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魔王との決戦

__決戦の日。


デシール達、討伐隊は魔王の住む洞窟に辿り着いた。


まるで引き裂かれたかのように、一直線に続く岩盤。そこに巨大な、洞窟の入り口があった。


洞窟周辺はあまりに静かで、風に揺れる草原がさらさらと鳴っているだけだった。


「静かすぎやしませんかね……」


兵士の言う通り、異常なほど静かだった。


恐らくこれは罠なのだろう。誰もがそう思った。


あれだけ大々的に魔王討伐を掲げたのだ。そうしなければ周辺の村への避難警告にならなかった。


「行こう」


そう言ってデシールは先頭に立ち、洞窟に足を踏み入れた。


洞窟で馬は不要。ここからは歩いて進む。


洞窟の中は肌寒い。そして天井は高く、だだっ広い。


うねりながら奥へと続くその姿は、まさに自然が作り出した魔王城だった。


皆警戒しながらも迷うことなく、魔王の居る最奥へと進んで行く。


この洞窟は、貿易をする際に避けて通ることは出来ない。


魔王はそこを陣取り、商人や戦士などの通行人から金品を要求していた。


言わば超高額を請求する関所だった。なんとも迷惑な魔物である。


王国は幾度となく討伐を試みたが、その魔物はあまりに強かった。やがて魔物は魔王と呼ばれるようになった。


対価さえ支払えば通ることが出来るため、ここの地形を知っている者は多い。デシール達が迷わず最奥に進むことが出来るのはそのためだった。




__魔王が居るとされる最奥近くで、魔法使いの一人が異変に気付く。


「おかしいですぜ……。結界が張ってありませんよ」


洞窟の最奥、そこに貼られた結界を破るのは容易ではない。


魔法使いが同行した目的の一つに、結界の解除があった。


魔王は確実に何か策を仕掛けている。それが何かは分からないが、引き返す訳にもいかなかった。




__少し歩くと自分たち以外の足音や、うめき声のようなものが聞こえ始めた。


それは魔物達が発したもので、かなりの数が居るようだった。


そして多くの魔物が待ち構える最奥が見えた。


人間の視野では捉えきれないほど広大な空間。そこには高価な物が散乱していた。


ごつごつした岩場に似合わない、宝石の埋め込まれた机。壁沿いに飾られた骨董品。奥に見えるは財宝の山。


どれも通行人からせしめた物だった。


ずらりと並ぶ魔物。その種類は様々で、数は約50体と少ない。王国が兵士を厳選したように、魔物側も弱い魔物は退避させていた。


対する討伐隊はデシールを含め21人。アニスはほぼ戦闘に参加しないので実質20人。一見戦力に差があるが、こちらにはブラッドが指揮する優秀な部隊があった。


その中央に王座の様な椅子がある。そこに座る魔物こそが今回の標的だった。


「随分と待たせるじゃない」


それは人の形をしていた。


外見は20代前後の女性。髪は白く長い。


両手の全ての指に宝石をあしらえた指輪をはめ、ネックレスなどいたるところに光物を身につけている。


うっすらとほくそ笑む口元には、はっきりと牙が見えた。魔物であることを隠す気がないのだ。


「まったく、贅沢な暮らしだなぁおい……」


下手な貴族よりも裕福そうな魔物にブラッドが悪態をつく。


「お金があるのに使わない馬鹿は居ないでしょ?」


知性を醸し出す魔物を前にして、兵士達は冷や汗をにじませる。


それはデシールやアニスとて同じだった。しかしこの2人が焦る理由は兵士達とは違う。


デシールは言葉を話す魔物と、まともに戦えたことがない。


