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そこは哀愁の終着駅。そして新たなる始発駅。

会社と駅の間…といっても限りなく駅よりの裏路地の一角の半地下の店。

フレンチトーストが絶品といわれるその小さなバーに私とさや先輩は居た。

落ち着いた音楽が流れる店内には、私とさや先輩、そして一見すると超美女な男性のバーテンダーしか居ない。



「マスター、なにか温かいもの…いえ、強めのカクテルをくださいな…」



「マスター、私は甘めのカクテルを。」



日中にスコール並みの雨だった雨は小雨程度になりつつある。

それでも降ったりやんだりを繰り返している為に客も居ないようだ。

普段だとなかなかカウンターにも座れないのだが、今日は空いておりマスターの正面に陣取り我々はカクテルを頼んだ。



シェイカーの音とかすかに聞こえる雨音、そして音楽。

そしてカクテルが注がれる音。



一手一手がまるで芸術のような動きと音で私もさや先輩もただただ見とれていた。



「ホワイト・レディです。」



「スカーレット・オハラです。」



さや先輩には白色がベースになったものが、私は赤色がベースに生ったものがそれぞれ出てくる。

グラスをお互い少し掲げてからスッと飲む。



「美味しい…」



「綺麗で美味しい…」



しばらく余韻に浸り、そして深い深~いため息を吐いてカウンターに突っ伏す。



「いってやったわ…てか言っちゃったわ。

ねぇ、千佳ちゃん私ザマアでクビとか罠に嵌められて心病んだりするのかな…」



「先輩、大丈夫…あいつがショック受けてるよりも自分達の発言の不味さに無言でしたよ、あれ。

むしろグッジョブですよ!あのままバトってたら最悪取引中止もあり得ましたよ…」



昼間の事を思い返して嘆くさや先輩を慰める。

さや先輩が追い出されるならしがみついてでもついていく所存です。



「はぁ…せめてもう少し美人だったらなぁ…」



「さや先輩…」



やはり美形の中で働くのは辛いのかな。

部署の人間見たあと化粧室で自分の顔見てがっかりしなくはないものなぁ…



「そうすればお茶出してきますってサッと行って帰ってこれるじゃない。

無駄な揉め事に気を揉まないし、ちょっと綺麗だったらつんとした対応したってお高くとまってるなぁ位だけど、私の顔でつんとしたらただの礼儀知らずじゃない。」



「さや先輩、そこ?!

ちやほやされるとかじゃなくてそこですか?!」



「だって!千佳ちゃん!!!

もうね、恋愛劇場始まったらとばっちり全部私達に来るのよ?!他の男性社員はスルーでなんでここに来るのよ!?

残業代つくのはありがたいけど!

でも後始末私達に任されて男同士で飲み会っておかしくない?!」



「行きたかったです?」



「ミリ単位も思わないわ!

でもね、私達を残して皆帰るのはアリだけど、逆がないっておかしくない?」



「研修上がりの新人になるべく残業させない方針に変わりましたしね…」



「そうなのよね…」



ヒートアップしていたのが落ち着き、シュンとするさや先輩。


本日のお茶汲み事件の後、富久山潤は仕事でミスをしてダンディな課長にお叱りを受けた。

落ち込んでなかなか仕事が進まなかった富久山は終業ギリギリになんとか終えた。


そのチェックと仕上げは私が任されているのに、である。


しゃあない明日にするかーと思ったら、そのうちのひとつは今日中にとのお達しがなされ、残業決定に涙目の私に優しいさや先輩が手伝いを申し出てくれたのだ。

なんか富久山も残ると言ったのだが、新人の彼に任せられる領域は終わっていて、居ても正直邪魔だった。

やんわり断るにはどうすればいいかと思案してたら、俺様な樋口部長が『それは鈴木の仕事だし、穂積が手伝うならすぐ終わるだろ。お前はまずその気持ちを立て直せ。ほら、おごってやる。新人はついて来い。』と富久山目当てで他の新人コミで食事に誘ってひと悶着。

色々あってダンディな上司と私達を除いた部署の人間みんなで呑みに行ったのだ。



「千佳ちゃんはもっと怒ってもいいはずよ?」



「なんか、さや先輩が私の分も怒ってくれたから。平気です。

心の中でボッコボッコにしてますし。」



「千佳ちゃん、思いの外物騒ね。」



「残業代出ないなら、刺し殺してます。無論、心の中で。

心は自由。思うだけなら、そう、自由だと思いません?

実行するのは絶対許さないですけど。」



「うん、まあそうね…」



「お二人は、同性同士が惹かれ合うのはお嫌いですか?」



不意に、超美人のバーテンダーさんが問いかけてくる。

さや先輩と私は顔を見合わせた後、そのお綺麗な顔を見て言った。



「いえ、別に。

幸せは人それぞれだと思いますし。」



「私も千佳ちゃんに同意だわ。

愛し合える存在が居ることは幸せなことだと思います。」



「「ただ、仕事はしろ、恋の鞘当てとかバトルは就業後にやれと思う…とばっちりマジ勘弁…」」



心からの声はハモった。

以心伝心。さや先輩、思いはひとつですね!



「ああ、それで荒れているのですね…」



超美人のバーテンダーさんは気の毒そうな顔で私達を見る。



「そうなんですよ。もう飲まなきゃやってられない…

明日も仕事だけど、気持ちを切り替えたくて…」



「愚痴ばっかりですいません、ここのお酒も食べ物も美味しいから、それで気持ちを切り替えようと思って来たんですけど…」



しかし愚痴大会になってしまった。

けれども人に話せたことで少し楽になったな、うん。



「サービスです、どうぞ。」



バーテンダーさんはコトリ、と皿を私達の前に置いた。

それは茄子田楽だった。

熱々も美味しいけれど、冷たくても美味しいやつ!!!



「日本酒はお好きですか?

今日は東洋美人をご用意してますが。」



「茄子田楽ありがとうございます!!

そのお酒めちゃくちゃ好きです。千佳ちゃん、呑みやすいから呑もう。」



今日一番の笑顔を見せてさや先輩が言う。

超美人のバーテンダーさんは、ワイングラスに日本酒をそそいでくれた。


その後、焼き山芋の明太子ソース付けやだし巻き玉子、鮪のアボカド和え等食べながら東洋美人を呑んだ。

美味しい!!!!!!!!



帰る頃には、憂鬱な気持ちは吹っ飛んでいた。



「またいらしてください。」



「マスター、また来ます!」


「ごちそうさまでした!ありがとうございます!」



超美人のマスターに見送られ、ふわふわとした足どりで駅に向かう。

いつの間にか雨はやみ、ビルの間の空にはぼんやりと星が見えていた。



「楽しかったね。」



「はい、マスターともお話できましたしね。

ご飯もお酒も美味しかったし…お給料入ったらまた行きたいですね!」



「うん、そうね!!

じゃあまた明日!なんとか頑張ろうね、おやすみ。」



「はい!おやすみなさい!!」



人の少ない電車内で別れの挨拶をして、私は自分のアパートの近くの駅に降り立った。


色々あるけど、明日も頑張ろう。











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