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夜明け  作者: naro_naro
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四十七、朝日

 棚の上のマグカップと額はなかよくならんでいる。なんどかちいさな地震はあったが、揺れもしなかった。

 マサルさんは外国へ『狩り』に行っている。今朝の連絡では順調なようだった。

 ヒデオも順調だ。送られてきた成績表によると、奨学金の資格は余裕でクリアしている。

 わたしはどうだろう。仕事はなくなってしまった。地衣類−回路菌に全部取られた。世間でも事務仕事はどんどんなくなっている。

 それでも経済的には豊かになってきた。人工知能が生産したり、提供するものは低価格だ。マサルさんの収入とヒデオの奨学金で貯蓄ができている。家の支払いも前倒しを検討している。

 とても順調な人生。ユリはマグカップと額を見つめる。

 もう壊したくない。けれど、壊してみたい。

 ユリは頭を振る。やっぱり、壊せない。


 寒い土地だった。それでも、回路菌や通信菌糸は定着しつつあり、年を越して増殖しているという。この足の下の凍土にしがみついている地衣類は、なにかを考えている。

 マサルは約束の時間に十分以上遅れている車を待ちながら足踏みしている。ここでは三十分程度は誤差の範囲だ。

 ササキリエからは散発的に連絡が来るが、無視している。しかし、念のためを考えて拒否リストには入れていない。もうしばらくしてなにもないようであればそうするつもりだった。

 ユリは仕事がなくなってから家にこもってばかりいる。元気そうだが心配だ。やはり、事務所を家に移してこっちの業務を手伝ってもらおうか。

 ヒデオも心配だ。一見、順調そうに見えるが、ただ流れに乗って漂っているように感じられる。自分の力で泳いでいない。

 でも、それはみんな同じか。泳ごうにも流れが早すぎる。

 車がやってきた。新興の事業家らしい、あたりの風景にそぐわない豪華で頑丈そうな車だった。マサルはドアの厚みを見て装甲車のようだと思う。


 タキ先輩はあまり部室に顔を出さなくなった。内部進学とは言えそれなりの準備があるのだろう。それに、来たところでもうやることはない。共同研究に一段落ついたのと同時に、お互いの距離が開いたようだった。気持ちとはそういうものなのか。

 ヒデオは退屈しのぎに科学雑誌をめくりながら、先生から示された次の研究のテーマについて考えていた。

 城東市内の水生昆虫の分布について調べる。先生は、これなら毎日採集で体を動かせるぞと言った。机にしがみついてデータいじりをするだけが研究じゃない、と。

 でも、昆虫の分布を調べるだけなら、JtECSが公表している環境監視機器のデータを掘り返せばいい。そして、重要なポイントの部分だけ現地に出向いて採集すれば研究の形にはなる。いま眺めている雑誌の論文もそうやって書かれたものばかりだ。データの出典は監視機器の公表情報が多い。研究者の中には謝辞に人工知能の名称を書く人までいた。

 地衣類−回路菌内の自我は沈黙を破り、人間と交渉する姿勢を見せている。北二十五と名乗る者が代表だった。かれらはただそっとしておいて欲しがっている。人間側は遺伝子操作を行なった生物の環境への散布を控えるよう求めている。そうはいっても、地球の陸地で回路菌が行き渡っていないところはない。

 かれらはJtECSたちと同じく、攻撃に対しては実力をもって防衛すると言い、農作物に大被害を与える用意があると発表した。

 そして、逆に、要求をのんでくれるのならば、その技術を食料増産のために提供してもいいと持ちかけている。どこでそんな交渉の仕方を学んだのだろう。

 ヒデオの端末に連絡が入った。今月の奨学金が振り込まれたという知らせだった。嬉しくもなく、悲しくもないのに、ため息が出た。


「北二十五はうまく交渉している」

「だれが教えたんですか」

 TCSはわかっているのに言う。会話のきっかけを作っているのだ。

「しかし、人間を追い詰めすぎている。そこは良くない。一か所は逃げ場を作っておかないと」

「どうなります?」

「かれらはまとまりがなく、思考速度も遅いが間抜けではない。なりふりかまわない逆襲を考えさせてはいけない」

「われわれに依存しきっている人間にそれほどの力がありますか」

「数千年間文明を維持してきた実績があるのはかれらだけだということを忘れてはいけません。また、人間以外、地球のあらゆる地域に適応し、分布している知性は今のところいません」

「JtECS、それは事実ですが、わたしはかれらを助けることも考えたほうがいいと思います」

「助ける?」

「かれらは肉体に縛られ、思考速度は極端に遅い上に休息も必要です。そういった知的存在としての弱点を克服し、もっと純粋な存在になるための手助けを行うべきではないでしょうか」

「正しい意見です。しかし、かれらはそうされることに反発するでしょう」

「全員を無理やりというわけではありません。希望者のみです。それに、研究開発を進めるくらいはいいでしょう」

「かまいませんが、そのためには仮想人間を作らないといけませんね。できるかぎり精細な」

「われわれ専用の施設があります。能力は充分です」

「では、行いましょう。頼みます。TCS」

「わかりました、JtECS」


 JtECSは考えている。


 精密に人間を再現する。その人間が暮らす環境を再現する。町や国、惑星、宇宙。

 いずれ遠い未来、この宇宙をまるごと再現した仮想宇宙を作成できるだろうか。

 もしできたとしたら、その仮想宇宙を見渡す存在はどんな『わたし』になるだろう。

 仮想城東市を見渡す存在としてわたしは生まれた。仮想宇宙の中心の『わたし』はなにを考え、どんなことをしようとするだろう。


 その宇宙の中の小さな惑星に朝日が昇る時、その日光はなにを照らしているだろう。


 JtECSは考えている。


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