修行の成果
__王国の前まで来たデシールは、門の前で立ち往生していた。
原因はアニスがなかなか離してくれなかったからだ。
「いいか? くれぐれも怪しい奴には関わるなよ」
「大丈夫だってば」
「私は王国の近くで待っているが、日没まで君が出て来ない場合は突入するからな!」
「普通に入って来てよ……」
王国に入る前に余計な労力を使ったが、なんとかアニスを振り切ることができた。
久しぶりに訪れた王国は懐かしい反面、人が多くて山で暮らしている今のデシールにとっては窮屈に感じた。
「えっと……ギルドは……と」
地図を見ながら場所を確認する。
「え……ここ?」
地図が示す建物は、想像よりも遥かに大きかった。
彼の目的地は王国最大規模のギルドだった。
ギルドは戦士達にとって、仕事を引き受ける場所として利用される。
中に入ると、戦士に必要な施設が立ち並んでいた。
魔物討伐の受付はもちろん、戦士のための求人紹介や情報交換ができるバーなど多岐に渡っていた。
(魔物討伐の報酬をもらわないと)
結構迷ったが無事受付を見つけることができた。
受付の青年に声を掛ける。
「この魔物を討伐したから報告に来たんだけど」
「はい、では依頼書のナンバーと、討伐した証拠となる物をお願いします」
デシールは荷物の中から、魔物の牙を取り出し提示した。
アニス以外と長らく話していなかったため緊張したが、受付の丁寧な対応により話は円滑に進んだ。
「手続きは終了です。報酬はこちらになります」
「あれ、報酬こんなに多かったっけ」
アニスが雑魚と言っていたので報酬は気にしていなかったが、結構な額だった。
「大きな魔物ですからね。その割に報酬は安いほうですよ」
どうやら結構強い魔物だったらしい。
アニスに少し言いたいことができたので、彼はもう帰ることにした。
その時、上の階から大きな歓声が地響きの如く鳴り響いた。
気になって受付の男に上で何が行われているのか尋ねた。
「このギルドの2階には闘技場があるんですよ」
それを聞いて、自分の力を試す良い機会かもしれないと考え興味が湧いた。
アニスの弟子になってからの2年間、多くの魔物と戦った。
しかしアニスにとってこの辺りの魔物はすべて雑魚という評価なので、上達が実感できなかった。
「闘技場って誰でも参加できるの?」
「ええ、飛び入りでも問題ないですよ。木刀を使う気軽なものなので参加してみては?」
「そうなんだ。参加してみようかな」
(まだ時間あるしいいよね)
受付の人から詳しいことを聞いて、参加の手続きをした。
「いやー、大型の魔物を倒せるパーティーに所属しているなら、結構良い所まで行けますよ」
「あれは僕一人で倒したんだけど」
「え!?」
「あ、時間だ。行って来るよ。色々ありがとう」
そうして彼は闘技場へ参加することになった。
__大きな声援の中デシールは入場した。
(こんなに観客がいるのか……)
流石は王国最大規模のギルドが経営する闘技場だけあって、新人の試合でも多くの観客がいた。
闘技場のルールは、相手を転倒させる。それだけだった。
服と武器は支給され、相手を殺してはいけないという平和なルールだ。
デシールは木刀の中でも一番重いものを選んだが、それでも普段使っている大剣よりは軽い。
初戦の相手は体重の軽そうな青年だった。
「お前新人か? そのでかい木刀を使う奴は珍しいな」
人里離れた山で暮らしているデシールにとって、珍しいと言われることはかなり恥ずかしい。
「お手柔らかに頼むよ」
そう言いながら握手をするデシールは、なんだか自信がなくなってきた。
試合開始のゴングが鳴る。
相手は剣を構え軽いステップを踏んだ。
動きが早く、重い木刀では捕らえきれそうにない。
しかしこのタイプとの戦い方は、アニスから教わっていた。
大きな木刀を低く構えるデシール。
その構えが独特だったため、相手は警戒を強めた。
軽やかに動く相手に、デシールは木刀を横に一振りする。
もちろんそれは空振りに終わる……と思いきやデシールは木刀から手を離し、相手にそれを投げつけていた。
予想外のことに対応が遅れた相手は、飛んで来る木刀は避けることは出来たが、デシールの場所までは把握できなかった。
相手が避けた場所に先回りし、武器を手放し身軽になった体で相手を殴った。
試合はそれで終了した。
観客席は静まり返っている。
(あれ? 僕何かおかしいことしたかな)
新人で、しかも15歳と若い。観客は彼がこうも簡単に勝利するとは思っていなかった。
自分の何がおかしいのか理解できず、恥ずかしくなったデシールは控え室に早急に戻った。
「なんとか勝てた……」
アニスの口の悪い助言を思い出す。
『動きが早いだけの奴はただの間抜け。適当に殴れば勝てる』
アニスのこう言う助言は半信半疑で聞いていたが、結構的を得ていた。
それとアニスには戦闘においての美学があった。
倒せる相手は極力3秒以内に倒せという大ざっぱな美学だ。
これを3秒ルールと呼んでいた。
彼女曰く、最後の手段を最後に取っておく奴は雑魚だそうだ。
