ブラッドの教え
__魔王の住処付近に到着した討伐隊。彼等は小さな洞窟の前で馬を止めた。そこで作戦の詳細について話す。
魔王討伐は、明日実行される。
「魔王とは僕が戦う。洞窟の中にはたくさん魔物が居ると思うから、そっちは任せるよ」
デシールの説明に兵士の一人が質問する。
「どうやって魔王と1対1の状況を作るんだ?」
その質問に、デシールの隣に座っているアニスが答えた。
「並の魔物ではデシールには勝てない。デシール以外は魔王に歯が立たない。結果、嫌でも1対1になる」
お互いの兵力を犠牲にしないために、自然と1対1の状況が生まれる。
作戦はブラッドも知っているため、説明に加わる。
「まぁ俺達がやることは簡単だ。正面から堂々と敵を倒すだけだ」
作戦はいたってシンプルだった。会議は各々の役割などを、簡潔に伝えて終わった。
__作戦会議の後、デシールは明日に備え武器を手入れしていた。
ブラッドを見ると、部下と何やら話している。
彼は大きな戦いの前日だというのに、緊張した様子を見せていない。
それは彼が、多くの戦場を経験していることを意味していた。
しばらくすると、彼はデシールの元にやってきた。
「デシール、ちょっといいか?」
「いいけど、なに?」
先ほどまで部下と話していたので、その内容を報告に来たかのように思えた。しかし彼の要件は全く別だった。
「ちょっと手合わせしろよ」
そう言って彼は、森の中を指差した。軽く剣を交えようと言うのだ。
デシールも体を動かしたい気分だったので、彼に付き合うことにした。
アニスはと言うと、当然のように2人に同行した。
__木々の茂った森の中、少し開けた場所を見つけた。
デシールとブラッドは、そこで木刀を構え向かい合う。
アニスは2人から距離のある岩場に腰掛けていた。
「その木刀、お前が闘技場で使ってたやつだからな」
ブラッドが渡したのは、デシールが闘技場で使用した大きな木刀だった。
「わざわざ持って来たんだ」
ブラッドが木刀の矛先をデシールに向けて言った。
「まぁなんつーか、ちょっと稽古をつけてやろうと思ってな」
その発言に、師匠であるアニスが反応した。
「稽古? 明日の戦いに備えてか? だったら必要ないだろう。1日で何か出来るとも思えない」
そもそも魔王を倒すのはアニスである。それはブラッドも知っていた。
それでも彼はデシールに伝えたい事があった。
「いいから、かかってこいよデシール」
ブラッドと木刀を向け合うのは一年ぶりだった。
当時はまるで歯が立たなかった。しかしデシールもあれから強くなった。そのため、もう1度戦ってみたいと思っていた。
デシールは木刀を強く握る。
「わかった。……じゃあ行くよッ!」
そして、それを振りかざした。
前回同様、初撃は軽くいなされる。
アニスには簡単に負けたブラッドだったが、再び対峙してみるとやはり強かった。
実はアニスが人間の強さを見誤ったのも、ブラッドが原因だった。
(ブラッド、やっぱり強い……)
そう感じたデシールだが、どうやらブラッドもまた驚いている様子だった。
「お前……すげぇ強くなってるな」
ブラッドは口を開く余裕があった。対してデシールにそんな余裕はない。
無言で次の攻撃を繰り出す。
しかし、それも弾き返された。
アニスは2人の力量を知っていた。デシールが押されていることになんの疑問もなく、ただ眺めている。
ブラッドは攻撃を受け流しながら話を続けた。
「強くはなったな。だが初めて会った時から成長してないんだよな……」
その意味を理解しようと、デシールは一旦距離をとった。
「ってかあれだ。昔のお前のことは知らないけどよ。多分両親と離れた時から成長してないんじゃないか?」
「どういうこと? 確かに僕の成長は限界かもしれないけど、子供の頃よりは強くなったつもりだよ」
それに対するブラッドの返答は、ため息混じりだった。
「限界か……随分とまぁ師匠に甘やかされてたみたいだな」
それは遠回しだが、アニスの指導にも問題があるという意味が込められていた。
アニスは何か言おうとしたが辞めた。
彼女は人間を育てたのは初めてで、勝手が分かっていなかったのも確かだった。
2人は再び木刀をぶつけ合う。乾いた音が静かな森に響いた。
「お前、これ以上強くなる気ないんだっけか」
