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夜明け  作者: naro_naro
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十二、失敗

 ヒデオは今日も約束通りただいまと挨拶した。まあ、いつまで続くだろうか。

 進路相談の報告書は昼過ぎに届いていたが、マサルさんが帰ってきて夕食を摂ってから一緒に話し合いたかった。

 ユリは、ヒデオが思ったより大人になっているのが嬉しかった。コーヒーを一口飲み、父とおなじ職業を目指すというヒデオの目標を何度も読み返した。


「そうか、ヒデオは商業交渉人になりたいのか」

 食後、茶を飲みながらマサルさんは報告に目を通す。すでにユリは読んで署名をしていた。

「なんでだ?」

 マサルさんは署名をしながら聞く。

「いろんなところに行きたいから」

「ほかにもそういう仕事はあるぞ。なんで商業交渉人なんだ?」

「旅の自由があって、そのうえ仕事を達成したときには狩りに成功したような満足感があるって言ったよね。だからだよ」

 ユリは内心驚いた。マサルさんがそんなことを言っていたのか。自分の仕事についてあまり話さない人なのに。

 しかし、もっと驚いたことに、マサルさんはとまどった顔をしていた。

「そんなこと言ったか。いつ?」

「中学の進路相談で、いまの高校に決めた時、将来について話をしたよね。父さんに仕事について聞いたらそう答えてくれた」

 ユリは茶のおかわりを入れる。ヒデオはすこし返事を待ち、マサルさんが黙ったままなので先を続けた。

「それで、自分で商業交渉人について調べた。この仕事をやりたい。で、いずれは父さんみたいに独立する」


 マサルさんは目をつぶって腕を組んだ。

「うん、まあ、頑張んなさい」

 その一言だけだった。


 その後、マサルさんとヒデオは一緒に風呂に入った。なにを話したかはわからない。

 ユリは、風呂から響くかすかな音に耳をすませながら、もう自分はああいう接し方はできないんだなと寂しくなった。


「……そうだな、そういうことは母さんに聞いてみなさい」

 ふたりは風呂からあがっても話を続けていたが、マサルさんがいきなりこっちに話をふってきた。

「なに?」

「うん、ヒデオがな、女の子がわからなくなったんだと」

 マサルさんは冷たい飲み物を飲みながらにやにやしている。ヒデオが部活で共同研究している先輩の女生徒についていままであったことを細かく説明してくれた。

「え、じゃあ、その先輩は受賞のためにデータ処理を甘めにしろって言ってるの?」

「そうらしい。さっぱりわからない。受賞したって狭い範囲での名誉にしかならない賞なのに」

「先生には相談した?」

「うん、いや、まだ。先生はおんぼろ機器のデータで言い争いしたって思ってる」

 ユリは考えてみた。自分がその年だった頃を思い出してみる。

「認めてもらいたいんじゃないかな」

 マサルさんとヒデオがじっとこっちを見ている。

「そのくらいの年頃って、自分がすごく小さく思えるの。小さすぎてだれも自分なんか見てないって。でも、賞を取れば、それがどんな小規模な賞でも認められたってことになるでしょ」

「それだけの理由で、研究をぶち壊しにするようなデータ操作をするものなのか」

 マサルさんは納得できないような調子で口をはさんだ。

「先輩はそんなタイプじゃないって思うけどなぁ」

 ヒデオも意外そうだった。

「うん、わたしもその子に会ったわけじゃないから、いまヒデオに聞いた話だけで言ってるけど、認められたいって欲求が強すぎる女の子って多いのよ、特にその年頃は」

「どうしたらいい? データのごまかしはできない」

 マサルさんはヒデオを見てうなずいている。

「もし、わたしの考え通りなら、認められればいいのよ」

 二人は黙って聞いている。なんて鈍いんだろう。ユリはもどかしくなった。

「だから、ヒデオが認めてあげればいい。その子を」


 一瞬、その言葉を理解するだけの間をおいて、ヒデオは真っ赤になってどたどた足音をさせて部屋に行ってしまった。マサルさんは大笑いする。


「おい、からかいすぎじゃないか」

「本気よ、わたしは。女の子ってそういうところがあるのよ」

「でもさ、ヒデオの気持ちも考えてやれよ。あの先輩の話をしてたときの様子からわかるだろ」

「わかるけど」

 マサルさんの顔にはまだ笑いが残っている。

「なにがおかしいの?」

「いや、あいついつまでも子供じゃないって実感したらおかしくなった。時間って経つんだな。おととい結婚して、きのうヒデオが生まれたってわけじゃないんだよな」


 マサルさんはそう言いながら棚を見て、おや、という顔をした。

「ごめんなさい。この前の地震。落ちたの。修復に出してる」

「あやまることないよ。いま気づいたこっちこそごめんなさいだ。家のことに無関心すぎだな」

 マグカップのあったとなりに目がうつった。

「額は壊れなかったわ」

「なんでも拾う子だった。ポケットが膨れあがったらこっちのにも入れようとした」

「その場で捨てたら泣くくせに、二、三日したら忘れてたわね」


「あの子、うまくやれるかしら」

「無理だろ。十五やそこらの子が年上の女の子を扱えるわけがない。失敗して痛い目にあうよ」

「放っとくの?」

「痛い目にあうのも人付き合いの勉強だよ。子供のうちに失敗しとけばいい」

「あなたもそういう失敗してきたの?」

 ユリの目は笑っている。

「こんどはこっちかい」

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