姫との再会
__ここは王宮。
ケイテはデシールの行方が分からなくなったことで、茫然自失となっていた時期があった。しかし今は王族としての仕事を積極的に手伝うようになっていた。
「お父様、最近魔物が増えているけど、戦士たちが頑張っているから軍の予算はこんなにいらないと思うの」
ケイテが出した書類に目を通しながら国王は答える。
「なるほど、確かにその通りじゃな」
王族の仕事を多くこなせるようになったケイテに対し、国王は信頼感を抱いていた。
「ケイテは本当に良く働いてくれているな」
そんな国王の気持ちなどつゆ知らず、ケイテはここ4年間毎日繰り返してきた質問をする。
「そんなことより、デシールは見つかったのかしら」
「それがまだでな……」
実はデシールが戦士をやっていることは知っていた。
しかし貴族ですらないデシールのことは、忘れた方がケイテのためだと考え教えていなかった。
「まだ見つからないなんて……」
そう呟き、少し苛立ちながら彼女は部屋を出て行った。
__一方デシールは、ブラッドと共に王宮に訪れていた。
(懐かしいな……)
王宮の中を臆さず歩くデシールを見て、ブラッドは関心していた。
「これから王様に会うってのに緊張してないんだな」
デシールは国王と何度か会ったことがある。普通に優しいおじさんという印象だったので特に緊張する必要もなかった。
しばらく歩くと、二人は大きな扉の前に着いた。
「ここからは無礼を働くなよ」
扉を開けると、その先には大きな部屋が広がっていた。奥には段差があり、その上にある豪華な椅子に国王は座っていた。
段差の前で二人はひざまづく。
「ブラッドか。なんの用じゃ」
「はっ、実力のある新人を見つけたので連れてきました」
国王は髭を触りながら二人を眺める。
「お前が誰かを連れて来るとは、珍しいな」
「全くの無名ですが、この若さにしてはかなりの実力を持っています」
デシールは自分にそこまでの実力があるとは思っていないので、持ち上げられると恐縮してしまう。
「ほう……今は魔王との戦いで人材が不足しているから助かる。だがなぜそこまでの使い手が、今まで無名だったのか……」
国王はひざまづくデシールに問いかける。
「君は何と言うのかね」
「デシール……と言います」
「……デシール」
それは国王が毎日のようにケイテから聞かされる名前だった。
ゆっくりと顔を上げるデシール。
「お久しぶりです。国王様」
体格が大きくなり外見は変わっていたが、彼の上品な雰囲気を国王は覚えていた。
「おお、デシール。デシールか! 立派になったな!」
再会を喜ぶ二人をよそに、ブラッドはますます混乱する。
「おい、デシール。お前本当に何者なんだ?」
「いや昔貴族だっただけだよ」
それを聞いてもブラッドは、何かを疑っている様子だった。
国王はと言うと、話を聞きたそうにしていた。
「戦士を目指していたことは知っていたが、その後消息がつかなかった。一体何をしていたんじゃ?」
「師匠と山奥で修行をしていました」
「そうか……良い師匠を見つけたか」
国王とデシールは近況を話し、そしてやはりケイテの話になった。
「あの、僕のことはケイテには……」
「うむ。確かに会わないほうが良いだろうな……」
「もう4年が経っていますから、僕のことは忘れているでしょうが……」
そのデシールの言葉に国王は顔をしかめる。
「だったら良かったんだが……。ケイテは昔よりも勤勉になった。こう言ってはなんだが、君と離れてよかったと思っている」
デシールはそれを聞いて安堵した。
一つの手紙を最後に、連絡をしていなかったので心配していた。
「ちょうどケイテは、隣町との交渉に行ったばかりでな。しばらくは……」
その瞬間だった。
静かだった部屋に、扉の開く音が鳴り響いた。
「お父様! デシールの目撃情報があったわ!」
