新しい住居
__山に戻り、住居の購入を検討するデシールとアニス。
「家かぁ……まずどこに住もうか」
「王国で良いだろう」
「うーん。王国はね……」
ケイテのことを考えると、王国に住むことには抵抗があった。
しかし、どちらにせよ彼女とは仕事で接触するので同じだと気付く。
「まぁいいんだけどさ。そもそも僕、都会っぽいのが合わなくて戦士になったんだけど」
「そう言えばそうだったな。だが王国の仕事をする以上、もう諦めろ」
「それもそうか」
そこでデシールは気付く。もう2人で一緒に住む必要はないのではないかと。
(これは毎晩の添い寝から解放される、良い機会かもしれない!)
思い立ったら吉日。さりげなく提案してみる。
「部屋の広さは求めてないし、賃貸でいいよね」
「そうだな。私達の距離も近い方がいいしな」
アニスはうんうんと頷いている。
「分かった。じゃあお金に余裕あるし、部屋を2つ借りよう。アニスは隣の部屋ね」
「ん……ちょっと待て」
話の流れで彼女が頷くのを期待したが、そう上手くはいかなかった。
「それは駄目だ」
「いやでも僕ももう子供じゃないし、わざわざ一緒に住まなくても」
「私は君と一緒に居たい。だから駄目だ」
吐き捨てるように却下されたが、今回ばかりはデシールも引き下がる訳にはいかない。
「アニス……この際だからはっきり言うよ」
そう切り出すデシールに対し、アニスはふて腐れたように顔を背けている。
「師匠として色々教えてくれたことは本当に感謝しているけど」
デシールは昨晩の出来事を思い出す。
「アニス昨日さ、僕が寝てる間になにかしたよね」
「う……」
昨晩、アニスは寝ているデシールを襲おうとした。
「あんなことして起きないと思った? 寝返りを取るふりをして回避したからいいけど、ほっといたらやばかったよね」
「あ、あれは……わ、悪かったよ」
流石のアニスも、今回は後ろめたい気持ちがあるらしい。
「だからもう一緒に寝るのも駄目だし、住居も分けるから」
それでもアニスは、譲れないとばかりに食らいつく。
「ま、待ってくれ! 股間が膨らんでいる君は少し苦しそうだから、定期的に抜いていただけなんだ」
「え……あれ常習してたの?嘘でしょ」
「あ……」
もうすでに何度か実行していたことを、アニスは自分からばらしてしまった。
「どうりで朝ちょっと気だるい日があると思ったよ! 変な夢見るし!」
毎晩抱きついてきてキスをしたりいたずらをしてくる。それにも限界が来ていたデシールだったが、今回の件で堪忍袋の尾が切れた。
「もう本当に怒った。部屋は絶対に別にする」
「おい待ってくれ! 頼む。それだけは……」
__王国にある不動産屋で手続きをした。
思いのほか早く部屋を借りることができ、2人は早速移住した。
場所は王国の外れで、中心部と比べると都会らしさが薄い。
自然が多く広さもあるため、修行を続けるには最適な土地だった。
木造の部屋は綺麗だとは言い難いが、日当たりが良く快適だった。
「なかなか良い部屋じゃないか」
アニスはさも当然のように、デシールの部屋に立っている。
「いやここ僕の部屋。アニスはあっち」
「そう邪険にするな……」
「修行の時とか会えるんだからいいでしょ」
「わ、分かったから押すな……」
アニスは少し肩を落としながら自分の部屋に戻って行った。
__その日の夜。一人横になるアニスは全く寝付けないでいた。
(おかしいな……。昔はずっと一人だったはずなんだが)
デシールと出会ってから毎晩欠かさず彼と一緒に寝ていた。
その彼がいないことに不安を感じる。
(デシールは今何をしているんだろうか……。不安だ……)
そこにはデシールの声、感触、少し照れた表情、その全てが無かった。
まるで生きるために必要な栄養が、不足してしまったかのような感覚に襲われる。
たまらなくなり彼女は部屋を飛び出した。
そしてデシールの部屋のドアに手をかける。
しかし、そのドアには鍵が掛かっていた。
「おいデシール、開けてくれ!もう無理だ……。私は君の側にいないと駄目みたいだ……」
その声には、普段の自信に満ちた雰囲気は一切無かった。
「頼む……寂しいんだ……」
アニスの声を聞きながら、デシールは罪悪感に苛まれる。
しかしここで折れる訳にはいかないと、心を鬼にして寝たふりをする。
「デシール……この体の火照りはどうしたらいいんだ……」
(結局それじゃん!)
罪悪感は一気に消え去った。
その後もドアの前でアニスが何やら言っていた。
人の少ない土地を選んだが、都会に住んでいたらえらい近所迷惑になるところだった。
しばらくすると突然おとなしくなった。
バキッ
(あれ?なんか変な音が……)
音のした方に視線を向けると、そこには涙目のアニスが立っていた。
彼女の怪力は考慮していたが、まさかやらないだろうという常識は通用しなかった。
「デシール!!」
彼女はデシールを押し倒し強く抱きしめた。
「アニス……苦しい。あとドア壊さないで」
「よく考えたんだが、自由に行き来できないのは不便だと思ってな。鍵を壊しておいた」
そう悪びれもせず言うアニスは、デシールに会いたいあまり自分が何をしたのかよく分かっていなかった。
「いや全然不便じゃないし、むしろないと泥棒とか怖いし」
「その時は私が守ってやろう」
アニスからは誰が守ってくれるのかという質問に、答えてくれる相手はいなかった。
結局、なし崩し的にアニスはデシールの部屋に入り浸るようになり、いつもどおり一緒に寝ることになった。
その晩、さきほどの寂しさから、いつもよりも激しくアニスが襲いかかって来た。
デシールは一晩中起きて、それを阻止した。
その後もアニスはデシールの部屋に入り浸り、彼女が住むはずだった場所は物置となった。