子供の頃に、アニスと言う人の形をしたドラゴンと出会ってしまったが故のさがである。


アニスは魔王を知っていたが、人に化ける前の彼女は形や性別を気にしなかった。


「戦えるか? デシール」


アニスは心配そうな顔をしている。


「少し交渉してみる。それで駄目そうなら戦うよ」


そうやって今まで散々騙されている。アニスの心配が拭われぬまま、デシールは少し前に出て、魔王との交渉を始めた。


「僕はデシール。君が魔王であってる?」


「人間が勝手に魔王って呼んでるだけなんだけど……。私はマイラよ。まぁなんて言うの、人を殺さない優しい悪魔よ」


これは事実でこの悪魔は財宝さえ差し出せば、人に危害を加えることはなかった。


「だったら今回も、穏便に済ませて欲しいんだけど」


「はぁ? なに言ってんの?」


「今まで通りただ金品を巻き上げるだけなら、僕達も手を出さない」


問題は魔王が王国との戦争を企てている事。ただ迷惑なだけの魔物でいるなら、戦う必要もない。


しかし、そう都合よく事が進むはずもない。


「それは無理よ。なに甘いこと言ってるの? あなたみたいな強い人間が出てきたら、誰もここにお金を置いていかなくなるじゃない」


魔王に太刀打ちできる力を持つデシール。それは絶大な影響力を持つ。


現にここに来た兵士の誰もが、魔王に供える品など持ち合わせてはいない。


「商売の邪魔よ。あなた達には死んでもらうわ。それで王国にもちょっとお仕置きをするの。ってか割とうざくなってきたから結構死んでもらうわ」


魔王から返ってきたのは清々しいほどの敵対だった。


今までの魔物と違い騙す気など全くなく、敵意を向き出している。


さすがのデシールも戦わない理由がなかった。


「交渉決裂だ。もういいだろデシール」


「わかってる。戦うよ」


ブラッドとデシールが合図を出すと、皆作戦通りに動く。デシールは魔王マイラを惹きつけ、その他の兵士もそれぞれの配置へ着く。


「そっちも1対1を望んでると思ってたけど、後ろのなに? 魔物?」


それはアニスに向けて吐かれた言葉だった。


魔王を誘導するデシールの後ろにはアニスが居た。


しかし彼女からは戦う意思が感じ取れなかった。魔王マイラは少し不気味に感じながらも「まぁいいわ」と言ってすぐにデシールへと視線を戻した。


魔王マイラは指輪を1つ外した。中指にはめられていた黒い指輪で、はめ込まれた赤い魔石が光を放った。すると周りを覆うように黒い魔力が出現し、気付けば鎧の形を成していた。


身軽そうな光沢のない黒い鎧。それが指先からつま先まで覆い尽くす。


武器を持っていないのは、鎧が攻撃と防御を兼任しているからだ。


「どう? 素敵でしょ。結構高かったのよこれ」


そう言って鎧を軽く叩いて見せた。どうやら戦闘の準備が出来たらしい。


兵士達の準備も完了している。


そして遂に戦いの火蓋が落とされたのである。




__大剣を一直線に魔王マイラに向ける。


正面に立つと実感する魔王の威圧感。デシールは相手との実力差を感じた。


それでも、一旦デシールが戦わなければ、アニスがただ人間に肩入れしたことになってしまう。彼女はデシールの従える魔物で、デシールに危機が訪れたときのみ動くのだと兵士達には伝えてあった。無条件で人を助ける都合の良い存在だと思われてはいけないのだ。


アニスが戦う条件を満たすために、まずはデシールが敗北しなければならない。しかし手を抜けば確実に命を落とす。今は持てる力を振り絞って、魔王マイラにぶつけるしかなかった。


