いざまいらん!!
「…資料をみながら軽く打ち合わせをすれば話せる。」
さや先輩の問いに答えたのは樋口部長。
おいおい、だから何分かかるかって聞かれてるだろ。
「資料はできているのですね?
それならお茶と一緒に先に持っていっておきます。」
「いや、まだコピーし終わってない。
…富久山、先にコピーしてきてくれ。」
「えっ、あっ、はいっ!!
今行きま…」
「「危ないっ!!!」」
勢い良く立ち上がってコピーに走ろうとした拍子に富久山が足をもつれさせて転んだ。
とっさに高橋先輩と樋口部長が支える…が、資料は高く飛び上がり、ヒラヒラと舞い落ちてくる。
「怪我はないか?」
「あ、ありがとうございます…」
「全く危なっかしいやつだ。大丈夫か?」
二人に支えられ、頬を少しだけ染める富久山。
スチルっぽーい。2次元っぽーい。
てか資料離すんじゃねぇよ…どーすんだよ…
「樋口部長、何故朝一番の商談の資料を今用意しようとしてるんですか?」
「すいません、俺が遅かったから…」
「富久山のせいじゃない。頼んだのは昨日だか終業間際にできたから今日でいいと俺が言ったんだ。」
「でもっ!」
「樋口部長、富久山君は新人です。
いつ、どのような時間に必要でコピーされてから何をしなければいけないか説明しましたか?
富久山君には別な仕事があるのにそれに追加して別なものも頼むのは混乱や業務の滞りをうみます。」
樋口部長、他の人には資料はなるべく前日に揃えて確認してミスを減らせって言ってるのにね…
恋は盲目とは言うけれど…なんだかもやもやする。
「富久山君。」
名前を呼ばれて、富久山は大袈裟にびくつく。
ここだけ見るといじめられてるみたいに見える。
さや先輩はしゃがんで座り込んだ富久山と同じくらいの目線になるとその肩に手を乗せた。
「顔をあげて。
はい、息を吸って、吐いて、はい、もう一回息を吸って…吐いて。
…落ち着いた?」
「は、はい…」
「樋口部長はとても几帳面で丁寧に資料を作るから、下に必ずページ数が打ってあるわ。
それを見て拾って。分かった?
なんでもかんでも引き受けるのはよくないわ。時には頼ったり相談を忘れないでね。
そのために先輩や上司がいるんだから。」
「はい!」
真剣にページを探して集め始める富久山。
さや先輩は立ち上がって近くにいた人に声をかける。
「松本君、天花寺社長用の資料コピーしたことあったわね。
富久山君が集め終わったなら、至急コピーをお願いできますか?」
「はい!
富久山君、コピー室にいるから集めたら来てください。」
「わかりました!」
「慌てずにね。それで、千佳ちゃんは天花寺社長から頂いたこの和菓子を盛り付けて、運ぶのは那珂君にお願いして。」
「えっ、む、無理ですよ…
天花寺社長ハイセンスの人じゃないですか…!」
「去年の夏のカフェを真似して。」
その一言で去年、コラボカフェで和菓子の盛り付けに感動して写真を撮りまくったことを思い出した。
私の最推しのコラボメニューの和菓子の美しさったらなかった。
それを目指せと言うことですね、そうですね!!
推しを思え!!!ですね!!!
「ガッテン!」
「健闘を祈るわ。じゃ、私がお茶をもっていったら給湯室使ってね。
那珂君、配膳お願いね。あと丹波君が捕まってたときは適当な理由つけて回収してください。」
「分かりました。任せてください。」
眼鏡をくいっと上げて那珂先輩が応じる。
その動き、めっちゃ似合うなぁ。
「穂積さん、別の課に行くついでに大神課長に至急戻るように言ってくるけど他に伝言はあります?」
のんびりとした口調で問い掛けるのは水海道先輩。三児のパパでとても優しい。そしてお菓子をよくくれる。
「老舗の滅多に手に入らない和菓子を下さったと必ず。」
「必ずや伝えときますから。あの、先に自分の分…選らばせてもらってもいい?」
「とりあえず一個だけですよ?」
「オッケーオッケー大丈夫!」
水海道先輩はかっこよさげな顔をしたイクメンパパだが体型はくまさん系である。
美味しいものが大好きで食べ物が絡むと人が変わる。
「二十分は最低でも稼ぎますからなんとかしてくださいね。」
結局何分稼いでほしいか言えなかった樋口部長達に声をかけて、さや先輩は出陣して行った。