戦いの師
__デシールが旅立った日から、2年が経とうとしていた。
人生初の貧乏な暮らしは、戸惑うことも多かった。しかし子供ならではの適応力ですぐに慣れた。それに食糧確保は、狩りを趣味としていた彼にとって容易だった。
彼は戦士育成用学校が多数ある町で暮らしていた。
学校に入るお金はないが、ここに居れば情報は手に入る。それに訓練に適した弱いモンスターが、多く生息していた。
しかしデシールは、戦士として成長していなかった。
「はぁ……これからどうしよう」
彼自身、ここまで通用しないとは思っていなかった。
子供の頃に習っていたお遊びの剣術は、町の近辺に生息している弱い魔物すら倒せない。
学校に通っていないので、なぜ倒せないかも教わることができない。
学校に行く金がない者は、師匠を見つけ手伝いをしながら稽古をつけてもらう。それが普通だった。
しかし貴族として裕福に育った彼に、そんな知識はなかった。
この町は学生が多く、師匠となる強い戦士は教員以外居なかった。
もうこの町から出た方が良いと彼は考えていた。
そんなある日、普段静かな街道が人でにぎわっていた。
気になって見に行ってみると、なにやら屈強そうな男達が列をなして歩いている。
「何かあったの?」
野次馬の一人に尋ねる。
「北の村にドラゴンが出たそうだ」
「ドラゴン!?」
ドラゴンといえば魔物の中でも最強の部類に入る。
街道を歩いていたのは、ドラゴン討伐に集まった戦士達だった。
これはデシールにとって幸運だった。
ここに居るのはドラゴンと戦える強い戦士ばかり。
この中に師匠になってくれる人が居るかもしれない。
そう考えたデシールは、集団の跡をついて行くことにした。
__ドラゴン討伐を目的に集まった戦士達は、目撃情報のある村の近くまで来ていた。
道中何度か魔物との戦闘があったが、彼等の強さは凄まじいものだった。
「おい、あのガキまだ付いて来てるぜ」
「ほっとけ、俺達の後ろを歩けば安全に移動できるとでも思ってんだろ」
デシールの尾行は初日から気付かれていた。
彼等にとってこの旅はあまりに安全で、子供一人付いて来ようが気にしなかった。
「村に着いたぞ」
ドラゴンが目撃された村に着き、戦士達は村人から情報を聞き出した。
どうやらドラゴンは、近くの洞窟に住み着いているらしい。
そしてもう一つ、その外見は日毎に人間に近づいているという。
人に化けようとするドラゴン。その情報は、経験のある戦士達にとっても気味が悪かった。
__一晩明けて、戦士達は村を出発した。
彼等の表情は昨日とは明らかに違い、緊張感に満ちていた。
「おいガキ! ここから先は付いて来るな!!」
跡をつけるデシールに、一人の男が叫んだ。
ここから先、子供を背負って戦えないという意味が込められていた。
それでもデシールは帰らなかった。
ドラゴンを倒すほどの戦士の戦いを、自分の目で見たかった。
「ちっ、勝手にしろ。死んでも知らねーからな!」
__2時間ほど歩き、目的地に着いた。
村からあまりに近い。一瞬違う洞窟かと疑ったデシールだったが、すぐにここが目的地だと悟った。
死屍累々。洞窟の入り口にあったのは、戦士達の死体だった。
そして洞窟から一人の美しい女性……と見まごうドラゴンが現れた。
「またお客さんか」
そこに居る誰もが驚いた。まさかここまで人間の姿に近づいているとは思っていなかった。
「おのれ! 人の言葉を喋りおって!」
戦士の一人がそう言うと、ドラゴンもまた驚いていた。
「またか……。人間はすぐに私がドラゴンだと見破るな。まだどこか違うのか……それとも何か特別な魔法でも使っているのか?」
その質問には誰一人として答えず、戦士達の中で一番の年長者が呟いた。
「こいつぁ、やべぇ……」
それを聞いて、戦士達は一斉に剣を構える。
「まったく……話も聞いてくれないとは」
やれやれといった様子で、ドラゴンも落ちている剣を拾い上げた。
それと同時に戦士達は一斉に斬りかかる。