その聞き覚えのある口調を聞いて、デシールは急いで顔を伏せる。
護衛を数人連れて入ってきたのは、ケイテだった。
「交渉はどうした」
「そんなのどうだっていいの。戦士の登録リストを確認させて!」
「ケイテ……よく聞きなさい。最近のお前は、王族の仕事を頑張っている。その頑張りを無駄にしてはいかんぞ」
国王は、ケイテが将来のために努力していたのだと思っていた。
しかしその想いとは違う答えが返ってくる。
「王族の仕事を手伝うようになったのは、デシールを自力で探し出すためよ。だから優先すべきは交渉ではないわ」
国王の表情はみるみる悲しみを帯びていく。
それを見たデシールは、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
なんとしてもケイテに気付かれないよう顔を背けるデシール。
国王もこの場を乗り切ろうとしていた。
しかし、二人は完全に一人の男を失念していた。
「デシール? 姫さまも知り合いなんですか?」
その場の空気が凍りつく。
「……今なんて?」
ケイテは笑顔を凍らせながらブラッドに聞き返そうとしたが、その横でひざまずく一人の男が気になった。
「彼は誰かしら……。なんだかすごく気になるわ」
ケイテはデシールを見つめる。
「ねぇあなた、顔を上げてこっちを見て?」
これはもう隠しきれないと思い、渋々顔を上げるデシール。
「や、やぁケイテ……久しぶり」
「デシール……!」
しばらくの沈黙。
そして突然デシールはケイテに腕を掴まれ、二人は部屋を出て行った。
残された国王とブラッド、そしてケイテの護衛達はあっけにとられていた。
「あのー……国王」
「なんじゃ?」
ブラッドは今までの会話から、自分なりに行き着いた推測を話す。
「デシールって国王の隠し子……とか」
「違うわい!……ブラッドよ、もしわし以外の権力者にそのようなことを言ったら処刑されるぞ」
「も、申し訳ありません……」
__デシールがケイテに連れて来られたのは客室だった。
久しぶりに見たケイテは、とても美しく成長していて見惚れてしまった。
金色の髪はよく手入れされていて、彼女の美貌を際立たせている。
しかしデシールが見惚れる以上に、ケイテが彼を凝視し続けているので目をそらす。
「久しぶりね。デシール……」
「う、うん。そうだね」
4年も経っている。ケイテもこれほど美しく成長し、自分はもう彼女にとって特別ではないだろうと考えた。
(昔とは違う。しっかりと一国の姫として接しないと)
「綺麗になりましたね。ケイテ姫」
「綺麗だなんて。デシールも前よりもずっと素敵になったわ」
そう言って微笑むケイテだったが、その手はデシールの胸ぐらを掴んでいた。
「でもどうしてよそよそしい喋り方をするの? ねぇ……なんで……」
そしてケイテの不満が爆発する。
「なんで突然いなくなったりしたのよ!? どうして約束を破ったの!! 今までどこで何してたの!?」
感情は完全に決壊し、デシールをベッドに押し倒して泣き崩れる。
「うぅ……私の……私のこの4年間はなんだったのよ……」
「ごめんよケイテ……」
頭を撫でながらケイテをなだめる。
1時間近く経ち、ようやくケイテは落ち着いた。
ベッドに腰掛けたデシールは、ケイテに膝枕をしている。
「少しは落ち着いた?」
「まだ全然。だからもう少しこのままがいいわ」
ケイテはデシールの顔を見上げながら、これまで何をしていたのかを尋ねた。
「あなた戦士になったのね。体つきもがっしりしてる」
「うん。まだまだひよっこなんだけどね」
「ブラッドがお父様に会わせたってことは、優秀なんじゃない?」
「どうかな……」
そしてまたも目尻に涙を浮かべるケイテ。
「もうあなたは貴族じゃないのね……。ねぇ、これからどうするの?」
