魔王討伐への出陣
__魔王討伐へ出発の日。
デシールは、王宮で旅立ちの儀式を行なっていた。
アニスは王宮に入れないので、途中で合流することになっている。
「デシールよ。よくぞ魔王討伐に名乗り出た」
ひざまずくデシールに、国王はありがちな台詞を言う。
「魔王を倒すのならばこの剣を持って行くがよい」
そして装飾の多い剣を差し出した。
「え、いらないけど」
「いや儀式じゃから……」
国王は不満そうだったが、結局剣は受け取らなかった。
それよりも国王の後ろに居るケイテから、激しく視線を感じる。
デシールはその視線から逃げるため、儀式が終わるとすぐに王宮を出た。
外に出ると、街の中心から騒がしい音が聞こえた。
魔王討伐へ旅立つ者を称えるセレモニーである。
デシールはこれから、その中心を馬車で進むのだ。
馬車の前にはブラッドが居た。
そしてその後ろに、屈強そうな男達が控えていた。
「よぉデシール。こいつらが同行する兵士だ。この中には俺の部下も居るからよろしくな」
デシールは初対面である彼らに、軽く挨拶をした。
「よろしく」
それに対して兵士達も返事をした。
その中で、一際大きな声で挨拶を返した青年がいた。
「よろしくお願いします!」
その青年を見て、ブラッドは笑いをこらえている。
「こいつ、お前に憧れてるらしいぞ」
「え?僕に?」
「はい!デシールさんはすごいっすよ! でかい魔物一人で倒しちゃうじゃないっすか」
大声でデシールを称える青年。
その後ろに控える兵士達も、彼と同じでデシールを一目置いていた。
彼らはデシールが魔王を倒せると、心から信じていた。
「お前の名前使ったら簡単に集まったぜ」
ブラッドはそう言いながらデシールの肩を叩く。
「あとその後ろに居る3人は魔法使いだ」
彼が指を指した方向には、杖を持った男が3人立っていた。
「魔法使い!? 初めて見た……」
かつて魔法使いは、戦士と共に魔物討伐をしていた。
現代では、防衛でその真価を発揮している。自陣で環境を整えた方が、強力な魔法が放てるのだ。
そのため魔法使いは城などに常駐していて、滅多に出会えない存在だった。
「なんか想像と違う」
目の前に居るのは、鎧を着た筋骨隆々な魔法使いである。
「そりゃあ、戦場に送り出される連中なんてこんなもんだ」
兵士達と少し話していると、出発の合図である花火が打ち上げられた。
「さぁデシール様、お乗り下さい」
御者にそう促され、馬車に乗る。
馬車の周りには、護衛も兼ね馬に乗った兵士達が連なって進む。
まるでパレードのようなその光景に、人々の歓声が響いた。
馬車が王国を練り歩き、やがて中心地から離れた。
声援が離れて行く。それはかつてデシールが故郷を去った日を彷彿とさせた。
そのまま馬車は王国の外に出た。
馬車から降りたデシールは、馬に乗り換える。
派手に行われたセレモニー。送り出される側は、にぎわう王国を背に旅立つだけだった。
そうしてデシールは魔王討伐へと出発した。
__兵士達と共に、魔王の住まう地へ馬を走らせる。
王国から派遣された人数は百を超えるが、ここに居る兵士は18人。
他は各地の防衛に派遣されていた。
馬を数分走らせたところで、デシールが止まる。
「合流したい人がいるから、ちょっと待ってて」
そう言ってデシールは森の中に入って行った。
少しして、彼はアニスを連れて戻って来た。
「ごめん待たせたね。この人はアニスって言うんだけど……」
アニスを初めて見る兵士達。
彼らはその美しさに、視線が釘付けになった。
しかし一人の魔法使いが、血の気が引いた表情で言った。
「デシールさん。そいつ人間じゃありませんぜ。俺たち魔法使いは魔力で分かります」
それを聞き、他の兵士達が警戒を強めた。
デシールは、魔法使いが魔力で魔物と人を判別できるとは予想もしていなかった。
警戒する兵士達にブラッドが呼び掛ける。
「待て待て! 彼女は敵じゃないぞ」
彼に事情を話しておいたことが、早くも功を奏した。
「彼女はアニスって言うんだけど、魔王を倒すには彼女の力が必要なんだ」
デシールの簡単な説明に、魔法使いが疑問を投げかける。
「正気ですかい? 魔物ですぜ。裏切るかもしれません」
他の兵士も同じ考えだった。
こんな状況だが、ブラッドは楽観的だった。
彼はこういう事態に備え、わざとデシールに好感を持った兵士を集めていた。
「安心しろ。アニスさんは、デシールを育てた人物だ。そして師匠でもある」
デシールを育てたと言う事実。
デシールの名で集まった彼らにとっては、信頼へと繋がる。
それと同時に、魔物に育てられたというデシールの異質さ。そこに彼の強さの根底を知る。
「それに魔物って言っても、彼女はドラゴンだしな。割と中立な立場だろ」
ブラッドはそう冷静に説明していた。
「そうですかい。でもドラゴンがどうして俺達に協力するんだ?」
その質問で初めてアニスが口を開く。
「誰が人間などに協力するか。私はデシールと共に居るだけだ」