…………ドサッ。
「え……?」
デシールはつい言葉を漏らしてしまった。
それはあまりに早く終わった。
気付けばあれほど強かった戦士達はいなくなり、洞窟に散らばる死体が増えていた。
ドラゴンはデシールに気が付いていた。
「少年、ここは君の来る所ではない。去れ」
そう言って後ろを向く。
「ま、待って!」
気が動転していたのかもしれない。もしくは、ドラゴンに殺意がないことが分かったからかもしれない。
「なんだ、君も私と戦うのか?」
色々混乱した頭の中、彼自身も驚くことを口走っていた。
「僕を弟子にしてください!」
もはややけくそだった。戦士達はデシールにとって唯一の希望だった。
強さを求めた結果、目の前のドラゴンだけが残ってしまった。
「……いきなりなんだ」
ドラゴンは彼の顔をじっと見た。
「お前、私が怖くないのか?」
「怖く……ない。多分」
実は多くの戦士達とデシールの意識には、大きな違いがあった。
彼は戦士に憧れ知識はあったため、ドラゴンの強さは知っていた。
ただ経験のある戦士から、教育を受けていなかった。そのため恐怖心までは叩き込まれていなかったのだ。
目の前で多くの戦士が殺されたが、ドラゴンが自ら行ったのではない。戦士達の方が先に剣を抜いた。
「ところで、どうして人間は話も聞かずに剣を振りかざしてくるんだ?」
「……分かんない」
デシールには分からなかったが、それには理由があった。
ドラゴンに挑むほど強く経験のある戦士達は、一つの結論に達していた。
それは人の言葉を話す魔物は、狡猾で厄介だということだった。
「人間に化けられるようになったから、試しに人里まで来てみたんだがな……。一瞬でドラゴンだと見破られるわ、斬りかかられるわでロクなことがない……」
ドラゴンはさらに質問を重ねた。
「そうだ少年、どうして人間は私がドラゴンだと分かるんだ? やはり魔法か?」
その質問にはデシールでも答えることができた。
「それ」
「ん……? どれだ?」
「人間に角はないから。あと尻尾もない」
「そ、そうなのか……」
「あははは、変なの」
実はデシールはかなり緊張していた。しかし人に化けきれていなかったことを恥ずかしがるドラゴンを見て、少し気が抜けた。
「笑うな人間、勉強不足だったのは認めるが……」
初対面でもなんだか気軽に話せる相手というのが時々いる。
デシールとこのドラゴンは、お互いにそういう親近感みたいなものを感じていた。
「少年、君の名前はなんと言う」
「デシール」
「年は?」
「13」
「若いな……」
「お姉さんの名前は?」
「お姉さん? ああ、私のことか。うーん……アニスだな……アニスと呼んでくれ」
「分かったよアニス」
「ところでさっき言っていた、師匠になって欲しいとはどういうことだ?」
「えっと、僕に戦いを教えて欲しいんだ」
「ふむ……この少年と一緒に居れば、人間のことも少し分かるかもしれない……」
アニスは数秒考えた後、デシールに言った。
「いいだろう。師匠とやらになってやる」
「ほ、ほんと!?」
ドラゴンから戦いを教わる。これは前例がなく正しい選択かは彼には分からない。しかし師匠は強い方が良いとも考えていた。
彼女はその条件に、誰よりも当てはまっていた。
「付いて来いデシール」
「う、うん」
「そうだ。戦いたいならまずその武器を捨てろ」
「でも……大きな剣は重くて……」
「いいから捨てろ。そのおもちゃでは何も倒せない」
「でも、代わりの武器がないんだ」
「武器ならそこら中に落ちているだろう。そうだ、あれにしろ」
アニスが指を指したのは、戦士達の一人が使っていた大剣だった。
「うん。分かった」
そうして、アニスとデシールは師弟関係になった。
自分がドラゴンだと見破られる理由が判明したアニス。もうここで人間に絡む必要がなく、人里離れた山へ移動することにした。
自分より大きく重い大剣を背負い山を登る。それだけでもデシールが2年間やってきたどの修行よりも過酷だった。