アニス対ブラッド
__少しだけ月日が経ち、デシールは16歳になっていた。
王国直々の依頼で強い魔物と戦っていたデシール。彼はこの近辺で倒せない魔物はほとんどいないと言えるほど成長していた。
そして今、彼は何をしているかというと……。
「何をしているんだ……」
植物のつるで束縛され、身動きが取れなくなっているデシールを見上げてアニスが呟く。
「普通に負けて捕まってるんだけど……。見てないで助けてよ」
呆れて何も言えないでいるアニスに、木の裏に隠れていた小さな少年が駆け寄る。
「お姉さん助けて! そこのお兄さんは僕を助けようとして……」
それを言い終わる前に、アニスは少年の首をはねた。
この少年は、デシールを束縛していた植物型の魔物が化けた姿だった。
「これで何度目だ。なぜ騙される……」
デシールは人に化ける魔物との戦いを苦手としていた。
そういう魔物の多くが狡猾で、子供や女性、老人などの姿で戦士を騙す。
彼はその罠にことごとくはまっていた。
「ごめんって」
アニスはデシールに巻き付いたつるをちぎり、束縛を解いた。
「倒せない相手じゃなかったぞ」
「罠だって分かってはいるんだけど……」
人に化ける魔物を斬れないのは、アニスとの出会いが原因だった。
言葉の通じる魔物に対して、話せば分かってくれるのではないかという考えを捨てきれない。
「まぁいい。今回は私が倒してしまったが、依頼を達成したことには変わりない。帰るぞ」
「うん。そうしようか。なんか疲れたし」
__依頼を報告するため王宮に向かう。
いつもはデシールだけで行くのだが、今回はアニスに引き止められた。
「王宮に行くのか?ちょっと待ってくれ」
依頼をケイテから直接受けているデシールは、頻繁に王宮を出入りしている。
その度に香水の香りを体に染み込ませて帰ってきていた。
毎回違う香水だったがアニスはその中に共通の匂いを見つけ、それが女性のものであろうと推測していた。
気付いた瞬間は怒りを覚えたアニスだったが、まずは事情を探ることにした。
「……今回は私も王宮に行くぞ」
「いや王宮へは許可がないと入れないから」
「問題ない。確か今日はあいつと会う約束をしてただろ」
「あいつって……ブラッド?」
ブラッドとはお互いの情報を共有するために頻繁に会っていた。
「そうだ。王国騎士団の人事をしているなら、デシールと同様に私も紹介してもらえばいい」
「僕がスカウトを受けたみたいに、アニスも王宮に紹介してもらえばいいのか……」
しかしデシールは考える。アニスが王宮に行く意味があるのかと。それとケイテと接触すると面倒そうだということも。
「別にそこまでして王宮に行かなくても」
「……何かやましいことでもあるのか?」
睨みを効かせたアニスに、デシールは腰が引けた。
「いや、うん……。ブラッドに頼んでみようか……」
__ブラッドと合流し、アニスが王宮に入れるよう話をする。
「アニスさんを王宮に?まぁいいけどよ。だったらまずは俺と闘技場で戦え。それがルールだ」
王国直属の戦士になるには、人事であるブラッドに実力を示さなければならない。
「分かった。ならば闘技場に行こう」
__ギルドの上にある闘技場。
かつてデシールが参加した、木刀を使う安全な決闘を行う場だ。
しかし前回訪れた時よりも大きな歓声が上がっている。
その歓声の中心はアニスだ。
アニスは凛々しく美しい。
そしてブラッドは、ある程度強い相手としか戦わない。
期待の新人でしかも美人。観客が盛り上がる材料がそろっていた。
対峙するアニスとブラッド。
「アニスさんよ、俺と初めて会った時のこと覚えてるか?」
「いや全く」
ブラッドがアニスと初めて会った時、彼は投げ飛ばされた。
その時の彼女の動きを見て、騎士としての経験が彼女を強いと判断した。
(デシールの時は様子見しながら戦ったが、今回はその余裕はなさそうだ)
本気で挑むと決めたブラッドとは対照的に、アニスはあくびをしている。
「早く始めないか? デシールに会いたくなってきた」
デシールは闘技場の観客席で、2人を見ていた。
前回闘技場に来た時には気付かなかったが、観客席には戦士が多い。
ここにいると、普段アニスと2人だけで行動をしているデシールにも、自分は戦士だという実感が湧いた。
そんな地味な優越感に浸っていると、試合開始のゴングが鳴り響いた。
(アニスが人と戦う姿を見るのは、初めて会った時以来だ。ちゃんと見ないと)
当時のデシールでは、アニスの戦いを見ても何が起こっているか分からなかった。
今はその時とは違い戦いの経験もあるため、参考になる部分があるかもしれないと思った。
先に動いたのはブラッドだった。
彼の動きはデシールと戦った時とは違った。
(やっぱり僕には手加減してたのか……)
ブラッドがアニスと距離を詰めて木刀を振りかざす。
その瞬間。アニスは武器を捨てた。
「え?」
デシールはすっとんきょうな声を上げたが、それは他の観客も同じだった。
そうして試合は一瞬にして終わった。
「マジかよ……」
そう呟きながらブラッドは自分の手元を見る。
彼の持っていた木刀の上半分が消し飛んでいた。
アニスはブラッドの攻撃を手で払っただけだった。
しかし、その動きはそこに居る誰も目で追うことはできなかった。それはデシールやブラッドも同じである。
自分の成長に自信を付けていたデシールだったが、アニスとの差がまだあると分かり落ち込んだ。
「私の勝ちだ」
「バケモンだな、あんた」
ブラッドは本気でアニスが化け物だと感じた。王国で彼女に勝てる人物がいないのは確実で、その彼女を誰も知らないことがあまりに不自然だった。
「これで私は王宮へ入れるのだろう?」
「いいけどよ、なんで王宮に行きたいんだ。あれか? デシールと片時も離れたくな〜い、みたいな感じか」
「そうだ」
「さいですか……。なんか面倒臭くなってきたわ」
そうしてアニスはブラッドに勝利し、王宮に入れるようになった。
ブラッドは闘技場でしばらく負けていなかった。それを負かした新人、しかも美女ということで観客席は盛大に盛り上がっている。
そんな中、アニスは観客席の一点を見ていた。無論その視線の先にはデシールが居る。
(アニスがこっち見てる。もの凄く嫌な予感がするんだけど……)
しばらくしたらアニスはデシールの居る方向へ歩き始めた。
嫌な予感が的中する。
(もしかしてアニスこっちに来ようとしてる!?)
アニスはなんの疑問も持たず、10メートル以上高い場所にある観客席に飛び乗ろうとしている。
それは人間の跳躍力を超えていた。
彼女はまだ人間の身体能力というのを理解しきれていないのだ。
アニスが人間ではないと疑われる訳にはいかないので、彼女がこちらに飛び乗るのを阻止する必要があった。
デシールは大きな旗をつたって、観客席から降りアニスに駆け寄った。
「なんだデシール。そんなに私と早く会いたかったのか?」
アニスはデシールの腰に両手を回し嬉しそうにしている。
「う、うん」
「どうした?なぜ泣いている」
デシールはその瞬間、彼の人生で最も目立っていた。
「なんだ彼氏持ちかよ」
そんな観客席からの冷めた言葉が突き刺さる。
抱き合う二人の光景は、ブラッドですら目を逸らしていた。