再会は果たしたものの、身分の差は広がっていた。
「どうするって言われても……」
ケイテの想いは、昔と全く変わっていないのだと気付いたデシール。しかし今の彼には重すぎて受け止めることはできない。
「どうしたら私たち一緒に居られるかしら。あなたを私専属の護衛にしたらいいのかな」
「そんなの駄目だ。それだと僕は、飼われているだけじゃないか」
「駄目なの?結婚はできないけど、それ以外は全部してあげる。子供だってこっそり作ればいいじゃない」
ケイテはさも当然の様に恐ろしいことを言い続ける。
すがりつくように話すケイテを見て、デシールはこれ以上ここに居てはいけないと感じた。
「ケイテごめん。もう帰らないと」
そう言ってケイテを引き剥がそうとするが、彼女は離れようとしなかった。
「駄目。4年も離れ離れだったのよ。こんなんじゃ全然足りないの」
「師匠が待ってるんだよ。本当に帰らないと」
日没は迫っていた。
「帰って何するのよ。別にここに居たって一緒でしょ」
「僕はまだ未熟だからもっと強くならないと」
自分の強さを理解していないデシールのこの発言が、違和感を産んだ。
ケイテがデシールの情報を入手したのが、闘技場から出てきた観客のささいな会話だった。
デシールと言う若者が、あのブラッドと良い勝負をしたらしいと言う。
ケイテの記憶では、ブラッドは強い戦士だった。
そんな男と戦えていたということは、もう十分強い証明だった。
故にこの若さでこれ以上強くなろうとする理由が、ケイテには分からなかった。
「強くなってどうするのよ……強くなって……これ以上強く? ……それって」
ケイテの頭に、一つの言葉が浮かぶ。
(……勇者)
その言葉は、彼が強さを求める理由と、彼女の妄想との辻褄を合わせてしまった。
普通の貴族のままでは王族との結婚はほぼ絶望的、そして平民や戦士などもっての他。
しかし例外が一つあった。それは王国が敵対している魔王を倒し、勇者という称号を得ることだった。
デシールが更なる強さを求める理由が、それ以外に考えられなかった。
「ケイテ、大丈夫?顔が赤いよ」
「……!? だ、大丈夫よ!」
ケイテはデシールの顔を直視できない。
貴族という身分を捨ててまで、自分と一緒になる。そんな事実と異なるデシールの計画に気づいたケイテ。
彼女の目に映るデシールは、もう白馬に乗った王子様どころの話ではないほど輝いて見えた。
惚れ直したというよりも、愛が上乗せされていく感覚だった。
「……分かったわ。今日のところは許してあげる」
勇者を目指していることは自分へのサプライズだと考えたケイテは、ここは黙っておくことにした。
「ありがとう。じゃあ僕は帰るね」
「待って。ちょっとだけ……ちょっとだけでいいから……昔みたいにぎゅってさせて」
そう言ってデシールに抱きつくケイテ。
「ちょ、ちょっと!恥ずかしいよ!もう僕たちは子供じゃないんだ。こういうのは駄目だよ」
「そうよね……もう子供じゃないもんね」
そう言ってデシールの頰に両手を当てて自分の方向へ向かせる。
そして、唇にキスをした。
「んん……!?」
デシールは驚いて抵抗を忘れてしまっていた。
デシールと体の一部が繋がっているという精神的な快楽が凄まじく、ケイテは無心に唇にむさぼりついていた。
(なにこれ……止まらない!)
口内に舌を入れ、唾液を交換するかのように激しくキスはエスカレートしていった。
無論ケイテにはキスの経験も知識もない。言わば本能のディープキス。
「っ……!待って待って!」
正気に戻ったデシールはケイテを引き剥がす。
「ぼ、僕はもう帰るからね!」
意外にもケイテはあっさり彼を解放してくれたので、そのまま逃げる様にして王宮を去った。
客室に一人残されたケイテは半分放心していた。
彼女はその日、14歳にして初めての性的絶頂に達していた。