表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Sシリーズ

子供の祭典

作者: 若松ユウ

@夢野台の市営団地

アツコ「今日の昼過ぎに引き取りに行くから、わたしの物はまとめておいてって、ひと月以上前に予告しておいたのに」

イヅミ「まぁまぁ。僕も手伝いますから」

ツキコ「悪いわね、いっくん。――ホラ、敦子もいらっしゃい」

  *

リオ「この短髪でスポーティーな少年、誰だか分かるかい?」

イヅミ「隣に写ってるポニーテールの人が、おそらくナツメさんでしょうから、敦子さんですね?」

ツキコ「正解よ、いっくん。懐かしいわね、このベリーショート。部活帰りにユニフォームのまま街を歩いてたら、カップルに間違われたこともあったのよね?」

アツコ「その話は、もう良いって」

  *

アツコ「アルバムに貼れとは言わないけど、せめて撮った日付ごとにまとめて欲しかったわ」

ツキコ「贅沢言わないの。写真を撮ってあるだけ良いと思いなさい。ねぇ、いっくん?」

イヅミ「そうですね。子育てと平行して写真を整理するのは、なかなか難しいと思います」

アツコ「もぅ。和泉さんも、お母さん側なのね。わたしの味方は居ないのかしら」

リオ「パパは、いつでも敦子の見方だぞ」

アツコ「お父さんは戦力外よ。ニコチンの国へ帰れ」

リオ「どこにあるんだ、その国は? 共和国か? 王国か?」

  *

ツキコ「アラ? ――ねぇ、いっくん。これ、いっくんじゃないかしら? 笑顔の敦子と違って、泣き腫らしたような目をしてるのが気になるけど」

イヅミ「えっ? ――あぁ、本当だ。でも、いつ撮ったんだろう?」

アツコ「どれどれ。――幼稚園くらいのときね。後ろにボンヤリ写ってる看板は、林檎と蜂蜜のカレーが売りの某食品会社かしら?」

リオ「ちょっと見せてごらん。――あぁ、これは、西宮球場で撮った写真だ。(そうか。あのときの迷子くんは、和泉くんだったんだな)」

ツキコ「まだ、西宮北口に阪急のスタジアムがあった頃ね。跡地には、たしか大型ショッピングモールが出来たんだったかしら。――それじゃあ、この写真は、野球の試合か何かのときなの?」

イヅミ「ウゥン。野球の観戦に行った覚えは無いなぁ」

アツコ「わたしも、記憶に残ってないわ」

リオ「覚えてないのか、敦子? 球場を埋め尽くすカラフルなパラバルーンに心奪われて、大興奮だったってのに」

ツキコ「パラバルーン?」

イヅミ「あっ。そういうことか」

リオ「思い出したかい?」

ツキコ「ちょっと。二人だけで納得しないでくださいよ」

アツコ「そうよ。説明しなさい」

  *

∞二十五年前

@西宮球場

アツコ「すっごくキレイだったわ。パパ、ありがとう」

リオ「どういたしまして。(私立に通わせてたら、敦子も参加できたんだけどなぁ)」

アツコ「アラ? どうしたのかしら、あの子」

アツコ、イヅミの元へ駆け寄る。

アツコ「何で泣いてるの?」

イヅミ「ヒック。お爺ちゃんと、はぐれた」

リオ「敦子。その子、何だって?」

アツコ「お爺ちゃんとはぐれたんだって」

リオ「迷子か。(とりあえず、これで機嫌を取るとしよう。)――二人とも、こっちを向いて」

リオ、カメラを構える。

アツコ「ホラ。写真よ」

アツコ、イヅミにカメラを指差して示す。

イヅミ「ン?」

リオ「レンズを見てるんだよ。ニッコリ笑顔でね。ハイ、チーズ」

♪カメラのシャッター音。

  *

@夢野台の市営団地

ツキコ「そんなことがあったのね」

アツコ「そんなこと、あったかしら? もっともらしい冗談じゃなくて?」

イヅミ「違うよ。あの日、たしかに会ってたんだよ」

リオ「すぐにお爺さんが見つかって、名前も知らないままだったからな。それに、そのあとには、震災のゴタゴタでテンヤワンヤした時期もあったし」

ツキコ「そう考えると、よく写真が残ってたものね」

アツコ「おおかた、貴重品と一緒に紛れ込んでたのよ。ろくに整理もしないから、いろいろゴチャゴチャになってたんでしょう」

イヅミ「でも、それが結果的に良かったんじゃない?」

リオ「そうそう。結果オーライなんだから、このカオス状態を責めるな」

アツコ「わたしの味方じゃなかったの、お父さん?」

リオ「君子は豹変す。――分が悪いから、ちょっくらニコチン連邦へ亡命しよう。なっ、和泉くん」

イヅミ「僕もですか? ――それでは、ちょっと失礼します」

ツキコ「角のコンビニね。行ってらっしゃい」

リオ「何か、ついでに買う物はあるか?」

ツキコ「そうねぇ。まだまだ整理が終わりそうに無いから、そのままお夕食になりそうなおばんざいを、四人分」

アツコ「それから、誠実さと一般常識を二人分」

リオ「あいにく、後者は非売品だ」

イヅミ「フフッ。何か甘い物を買ってきますから、機嫌を直してください。――行ってきます」

アツコ「行ってらっしゃい。――帰ってくるのは、和泉さんだけでいいから」

リオ「冷たいな、実の父親に向かって。――行ってきます」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