デシールは体を動かすことに集中しているため、端的に答える。
「うん」
「なら王国に更なる危機が訪れたらどうする? でかい災難が、お前自身に降りかかったらどうする」
その答えはすぐには導き出せず、デシールはただ木刀を叩きつける。それを丁寧に受けとめながら、ブラッドは語る。
「俺たちは魔物とは違うんだぜ。ただ戦って勝つだけじゃ生き残ったことにはならねぇんだ」
魔物は寿命が長く、ただ戦いに勝利すれば生き延びたことになる。
しかし人は限られた時間の中で、他者を守らなければならない。
それは魔物であるアニスには、教えることのできない事だった。
「もっと強くなれよデシール」
「これ以上強くなっても……」
「強くなれ。じゃないと必ず後悔するぞ」
デシールにはブラッドの言っている意味が分からない。
しかし彼の言葉がどうしても心にひっかかる。魔物に育てられたからと言えど、結局彼は人間なのだ。
多くのことを考えてしまい集中が削がれ、隙が生まれた。
ブラッドの一撃で、デシールの木刀は弾かれ地面に突き刺さる。
これが実戦なら、剣術で押されながらも最後はデシールが勝っていた。しかし勝者はブラッドだった。
ブラッドの稽古は単純な強さを教えるものとは違い、精神的な部分を見ていた。
彼は木刀を持ったまま、デシールの前に立った。
「これは俺の独り言なんだけどよ。いや、大した話じゃないんだよ」
そう言ってブラッドは、自身の体験を話した。
ブラッドは自分のことを話さないので、デシールは彼の情報をあまり知らなかった。
「俺さ。昔、勇者候補として魔王と戦うはずだったんだよ」
5年前。魔王を封印する計画があった。そしてそれにブラッドは参加していた。
ブラッドが魔王と戦い、その隙に魔王を封印するという作戦だった。
しかし、封印に使う道具の郵送中、魔物の襲撃に会った。
結果、その道具を紛失。作戦は実行せずに終わった。
「そうだったんだ」
「別にそれを悔やんでるとかはないけどよ。こうやってまた戦うことになるんだわ」
彼は王国で随一の強さを誇っていた。
それ故に、自分の意思と関係なく多くの戦場に駆り出された。
「力を示したら、必ずその力が必要になる日が来るんだよ。みんながみんな強いわけじゃないからな」
それは魔王を討伐した後の、デシールに向けての言葉だった。
「じゃあ僕はどうしたら……」
今後の指針に迷いが生じている。
ブラッドはそんな彼を導かず、だた肩を叩きこう言った。
「まぁ、魔王討伐がんばろうぜ。じゃあな」
そうしてその場を立ち去るブラッド。
その姿を眺めらがらアニスが呟いた。
「結局なんだったんだ? 説教でもしにきたのか」
この時のアニスにはまだ、この会話の意味を考える必要がなかった。
__その夜デシールは、一人物思いにふけっていた。
魔王を倒した後、ただアニスと2人で平和に暮らす。果たしてそれが可能なのだろうかと。
デシールは無数の星に照らされながら、夜空を見ていた。
「なんだこんな所に居たのか」
アニスはようやく見つけたというふうにデシールに声をかけ、隣に座った。彼女の距離は、体が密着するほど近い。
「まだ悩んでいるのか。他の連中を見ていても思うが、人間は物事を難しく考えるんだな」
顔を覗き込みながらそう言った彼女は、そっとデシールの胸に手を当てた。
「少し鼓動が早いか……。緊張は戦闘において足かせになる。余計なことを考えるな。今を生き残ることだけ考えていればいい」
ただ、今を生きる。その教えに疑問を持たなかったデシール。そもそも人と関わらなかった彼には必要がなかった。
「でもブラッドは、それが駄目だって言うんだ……」
ブラッドとアニス。2人の強者は考え方が違っていた。
アニスは単純な強さ。ブラッドは人としての成長をデシールに求めた。
「このままでいいのかな……」
「この戦いに勝って、その後は私と暮らす。他のことはどうでもいいだろう……」
「どうでもよくないよ。僕は人間なんだ。ブラッドの言う通り、戦ってそれで終わりじゃないのかもしれない」
デシールが人間である。本来当たり前であるその事実が、アニスの胸に突き刺さる。
「……分からないな」
分からない。
アニスはなぜかデシールが遠く感じた。
星空の下、ただ彼の表情を眺める。
今の彼女にはそれしか出来なかった。