「かかってきなさい」


魔王はその場を動かずデシールからの攻撃を待っていた。


自分から仕掛けるデシールの戦い方からすれば、やりやすい相手だ。


遠くでは他の兵士がそれぞれ戦っている。


このまま隙を伺っているだけでは、後ろの戦闘が先に終わりかねない。とにかく一撃、攻撃をすることにした。


剣を構え、即座に魔王マイラへと接近する。


しかし相手は微動だにせず、腕を組んだまま立っている。


相手の考えが分からないが、とにかく全力の一撃を加える。


頭に向けて大剣を振り下ろすが、魔王マイラが頭をずらした。それでも攻撃は肩に直撃する。


振り下ろした大剣は相手の鎧に亀裂を作る。次に横から斬りつけた。これにより鎧は半壊した。


吹き飛ばされた魔王マイラはなんとか着地し、地面に膝をつき痛そうにしている。


「いったー……。あなた、結構やるわね」


わざとらしくそう皮肉る。


デシールは既に異変に気付いて居る。


魔王マイラの砕けた鎧、それが破損箇所から生えるように修復した。


「デシールって言ったかしら。あなた凄いわ。本当に人間なの? 久々に破壊されたものこの鎧。でも残念、これであなたの負けが確定したわ」


「なんで? 今ので攻撃を見切ったってこと?」


「理由を知りたいんだったら、もう一度攻撃してみたら?」


そう言って先ほどと同様に、仁王立をする魔王。


デシールもわざと口車に乗せられ、もう一度斬りかかった。


今回も前回同様、本気の一撃である。


直後、金属同士がぶつかり合う鈍く鋭い音が洞窟に響いた。


見ると魔王マイラが、デシールの一撃を片腕で受け止めていた。


「なんでっ……!」


先ほど鎧を破壊した一撃が、今度は簡単に防がれた。


デシールは驚き距離を取る。それに対して魔王は追撃をしない。


「凄いでしょ。この鎧は破壊されても自動で修復するの。しかも修復された鎧は、破壊された攻撃に耐えられるよう強化されるってわけよ」


そう、この魔道具こそが魔王マイラの強さである。


この鎧、何度壊されても修復する。そしてその度に強度が増していくのだ。


(なるほど、アニスが僕じゃ勝てないって言ったのはそう言う事か)


もうデシールの大剣が、この鎧に対抗しうる手段はなかった。


「なんだか随分余裕そうね。もっと焦るかと思ったけど……面白くないわ」


とてつもなく強力な鎧だが、デシールにはアニスがこれに負ける想像ができなかった。


それに仲間を見ると、負傷者はおらず至って作戦は順調である。


しかしここは魔王マイラの領域。当然、罠は仕掛けていた。


「なら少し驚かしてやろうかしら」


魔王マイラは鎧の時とは別の指輪を2つ外し、それを同時に握り潰す。


余裕のあったデシールも、この時初めて焦りを感じた。


凄まじい気配。それが黒い魔力として実体化し、空間を歪めながら形を形成する。


現れたのは巨大な魔物。


以前戦った大蛇のように、森から頭が出るほどの大きさはないが、木々を軽く薙ぎ倒せるであろう巨体を持っていた。


四足歩行で鋭い爪、頭部からは禍々しい角が生えている。


「驚いた? これはベヒーモスって言って、悪魔が従える魔物なの」


新品の玩具を見せびらかす子供のように、得意げになっている。しかし、現れた魔物はそんな可愛げのあるものではなかった。


その強さは魔王ほどではないものの、ほかの魔物とは一線を画していた。


「この子には、あなたのお仲間と戦ってもらうわ」


指示を受け取ったベヒーモスは、デシールの頭上を飛び越え兵士達へ向かった。


「やっぱり罠か!」


皆と合流しようにも魔王がその隙を与えない。


ブラッドは、急ぎベヒーモスの通れない狭い通路へ兵士を誘導する。


ブラッドが素早い判断と優れた指揮能力を発揮するも、見えない壁に阻まれ通路に入れない。


「馬鹿ね。逃がすわけないじゃない」


魔王マイラは対策を打っていた。彼女が握りつぶしたもう一つの指輪、それは結界を張る魔道具だった。


その逆側に張られた結界が兵士達を阻み、部屋から出られない。


魔道具を消費して発動する結界は、魔術師でも容易には突破出来ない。


「この部屋に結界が張ってなかったのはそう言うことか」


「そうよ。入れない結界じゃなくて、出られない結界を張ったの」


完全い罠にはまった。罠は仕掛けていると思っていたが、アニスが居るという油断があった。


しかしアニスはデシールに危機が訪れない限り動かない。


アニスに目をやったが、彼女は微動だにせずデシールの様子を伺っていた。


(まずい、早く皆と合流しないと)


とにかく隙を突いて他と合流しようという、焦りからの無鉄砲な攻撃。


「どうしたの? 攻撃が雑になってるわよ」


簡単に受け止める魔王マイラ。


もはやデシールの攻撃は何一つ通用しない。


そして反撃。


手の甲であしらわれただけだったが、デシールを大剣ごと吹き飛ばした。


防御に徹していた魔王マイラだが、その攻撃は想像よりも遥かに重かった。


「くそっ!」


それでも攻撃の手を緩めないデシール。


相手の鎧には攻撃が通用しない。アニスは他の人間を助けない。兵士達に逃げ場はない。


デシールは焦りで息を荒げながら、魔王マイラに突進するが、何度やっても弾き飛ばされてしまう。


「どうして本気を出さないのよ」


不思議そうにデシールを眺める。


先ほどまでの彼の余裕な態度が、本気を出していないと言う勘違いを産んだ。それを警戒し、なかなか攻めて来ない。


いっそ早く敗北し、アニスに決着を付けてもらおうとしたが、それすら叶わなかった。


そうこうしている間に、兵士達はベヒーモスとの交戦を余儀なくされるのであった。

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