幼い2人の小さな約束
__とある王国に、デシールという貴族の少年がいた。
彼はよく王族主催のパーティーに参加している。それはあまり権力を持たない家が参加できる規模ではないが、彼がここに居るのには理由があった。
「デシール! 来ていたなら声をかけてよ。探したじゃない」
そう上機嫌に話しかけるのは、彼を招待した人物であり国王の一人娘であるケイテ姫だった。
「姫様……お久しぶりです」
デシールがそうかしこまって挨拶をすると、
「その呼び方はやめて。前みたいに普通に話して」
と彼女は少し機嫌を損ねて答えた。
「昔は身分など分かっていなかったので……」
「そんなの私がいいって言ってるんだからいいのよ!」
「う、うん。分かったよ……」
そんな2人のやりとりを、大人たちが「またか」と微笑ましく見ている。
デシールとケイテが出会ったのは5年前。デシールが6歳、ケイテが5歳の時。
その日、幼いデシールはとある貴族に預けられていた。
その貴族は身分が高く、王族のパーティーに彼を連れて行った。
そこでデシールはケイテと出会い仲良くなった。
その時の彼は、ケイテが一国のお姫様だとは知らなかった。
それ以来、ケイテはデシールの家にパーティーの招待状を届けるようになった。
ある時、彼女の父である国王が、デシールへ招待状を出すのをやめるように言いつけた。
王族が一人の人間に目をかけるのは、問題があると考えたからだ。
しかしそれは失敗に終わった。
デシールに会うことを禁じられたケイテは、素直な彼女からは想像もつかないほど何も行動を起こさなくなった。
勉強もせず、外出もせず、食事すら取ろうとしないほどに。
そうしてデシールが11歳になった今でも、ケイテとの関係が続いてしまっていた。
「ねぇデシール、あなた階級が全然上がっていないらしいわね」
ケイテは最近、デシールの身分に対し不満を漏らすようになった。
「いや……そんな簡単に階級は上がらないし……」
「なんでそんな弱気なこと言うのよ?」
そしていつからか彼女は、恐ろしい言葉を彼にぶつけるようになっていた。
「あなた、このままだと私と結婚できないじゃない!」
「ちょ、ちょっと……! それはもう言わないでって……」
「なんで! なんで! 言わないとデシールは何もしないじゃない! 私たちはまだ子供だけど、時間は全然ないんだから!」
王族と結婚する。それは尋常でないほどの努力が必要……というより無理な話だった。
それを分かっていたデシールは、こう答えるしかなかった。
「うん……。お父さんに相談してみる……」
そんな会話を聞いてか、白い髭を生やした優しそうな貴族が2人に話しかけてきた。
「お2人とも仲がよいですな。しかし、この会場には他にも子供がおります」
そして貴族はこう続けた。
「あそこには私の息子も居ましてな、姫様に会うのを昨日から楽しみにしておりました。少し会ってはくれませんか」
すると他の貴族たちも、「ぜひ自分の子供も」といって集まってきた。
これはデシールにとって助け舟になったが、ケイテによってその船は沈められる。
「いやよ。デシール、あっちは人が少ないわ。行きましょう」
これもいつものことだった。
ケイテはデシールの手を引き、人の少ない廊下へと向かう。
「ねぇ、僕たちと同い年の子も居たよ? ケイテならすぐ仲良くなれるよ」
「いらない! 私はデシールが居ればそれでいいの」
廊下に着き、デシールの手を放して振り向いた彼女は、今度は彼の顔をじっと見つめた。
「ねぇ……次のパーティーは2ヶ月後よ」
「そうだね」
「私2ヶ月もあなたに会えないなんて耐えられない……」
「……?」
まだ11歳のデシールには、10歳のケイテの言っている意味が分からなかった。
「愛しているわ、デシール」
そう言って彼女はデシールを強く抱きしめた。
「ねぇ、離れたくないの。なにか私たちが一緒に居られる方法はないかしら……」
「ケイテ……」
それは単なる子供の我が儘ではなく、真剣に言っているのだとデシールにも伝わった。
「大丈夫だよケイテ」
ケイテは可愛い女の子で、身分の差により諦めてしまったが、デシールにとって初恋の相手だった。
だから彼女から好意を抱かれることは、素直に嬉しかった。
「ケイテがパーティーに招待してくれれば必ず行くよ。僕は君に会える日をいつも楽しみにしているんだ」
ケイテはどう? そう尋ねると、少女は潤んだ瞳でまっすぐデシールを見つめた。
「私も……私もデシールと会えるなら、なんだって耐えられるわ。次のパーティーも必ず来て」
「うん、約束するよ」
幼い2人の小さな約束。
しかしデシールの両親が亡くなったことにより、その約束が果たされることはなかった。