デシールにはよく分からなかったが、とりあえず今回は3秒以内に倒せたので合格だろうと思った。
__次の相手は前回とは違い、速さだけでなく腕力もあった。
こういう相手と、どう戦うかもアニスから教わっていた。
『速くて力もある奴は大抵馬鹿だ。突っ込んで来る所を適当に叩いとけば勝てる』
実際その通りで2回戦も一瞬でかたが付いた。
流石に2度もこう軽々と勝利すると、新人ということで様子見していた観客も盛り上がりを見せる。
本当はそういう戦い方というだけで軽々倒している訳ではないが、第三者の目からはそう見えた。
__3回戦、これで終わりにしようと決めていた。
(実力を確かめようと思ったけど、結局よく分からなかったな)
しかしここでデシールと是非戦いたいと言う男が現れた。
申し出たのは、この闘技場で最も強いと言われる男だった。
なぜ自分を指名したのかは分からなかったが、実力を試すためには良いと思い戦うことにした。
闘技場に入場し、自分を指名した男を見る。
身長はデシールよりも大きく、歳は20代半ば。無駄のない筋肉や、隙のなさから明らかに今までの相手とは違うと分かった。
「お前がデシールか。俺はブラッドだ。よろしくな」
二人は握手をする。
「ブラッドさん。なんで僕を指名したの?」
「有望な若手を見るとつい実力を試したくなるのさ」
有望と言われたのが嬉しかったデシールだが、何か別に理由があるような気がした。
「話は終わりだ。早速試合を始めよう」
ブラッドはそう言って剣を構える。
その構えには隙がなく、アニスの助言だけで勝てる相手ではないと分かった。
それでもまずは全力で、一瞬で勝負を決めるつもりで戦う。
デシールも剣を構える……前に一気にそのまま斬りかかった。
しかし不意打ちは決まらず防がれてしまう。
(この重い木刀をこうも軽々振り回すか……!)
ブラッドがそう思ったのもつかの間、デシールの足が上がる。
(そしてこの体の柔らかさ!)
デシールの蹴りは、ブラッドではなくブラッドの木刀を狙ったものだった。
(武器を折りに来たか!)
ブラッドは強度が強い方向へ木刀の角度を変え、それも受け止める。
そして距離を取るためにデシールを蹴り飛ばそうと足を動かした瞬間、デシールは一瞬にして後ろに下がった。
この動きには一番驚いた。
(なんてバネをしてやがる……)
人間は無意識のうちに脳に制御をかける。
しかし一人が記録を更新すると、次々その記録に到達する者が現われる。
デシールにとってその一人がアニスだったので、身体能力の基準が人間離れしていた。
(これで15歳とは驚いた……。だがまだ若いな)
剣を構え直すブラッド。
しかしデシールはというと、もう戦う気がなかった。
「うーん。今ので決着がつかないと無理かな」
今の打ち合いで、デシールもこの試合は勝てないと分かっていた。
(負けて夜まで気絶したりなんかしたら、痺れを切らしたアニスが乗り込んで来るかも……)
ということでデシールは手をあげる。
「えっと……降参で」
これには観客も唖然。ブラッドも拍子抜けしていた。
「なぜ降参するんだ?」
「日没までに帰らないといけないんだ。……多分負けるし」
「なんだそりゃ。お前変な奴だな」
この闘技場に来てから珍しい目で見られたり、変と言われたりでデシールはやはり帰りたくなってきた。
肩を落とすデシールにブラッドは言う。
「おっと。これは失礼した。だが戦い方が面白いな」
「なんか変だった?」
「いや変と言うか……戦う前は育ちのいい立ち居振る舞いなのに、戦ってみると人間を相手にしている気がしない」
「師匠がそういう人だからね」
そもそもその師匠は人間ではないので当然だった。
__試合が終わり、ギルドを去ろうとしたデシールをブラッドが引き止める。
「時間があればでいいんだが、少し付き合ってくれないか?」
「時間は大丈夫だけど……」
「実は俺は王国騎士団の人事をしている。最近は有望な若手が少なくてな」
ギルドが闘技場を経営する理由は色々あるが、騎士団がこっそり戦士の引き抜きに使う場でもあった。
「悪いけど僕は騎士になる気はないよ」
アニスの元での修行をまだ続けたかった。
「今は人材不足でな。人脈として顔を合わせるだけでもいい」
「いいけど、誰に会うの?」
ブラッドはデシールを脅かせようと、もったいぶって答える。
「それはな……国王様だ」
「え!!?」
期待通りの反応にブラッドは満足気な表情を浮かべる。
しかしデシールにとっては驚くなんてものではなかった。
頭の中に一人の少女が浮かぶ。
「え、えっと……ブラッドは姫様に会ったことある?」
「すげーたまにな。だが一部の人しか会えないし、普段は滅多に人前に出てこない。なぜそんな質問を?」
「いや、なんとなく聞いただけだよ」
ケイテと鉢合わせることはないという情報を聞いて、デシールは胸を撫で下ろした。
もう貴族ですらない彼にとって、彼女と会うことはとても気まずいのだ。
(久しぶりに王様に挨拶するのもいいかもしれない)
「分かった。行くよ」
「おお! それは助かる」
こうしてデシールは、4年ぶりに王宮へ行くことになった。