弟子の卒業
__翌日、戦士一行は討伐対象である魔物を発見した。
探し当てたというよりも、魔物の一部が森から見えていた。
それほど巨大な魔物だった。
「結構大きいね」
「依頼書には大蛇と書いてあったしな。あんなものだろう」
アニスと2人で魔物について話していると、髭を生やした男がこちらにやってきた。
男は今回招集された中でも、ベテランの戦士だった。
「こっちに来い若造。もうすぐ戦いが始まる。お前等は俺の後ろに隠れてろ」
男はデシールが貴族だと勘違いしている。アニスについては、男性一人を突き飛ばすほどの腕力を知らしめたが、武器を持っていなかった。
そんな2人を男は護衛すると言う。
集団での討伐が初参加だったデシールにとって、これは嬉しい申し出だった。
しかしこの男にそこまでしてもらうほど、この旅で仲が深まった訳でもない。
「ありがとう。でも、そこまで親切にしてもらわなくても大丈夫だよ」
やんわりと断ったが、男にも言い分があった。
「そうは言ってもな、死なれたら困る。あんたら貴族だろ?」
「違うけど」
「意地を張るな。王宮の推薦で参加する奴は、大抵魔物を討伐したっていう事実が欲しいだけの貴族どもだ」
男はうんざりした表情で説明する。
それだけ戦士達にとって、王宮推薦とは厄介な存在だった。
「そういう連中を死なすと、後で色々面倒なんだよ……。だから誰かが見てなきゃならねぇ」
男にも事情があると分かったので、彼の申し出を受けることにした。そもそも他の戦士達の戦いを見るという目的を持っていたデシールには好都合だった。
__いよいよ戦闘が始まる。
近づいてみると魔物は想像以上に大きい。戦士達は立ち往生していたが、一人が剣を抜くと皆一斉に戦闘態勢に入った。
そして大蛇との戦いが始まった。
しばらくすると、デシールの隣に居たアニスが完全に飽きてしまっていた。
「これは何だ。こいつらは本当に人間の中でも強いほうなのか?」
「なんか苦戦してるね……」
2人はこの時、初めて人間の強さの基準を見た。
それはあまりに非力で、相対的に見てデシールが強いと言えてしまうほどだった。
「時間を掛け過ぎだ。デシール、行けるか?」
さすがのアニスも見ていられなくなり、デシールへ戦いの参加を促す。
「んー……無理かな。人が多過ぎて魔物がこっちを向いてくれない」
そんな2人の会話を耳にして、護衛をしている戦士が焦ったように駆け寄る。
「おい! あれに突っ込もうとか思うなよ!」
彼からすれば、素人が乱入して戦場を乱すことのほうが危険だと感じた。
そんな緊迫した中、大蛇の尻尾に跳ね飛ばされる戦士が目に映る。
「負傷者が出てる……ここは撤退した方がいいと思う」
「ちっ、若造のくせに知ったような口を。だがここらが潮時か……」
負傷者が出始めたことで、元々押され気味だった戦況が不利になった。
プライドの高い戦士達も、今回ばかりは退散を決意した。
「一時退却だー!! 作戦を立て直すぞ!」
戦士達が一方向へ撤退していく。
デシールはこのタイミングを待っていた。
「これでこっちに集中してくれそうだね」
ゆっくりと大剣を構える。
「よし。行って来い」
アニスに背中を叩かれると同時に、デシールは魔物に向かって走り出した。
逃げる戦士達と逆の方向に走るデシールを見て、戦士の1人が叫ぶ。
「おい! 何してる! 戻れ!!」
そんな叫び声には答えず、一気に魔物との距離を詰める。
魔物も標的をデシールに定めた。
そして大蛇の牙がデシールに襲い掛かった。
それをすんでのところでかわし、頭上を通り過ぎる大蛇の下顎を切り落とした。
一瞬で勝負がついた。
大蛇は下顎を切り落とされたことで、頭部での攻撃手段を失った。そして弱点である頭への接近が用意になった。
大蛇の頭へ飛び乗ったデシールは、大剣を頭蓋に突き刺した。
頭を串刺しにされた大蛇は、大きな地響きを立てながら地面にひれ伏した。
「おい……おいおい……マジかよ」
戦士達は夢でも見ているかのようだった。
彼等は強い戦士だった。それでも強い魔物と戦う時は複数で戦うのが基本だった。
しかしデシールは、たった1人で大蛇を倒してしまった。
呆気にとられていた戦士達の中で、ベテランの戦士がその場にいる誰もが抱いた疑問を投げかけた。
「お、おい。お前一体何者なんだ……」
「僕はデシール。えっと……よろしく」
そう言った16歳の少年の名は、戦士達の心に深く刻まれた。
__多くの戦士が全く歯が立たなかった大蛇を、1人で倒したデシール。
その名は王国全土に広がった。
ケイテの思惑通り、彼が今最も勇者に近い男だと噂になった。
しかしデシール本人はというと、勇者になる気など毛頭なく、あまつさえ王国から去ろうとしていた。
「これ以上強くなってもなぁ……」
自宅の寝床で横になり、天井を眺めるデシール。
彼は今回の一件で、自分の力を把握した。
最強を目指していない彼にとって、もう修行を続けても意味がなかった。
それは弟子という立場からの卒業を意味していた。
(これからどうしよう。アニスの気持ちを受け入れて、2人でどこか遠くへ越そうかな)
そんなことを考えていると彼が寝ている横にアニスが滑り込んできた。彼女をそっと抱きしめる。
「少し前までは私が君を抱きしめていたんだがな……」
「もしかして嫌だったりする?」
「そんな訳があるか」
そう言ってアニスはそっと口づけをした。
デシールはそんな彼女が愛おしくて仕方がなかった。
そしてその気持ちを伝える決心が、もう彼には出来ていた。
「ねぇアニス、明日少し話があるんだけど」
「今では駄目なのか?」
「いや……今はちょっと」
自分がアニスに好意を持っている。
そんな話を2人きりの状況でしようものなら、アニスの理性が確実に飛ぶ。そうなると即貞操を失うことになりかねない。
そこまでの覚悟はまだなかった。
「まぁいいだろう。私も少し君に話がある」
「分かった。じゃあ明日どこかで、食事でもしながら話そうか」
この時アニスが考えていた要件は、デシールのものとは違った。
先日の大勢での討伐を切っ掛けに、彼女は王国周辺の異常に気付いたのである。