アニスの正直な答えは、馴れ合いよりも真実味があった。
説得の甲斐あって、兵士達は渋々アニスの同行を認めた。
__馬を再び走らせてから少し時間が経った。
後ろでおとなしくしていたアニス。
しかし突然何かを呟いた。
「手綱を引いている君は、結構無防備だな……」
そしてデシールに体を密着させる。
「ちょっとアニス。もうちょっと手を緩めてよ」
「そんなことしたら、振り落とされてしまう」
からかうようにそう言いながら、腕をさらに前に持っていく。
そうしてデシールの体を弄り始めた。
「ちょっと、変なところ触らないでもらえる!?」
手綱を掴んでいるため抵抗できない。
必死に悶えるデシールを見て、アニスは興奮し始めた。
「今度から馬で移動しよう。私はこれが気に入った」
彼女は無防備な彼の首筋を舌でなぞる。
「うわぁ! なにしてんの!?」
「随分と可愛い声を上げるじゃないか」
馬の上で、2人がいちゃついている。
それを後ろから眺める兵士達。
先ほどまでアニスを疑っていた者も、すっかり気が抜けてしまった。
それどころか恋人と離れたくないがために、連れて来たのではないか。そう疑うものすら出始めた。
このままでは示しが付かないと判断し、ブラッドが2人に声を掛けた。
「お2人さん。ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「率直に言うとだな、後ろの連中の士気が低迷しまくってるんだよ」
後ろを振り向くと、皆呆れたように微笑している。
「え、みんなどうしたの?」
「お前らがいちゃいちゃしまくってるからだろ! 移動の間は少し離れてろ」
それを聞き、アニスが不機嫌になった。
「今いいところなんだ。水を刺すな。それに私はデシールと離れる気はない」
アニスはそう言うも、デシールは彼女の悪戯が原因で馬を御するのに集中できなかった。
そのためブラッドの意見に賛成した。
「ブラッドの言う通りだよ。アニスは誰かの後ろに乗ってくれ」
兵士達がざわつく。例え魔物と言えど、アニスの外見は美しい。そんな彼女が、誰かの馬の後ろに乗るというのだ。
しかしアニスは全く気乗りしない。
「デシールの後ろじゃないなら、自分で走った方がマシだ」
そう言って渋々馬から降りる彼女を、兵士達は好奇の目で見ていた。
「え、自分で走るって……大丈夫なんすか?」
若い兵士が心配そうにデシールに尋ねた。
「うん。馬より速いと思うよ」
そうして再び走り出した一行。
彼らが目にしたのは、汗ひとつかかず馬と同等の速さで走る女性の姿だった。
その姿に、彼女が魔物だと皆再認識させられた。
__移動は順調だった。
しかし中間地点である街を通り過ぎてしまい、森林深くで夜が更けた。
野宿になってしまったが、幸いにも近場に湖があった。
デシールは今、そこで水浴びをしている。
布で体を拭きながら、今日の出来事を思い出す。
(仲間なんて初めてかも)
仲間とは、今回同行した兵士達のことだ。
彼らのことを思いふける。
すると背後から人が立ち上がる音がした。
何者かが湖を泳ぎ接近したのだ。
「デシール……」
「え? アニス!?」
後ろから聞こえたのはアニスの声。
そして彼女はデシールを抱きしめた。
「なかなか一緒に居られなかったからな。君が一人になるのを待っていた」
「だからって今じゃなくても……って服着てないし!」
背中には生々しい感触。
「私も一緒に水浴びをしようと思ってな」
そう言いながら怪しく微笑むアニス。
明らかに水浴びが目的ではない。
案の定、デシールの陰部に手を伸ばしてくる。
先日の恥じらいはどこへやら。ほんの少し距離を置いただけで、彼女の精神は安定を失う。
ブラッドに小言を言われたばかりなので、あまり彼女の自由にさせる訳にはいかない。
「ぼ、僕先にあがるから」
「こら逃げるな。少しくらい良いだろう」
逃げようとしたデシールを、アニスが押さえ付ける。
そしてそのまま唇を奪った。
「んんっ……!ちょっとやめて。この変態ドラゴン!」
「君だって変態だ。ここをこんなに固くして……。変態同士、このまま一線を超えてしまうか」
逃げようと体をそらすも、アニスの筋力にはかなわない。
「待って待って待って! 押さえつけるのは卑怯だよ!」
もう駄目かと思い諦めかけたその時、岩陰からブラッドが顔を出した。
「デシール、俺も水浴びしようと……って、何やってんだお前ら!!」
このタイミングの良さが、ブラッド特有の間の悪さだった。
「おいブラッド。邪魔だ。どっか行ってろ」
アニスが強い口調でそう言ったが、
「うるせぇ! 来いデシール! 俺が戦場のなんたるかを教えてやる!」
と、ブラッドは珍しく強気に返した。
ブラッドからすれば、ここは彼の職場である。
兵士の中には部下も数人居て、その手前これは見過ごせなかった。
ブラッドに連れて行かれるデシール。
その後デシールは、裸のまま長い説教にさらされたのであった。




