子供の祭典
@夢野台の市営団地
アツコ「今日の昼過ぎに引き取りに行くから、わたしの物はまとめておいてって、ひと月以上前に予告しておいたのに」
イヅミ「まぁまぁ。僕も手伝いますから」
ツキコ「悪いわね、いっくん。――ホラ、敦子もいらっしゃい」
*
リオ「この短髪でスポーティーな少年、誰だか分かるかい?」
イヅミ「隣に写ってるポニーテールの人が、おそらくナツメさんでしょうから、敦子さんですね?」
ツキコ「正解よ、いっくん。懐かしいわね、このベリーショート。部活帰りにユニフォームのまま街を歩いてたら、カップルに間違われたこともあったのよね?」
アツコ「その話は、もう良いって」
*
アツコ「アルバムに貼れとは言わないけど、せめて撮った日付ごとにまとめて欲しかったわ」
ツキコ「贅沢言わないの。写真を撮ってあるだけ良いと思いなさい。ねぇ、いっくん?」
イヅミ「そうですね。子育てと平行して写真を整理するのは、なかなか難しいと思います」
アツコ「もぅ。和泉さんも、お母さん側なのね。わたしの味方は居ないのかしら」
リオ「パパは、いつでも敦子の見方だぞ」
アツコ「お父さんは戦力外よ。ニコチンの国へ帰れ」
リオ「どこにあるんだ、その国は? 共和国か? 王国か?」
*
ツキコ「アラ? ――ねぇ、いっくん。これ、いっくんじゃないかしら? 笑顔の敦子と違って、泣き腫らしたような目をしてるのが気になるけど」
イヅミ「えっ? ――あぁ、本当だ。でも、いつ撮ったんだろう?」
アツコ「どれどれ。――幼稚園くらいのときね。後ろにボンヤリ写ってる看板は、林檎と蜂蜜のカレーが売りの某食品会社かしら?」
リオ「ちょっと見せてごらん。――あぁ、これは、西宮球場で撮った写真だ。(そうか。あのときの迷子くんは、和泉くんだったんだな)」
ツキコ「まだ、西宮北口に阪急のスタジアムがあった頃ね。跡地には、たしか大型ショッピングモールが出来たんだったかしら。――それじゃあ、この写真は、野球の試合か何かのときなの?」
イヅミ「ウゥン。野球の観戦に行った覚えは無いなぁ」
アツコ「わたしも、記憶に残ってないわ」
リオ「覚えてないのか、敦子? 球場を埋め尽くすカラフルなパラバルーンに心奪われて、大興奮だったってのに」
ツキコ「パラバルーン?」
イヅミ「あっ。そういうことか」
リオ「思い出したかい?」
ツキコ「ちょっと。二人だけで納得しないでくださいよ」
アツコ「そうよ。説明しなさい」
*
∞二十五年前
@西宮球場
アツコ「すっごくキレイだったわ。パパ、ありがとう」
リオ「どういたしまして。(私立に通わせてたら、敦子も参加できたんだけどなぁ)」
アツコ「アラ? どうしたのかしら、あの子」
アツコ、イヅミの元へ駆け寄る。
アツコ「何で泣いてるの?」
イヅミ「ヒック。お爺ちゃんと、はぐれた」
リオ「敦子。その子、何だって?」
アツコ「お爺ちゃんとはぐれたんだって」
リオ「迷子か。(とりあえず、これで機嫌を取るとしよう。)――二人とも、こっちを向いて」
リオ、カメラを構える。
アツコ「ホラ。写真よ」
アツコ、イヅミにカメラを指差して示す。
イヅミ「ン?」
リオ「レンズを見てるんだよ。ニッコリ笑顔でね。ハイ、チーズ」
♪カメラのシャッター音。
*
@夢野台の市営団地
ツキコ「そんなことがあったのね」
アツコ「そんなこと、あったかしら? もっともらしい冗談じゃなくて?」
イヅミ「違うよ。あの日、たしかに会ってたんだよ」
リオ「すぐにお爺さんが見つかって、名前も知らないままだったからな。それに、そのあとには、震災のゴタゴタでテンヤワンヤした時期もあったし」
ツキコ「そう考えると、よく写真が残ってたものね」
アツコ「おおかた、貴重品と一緒に紛れ込んでたのよ。ろくに整理もしないから、いろいろゴチャゴチャになってたんでしょう」
イヅミ「でも、それが結果的に良かったんじゃない?」
リオ「そうそう。結果オーライなんだから、このカオス状態を責めるな」
アツコ「わたしの味方じゃなかったの、お父さん?」
リオ「君子は豹変す。――分が悪いから、ちょっくらニコチン連邦へ亡命しよう。なっ、和泉くん」
イヅミ「僕もですか? ――それでは、ちょっと失礼します」
ツキコ「角のコンビニね。行ってらっしゃい」
リオ「何か、ついでに買う物はあるか?」
ツキコ「そうねぇ。まだまだ整理が終わりそうに無いから、そのままお夕食になりそうなおばんざいを、四人分」
アツコ「それから、誠実さと一般常識を二人分」
リオ「あいにく、後者は非売品だ」
イヅミ「フフッ。何か甘い物を買ってきますから、機嫌を直してください。――行ってきます」
アツコ「行ってらっしゃい。――帰ってくるのは、和泉さんだけでいいから」
リオ「冷たいな、実の父親に向かって。――行ってきます」