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夜明け  作者: naro_naro
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七、夫と息子

 マサルさんが事務所へ出かけ、その後ヒデオが登校する。ユリは弁当を渡す。いつも通りだ。


 夫は以前は家の一室を仕事場にしていたが、業務が拡大し、人と会うことが増えたり、高度な機密を扱ったりようになると事務所を構えなくては対応が困難になり、空港そばに部屋を借りた。日本にいるときはそこで仕事をする。


 夫と息子を送り出したユリは家事を片付けながら仕事を始めた。

 家事については、次になにをするかは考えていない。体に染み込んでいるとおりに家の中を動き回る。むしろ考えるとまちがえてしまいそうになるほどだ。

 仕事のほうはそうはいかない。ある程度処理された文章を読み、作成された背景や目的を考えて変換する。これらはすぐに利用されることはないが、昔の役所が対応した膨大な先例として参照される。


 ユリは自分が変換してきた大量の文書について、それを見渡せるような存在はいるのだろうかと思うことがある。ただ大量のデータが死蔵されているだけではないだろうか。

 人工知能群はどうだろう。いろいろと話は聞くが、どうも地に足がついていない感じがする。鳴り物入りで稼働を始めたJtECSだって、つぎ込まれた税金ほどの働きがあるかあやしいものだ。


 仕事を始めてしばらくたった時、きのう依頼した見積もりが着信した。一社目。それから少しして残り二社も来た。

 ちょっと迷う。一番安いところは文面がそっけなく、なんだかたよりになりそうにない印象だった。個人客を重視していないのかもしれない。一方で、しっかりした印象のところはそれなりの価格だった。また、真ん中の見積もりの社は納期が一番早い。

 悩んだ末、納期の早い社にした。指示に従って破片を梱包して集荷依頼を行う。


 それから昼食。きのうのすき焼きの残りですませた。味のしみた野菜は肉より美味しい。


 午後も仕事が続く。マサルさんから連絡があり、仕事で遅くなるから夕食はいらないとのことだった。


 家の前を帰宅する小学生が騒いで通り過ぎていく。もうそんな時間か。ユリはお茶を入れて一息ついた。迷ったが、菓子はやめておく。

 運送業者が集荷に来たので荷物を引き渡した。きれいに直ればいいが。


 マグカップが壊れたことはマサルさんには話していない。隠すつもりはないが、ついつい言いそびれてしまった。ちゃんと言わないといけないのだが、きのう、あるべきはずのマグカップがないことに無反応だったので言えなかった。

 気づいたうえで話題にしなかったのか、そもそも気づかなかったのか。

 最近、マサルさんがわからなくなることがある。なにか隠し事でもしているようで、仕事の旅行日程を細かく教えてくれなくなったし、連絡も滞りがちになった。

 マグカップについては、マサルさんが気づくまで待ったほうがいいだろうか。でも、そうやって夫を試すのにはためらいがある。


 遠くで工事らしい金属音がした。その音で我に返ったユリは仕事を再開した。悩んでも仕方がない。なるようになるだけだ。それに、いつもわたしは考えすぎて取り越し苦労する。

 夫はわたしが思うほど注意深くないというだけかもしれない。以前、留守中に模様替えをしたのに無反応だったので、こっちから言ったらあらためて部屋を見回し、ああ、変わったんだ、と感心もせずに言ったときにはがっくりきた。

 夫とはその程度のものなのだ。心配するだけ損だ。そうでも思わないとやってられない。


 仕事が終わった頃、ヒデオが帰ってきた。今日はただいまなしだった。ちょっと言ってやろう。いくらなんでも親に対して挨拶なしを放置するのは良くないだろう。


 ユリは業務を閉じ、階段を上がった。

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