依頼の達成と報告
__討伐依頼が出ている魔物と交戦するため、岩陰から魔物を観察する。
魔物は人に近い形をしていたが、よく見るとその輪郭はゆらゆらと揺れ、フードの隙間から見える顔は陰になっている。
「相手は魔法を使ってくる。だが今の君なら楽に倒せるだろう」
魔法を使う魔物との戦いは避けてきたが、魔力が体に流れるようになり耐性が付いたことで戦えるようになった。
「氷魔法って依頼書に書いてあるね」
「魔力に耐性があっても、凍ってしまえば防げない。魔力が実態になる前に突っ込め」
「分かった。近距離で戦うよ」
大剣を構え、魔物に接近する。
殺意を感じ取った魔物は、その場を動かずに魔法を展開した。
魔物を中心に大気が凍り、デシールの体を冷気が襲う。
それでも怯まずに接近し、大剣を振りかざした。
「た、倒せた……」
アニスの助言通り、魔力が実態を成す前なら対処が可能だった。
体に魔法陣を刻んで以来、身体能力が著しく向上した。今回の戦闘においてもその恩恵が大きく、以前よりも楽に接近できた。
「こんなに簡単に倒せるとは思ってなかったよ」
「魔力を体に蓄え始めてから、筋肉の質が変わってきているな。魔力の質が人間のものではないせいか……」
「僕の努力というより、アニスからもらった力だよねこれ。なんかずるしてるみたいだ」
「親からの遺伝で強靭な肉体を得る者だっている。このくらいは良いだろう」
最近はますます修行の成果を実感する。アニスも彼の成長を師匠として喜ばしく思っていた。
__魔物の討伐を報告するため、再び王国のギルドに足を運ぶ。流石に今回はアニスを振り切れず、同行することになった。
(アニス……凄く目立ってる……)
人の少ない村とは違い、王国では彼女の美貌が目立ち過ぎていた。
当然、隣に歩くデシールも視線を浴びる。
「だから嫌だったんだよ……」
「どうした?随分恐縮しているな。人が多いことに不安を感じるなら手でも繋ぐか?」
「いや本当に勘弁して……」
「そう拒まれると、余計にやりたくなるな」
アニスが強引に手を繋ごうとするのを、腕を上げて拒む。
デシールの方が身長が高いのでアニスの手は届かないが、2人の距離はとても近くなってしまった。
そんなことをしていると、偶然通りかかったブラッドと目が合った。
「デシール……お前こんな目立つ場所で女といちゃつくなよ……」
アニスはやたらとデシールに体を密着させたがる。それが原因で人の多い王国には連れて行きたくなかった。
「こ、これは違くって……」
「この男は誰だ」
アニスにとって、ブラッドは初対面だった。
「おいデシール!なんだよこの冗談みたいな美人は。まさか恋人ってことはないよな」
「違うよ。この人は……信じてくれないかもしれないけど、僕の師匠なんだ」
「お前その言い訳は苦しいぞ……。とりあえず恋人ではないんだな?」
「うん」
それを聞いたブラッドは、浮き足立ってアニスに話しかける。
「えー、アニスさんだっけか、俺はブラッド。よろしくな!」
その若干下心の見える握手を眺めながら、アニスはデシールに問う。
「これはなんだ……ああ、そういうことか」
アニスが何かに納得したと思うと、ブラッドがなぜか宙に浮いていた。
そして地面に落下する。
「いって!な、なんだ……!?」
投げられた本人は何が起こったか分かっていなかったが、横から見ていたデシールは投げる瞬間を見ていた。
「な、なにしてるのアニス!」
「この男は私の実力を疑っていたのだろ?そのために手を差し出してきたんじゃないのか」
「違うよ!あれは握手って言って友好を示すためのものって言うか……」
「ああ、握手か」
「しかし友好を示すものなら、やはりあの男とする必要はない。そうだ、君と握手をしよう」
そう言って彼女は、デシールの手を両手で優しく握る。
「いや……僕と握手しても……」
二人のやりとりを眺めながらも、ブラッドはまだアニスの動きが信じられなかった。
彼にはアニスの動きを追うことができなかった。隙を突かれた形になったが、騎士としての経験でアニスの強さを理解した。
彼女が一体何者なのか。女性でありながらこれ程の強さを誇り、なぜデシール同様に無名なのか。ブラッドの疑問はつのる一方だった。
__本来の目的であるギルドに到着した。
ギルドへはブラッドも同行している。
「もう依頼の魔物を倒したのか」
デシールが倒した魔物の情報を確認するブラッド。その表情は信じられないというものに変わっていく。
「お前、この魔物を一人で討伐したのか?」
「うん。そうだけど」
「前回俺と戦った時は、そこまでの強さじゃなかっただろ……」
ブラッドはデシールの成長に驚いていた。
師匠のアニスは、ギルドの活気を見て楽しそうにしていた。
「なかなか面白い所じゃないか」
「ねぇアニス、凄く目立つから大人しくしててよ」
「なぜ目立つ?もう完璧に人に化けていると思うが」
「アニスは美人だから、かなり目立つんだよ」
「ふむ、私の見た目は美しいのか。君にとってもそう見えるのか?」
「う、うん」
「そうかそうか……!」
褒められたことを喜んだアニスは、デシールに突然抱きつく。
「ちょっと!ほ、本当に目立つから!」
その光景を後ろから眺めるブラッドは完全にあきれている。
これ以上目立ちたくないので、早々に用事を済ませることにした。
報酬を受け取るため受付に話し掛ける。担当は前回と同じ丁寧な応対をする青年だった。
「あの、こんにちは」
「ああ、デシールさんですか」
「あれ?覚えてるの」
前回からひと月以上経っていたが、デシールの名前が青年の口から簡単に出てきた。
「いえ、覚えているというか……あなたの依頼は王宮に直接報告するよう言われているので」
「え、もしかして毎回王宮に行かないといけないの?」
「はい」
「なんで?」
「さぁ、他に例がないので理由は分かりません」
王宮はケイテと鉢合わせる可能性があるので避けたかった。
話が違うと問い詰めたが、受付の青年も事情を把握していなかった。
「分かった。王宮に行ってくる……」
渋い顔をして戻ってきたデシールを、ブラッドが疑問に思う。
「おい。どうした。報酬をもらってないみたいだが」
「王宮に直接報告に来いってさ」
「はぁ?なんだそりゃ。そんなの初めて聞いたぞ」
「とりあえず行ってくるよ。なんかの手違いだと思うから、次からギルドで手続きできるように言ってみる」
「そうだな。王様も暇じゃないだろうから、いちいち報告に来られても困るだろ」
王宮へは許可が降りた者しか入れない。
それをアニスに伝えると、流石に納得した様子だった。
「決まり事なら仕方がないな。私は買い出しをしてくるよ」
「ありがとう。ちょっと行ってくるね」
デシールが王宮に行き、アニスとブラッドだけがその場に残った。
「どこか食事にでも……」
「いやいい、一人にしてくれ」
ブラッドの誘いを即答で断りアニスは去っていく。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら空を仰ぐ。
ブラッド。26歳。未だ独身であった。




