシア教団は
救世主に先駆けて人類を
導く前駆者と位置づけ、利用しはじめた
そう、ウォーヘッドたちを利用しはじめた
のだ!
その後は知ってのとおり、
メシア教団と利害関係を結んでいた貴族たち
の内紛にウォーヘッドたちは巻き込まれ
ルーン帝国は崩壊したのだ
いくつもの王国に分裂してしまった
ルーンの内海の周辺部
しかし、依然としてメシア教団は大きな
力を持ち、まさに人類を支配していると
言われていた
しかし、この状況を変えようとしたのが
前回の魔王の侵攻を阻止した
勇者マルスだ
かつて人類が直面したことがないほどの
強大な魔王に立ち向かった
前回のウォーヘッドたちは、
しかし、硬直したメシア教団の体制に
縛られ、効率的な作戦行動をとることが
できず、そのほとんどが戦死してしまった
魔王を倒した勇者マルスは、その余生を
メシア教団との戦いに費やしたのだ
やがて、宗教改革に成功し、
ルーン帝国の精神性を見直す動きが出てきた
我々は未来に縛られるのではなく、
挑戦し続ける必要があるのだと
ウォーヘッドたちは、メシア教団や国家に
縛られることのなきよう、
お互いに団結して助け合わなければならない
のだ!
そして、かつてルーン帝国の持っていた
チャレンジ精神を尊重しなくてはならぬのだ!
だから、その、君は
ルーン帝国の文化について詳しいから
俺より知ってると思うが
かつて、ルーン帝国の貴族たちは
リラックスしながら会食を行い
お互いに親睦を深めたと聞く。
その、それをやってみないか?」
マリアンヌの家系は古く、
ルーン帝国の貴族にルーツを持っている
だから、マックスはあえて彼女を
ルーン帝国式会食に誘ったのだ
とたんにマリアンヌの顔が赤くなった
「え?ええ、べ、別にいいわよ
それじゃあ、セリスとストゥーカと
あなたとカールソンで
私の別荘で会食をしましょうか
私の家は、ルーン帝国時代の作法も
受け継いでおりますので、
きちんと再現してみせますわ」
こうして、マックスはジェネラルの
命令通り、マリアンヌと親交を深める
足かがりを得たのだった