人の話は聞きましょう。
「樋口部長、説明してもらえますか?昼に。」
「…っ、わかった。昼飯がてら二人に説明する。」
自分の机に向かう途中、普段より速く来ていた樋口部長にさや先輩が声を掛ける。樋口部長が返答するとそのまま通りすぎる。
「昼はちょっと高い例のお店にしましょう。」
「ああ、あの落ち着けるけど値段がやや厳しい所…」
「そしておごらせましょう。」
「御意御意。」
私とさや先輩は作戦を練り、それぞれ業務に勤しんだのだった。
★★★★★
ビルの間を少し歩いたその先に、日本庭園と古民家の建物が見えてきた。日陰と、そして風のおかげであまり汗をかかずに到着できた。
「樋口部長、ごちそうになります。」
「ごちそうになります。」
店の前でくるりと振り返ったさや先輩はにっこりとして言った。
私も追随して言う。
「ああ、今日は俺の奢りだ。好きなものを頼め。」
苦虫を噛み潰したような顔で樋口部長は答えた。
なにそのイヤそうな顔…
お店に入るとすぐに、奥の掘炬燵式の半個室に通される。
ホカホカのおしぼりで手を拭き、運ばれてきた麦茶を飲んで喉を潤す。
あー、このおしぼりで顔を拭きたい…!!!
「樋口部長、予算を提示してください。」
「それによってなにを食べるか決めます。」
メニューをずいっと樋口部長に見せる。
一番安くて1500円(税別)なのだ。
樋口部長はさらっと見て言った。
「ステーキとろろ膳にする。お前らもそれでいいか?」
「私は刺身とろろ膳にします。」
「私は海鮮とろろ丼で。」
一番高いメニューを樋口部長がチョイスしたので安心して三番目位にお高めのモノを選べた。
注文後、しばしの沈黙が訪れる。
「それで?
何故断ったはずのバーベキューに参加することになっているんですか?」
さや先輩がズバリ聞く。
樋口部長は気まずそうに目をそらしながら答えた。
「富久山が…お前らも行くなら参加すると言うから…」
「で、断られたのにも関わらず嘘をついたと。」
「……」
「……」
無言の攻防が続き、そして樋口部長は頭を下げた。
「申し訳なかった。
だが、参加はしてほしい。頼む。」
お、俺様が謝罪した…!!!!!
この人には謝るというコマンドが無いと思っていたのに。
「今回だけですよ。
分かりました、今回だけは参加します。」
「さや先輩が行くなら参加します。」
「すまない、感謝する。」
今回だけは、を強調してさや先輩がオッケーサインを出したので私も追随する。
さや先輩とミトサンがいれば楽しくは過ごせるだろう。
そこで疑問に思っていたことを尋ねた。
「そういえば樋口部長、ミトサン…水卜先輩と知り合いなんですか?
朝、俺も行くから~って言われたんですけど。」
「プロジェクトで何度か一緒になったことがある。
丹波が潰れて遅刻した二次会で偶然会ってな、あいつも社交的でのりがいいから一緒に呑んだんだ。
丹波の介抱とアパートまでの送り届けを引き受けてくれた。
その後も話す機会が多いし丹波もなついていたので誘ったんだ。」
「ミトサン面倒見いいからなー…」
「なおかつ丹波君もいるなら行こうかなーって富久山君が言ったんじゃないんですか?
それで誘った場にたまたま水卜さんも居たのでは?」
「何故それを…」
「さや先輩、すごいですね!あれですね、えっと…あれ…?…。」
「千里眼?」
「そうです、それみたい!!」
「穂積の察しの良さは、鈴木で更にみがかれたんだな…」
フッとニヒルに微笑する樋口部長。
おいおい、どういうことだよ?はったおすぞ、オマエ…
その後すぐに膳が運ばれてきて私達は美味しい昼食にありつけたのだった。
お値段はしますがめっちゃめちゃ美味しかったです。
昼食から戻った時、偶然ミトサンに会ったので挨拶をした。
ミトサンはラーメンを食べてきたそうだ。
「鈴丼、樋口さんに飯おごってもらったんだろ?
どんなうまいもんおごってもらったんだよ~」
「海鮮とろろ丼です!」
「鈴丼、やはりお前は鈴丼なんだな…」
「えっ、あっ、ちが!たまたまですよ!たまたまなんですからね!!」
ワイワイ話す私の後でさや先輩は笑いすぎて呼吸困難を起こしていた。
だって丼ものは美味しいじゃないか…