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レアリーズ・スタート①

 グルグル回って落ちて行くような感覚がしばらく続いた後、フワッと世界が明るくなった。

「あ、れ……ここ、どこ? シートやモニターは……?」

 いつの間にか大雅ひろまさは、まとわり付くような白いモヤの中に居た。

 キョロキョロ頭を動かすと、体とシートを接続していたケーブル類もヘッドホンも、全部無くなっている事にハッキリ気付く。

 残っているのは、小さなキーボードが付いた左手のリストバンドだけ。メニュー表示やコマンドの直接入力用と説明された物だ。

「……もしかしてあの機械って、意識を直接ゲームに接続させるんだ! すっげー!」

 シートに座った姿勢の大雅の口から、思わず感嘆の声が洩れた。

(――って言うか、そりゃ本社にモニター呼ぶワケだよねー。帰ったら、アイリたちに教えてあげようっと)

 足下を確かめながら立ち上がる間に、周囲に立ち込めていた白いモヤも徐々に晴れて行く。

 次はどうしたらいいのかと辺りを見回す大雅の目に、爽やかなグリーンの壁と薄いピンクの床が見えて来た。


 ――異次元世界REALEEZ――


 正面の壁の真ん中に、ドーンとゲームのタイトルが刻まれていた。

「文字デカっ……! あ、立体的に盛り上がってるんだ」

 文字に触ろうとすると、壁が真ん中から割れて左右にスライドする。

「この壁、開くんだ……」

 唖然として見つめてしまう壁の向こう側は、黒一色の狭い空間だった。ホテルの受付のような姿の女性が一人佇んでいて、壁が完全に開き切ると、こちらへ向かって深々とお辞儀する。

「アザーワールド・レアリーズへようこそ。まずは、あなたのデータをご登録ください」

 にっこり笑った女性の声は、合成音声では無く肉声で、大雅は何となく聞き覚えがある気がした。

 だが、機械を通している所為か、ハッキリとは思い出せない。

「質問にお答えいただくだけで結構です。このデータはキャラクターに反映されるだけで、他の用途に使う事はございません。本名の必要もございません。年齢・性別・職業などは、ゲーム中のスキルに関わる事がございます」

 女性がペコリと頭を下げると、正面の黒い壁に何本も白い線が走り、大きな書類のようになった。

 上の欄から順に〈プレイヤーネーム〉〈年齢〉〈性別〉〈職歴〉〈その他備考〉と書かれている。

「お名前から、よろしいでしょうか」

「えっと……タイガ、十四歳、男、中学二年」

 女性が差す手に従って答えると、魔法のように文字が表れ、たちまち空欄が埋まった。

 職歴欄に〈学生〉と出て一瞬驚いたが、その他備考欄に〈中学生〉が表れたので、小さく頷く。

「全てよろしいでしょうか」

 女性がにっこり笑って、小首を傾げた。

「あ――あの、あそこ、プレイヤーネームのトコ!」

「はい」

「漢字じゃなくて、カタカナでお願いします!」

「承りました」

 頷いた女性が文字に手をかざし、スッと横に動かすと、一瞬で〈大雅〉が〈タイガ〉に変わった。


***************


 入力が完了して黒い壁に戻ったと思ったら、すぐにまた白い線が表れた。

 今度は〈キャラクターネーム〉〈種族〉〈年齢〉〈性別〉〈基本能力値〉〈職業〉〈スキル〉だ。

「先程のデータと同じでよろしければ、次の項目にお進みください。変更なされる場合は、お申し付けください」

 確かに、名前・年齢・性別は既に記入されていた。種族は人間になっている。

「現在はテストプレイですので、種族は、魔法に適したエルフ族・頑丈で工芸に秀でたドワーフ族・平均的なバランスの人間族の三種からお選びいただけます。ゲームが完成した時には、素早い獣人族・器用な妖精族・頑強な竜人族もお選びいただける予定です」

「全部で六種! すっげー……」

 大雅は、考えるだけでワクワクしてしまう。

 女性が黒い壁の別の面を指し示した。

「キャラクターの基本値と習得スキルの一部は、外見に大きく影響を及ぼす事がございます。こちらは姿見となっておりますので、項目変更ごとの外見変化もご確認ください」

「この辺は、FiFフィフとあんまり変わんないんだね」

 姿見に映る容姿を見ながらパーツを選び、色を決めるシステムは、FiFと同じだった。試着室に居るような感覚と、マウスの代わりに指を差してパーツを選べるのが、パソコン上とは違うだけだ。

(パーツのデザインも同じ気がするけど、ちょっとリアルっぽくなってるかな?)

 最も違うのは、習得スキルを選ぶ際に現実世界の職業リストが見られる事だった。

 スクリーン代わりの壁に映った文字を指差すと、対応するスキルが明るく発光する。

(へ~、弁護士は交渉スキルと全体守備魔法付くんだ。へ~、警官と刑事で微妙に習得スキル違うんだ。兄ちゃんたち、大変だったろうなぁ……)

 細かい設定に加え、メニューの指差しと音声で設定出来る直感操作に、兄たちの苦労を思わずには居られない大雅である。

 一通りざっと見た後、大雅は少し虎之介とらのすけに似ている顔を選んで、茶色の短髪と翠の瞳に決めた。

 姿見を見て、軽く首を傾げる。

「これで冒険者って、なんかちょっと弱そう?」

「冒険者になれる最低年齢は種族ごとに決まっていて、人間は十五歳からとなっております」

「え――そうなの? じゃ、増やさなきゃダメじゃん」

 試しに十七歳にすると、姿見に映る容姿の背が伸び、顔つきも少し大人に近付いた。

 七十歳にすると、髪と眉の色が白くなり、顔のシワが極端に増える。

「わー、すげー。成長も出来るんだ。七十歳の冒険者ってのも、ちょっとカッコイイかな?」

 しかし七十歳では、職業欄に〈元冒険者〉と〈一般人〉以外が無くなってしまった。

「人間は、おおよそ四十歳が冒険者の引退年齢となっております。冒険者としてゲームを始める場合は、四十歳未満に設定してください。ゲーム中に年齢が増えても、引退する必要はございません」

「そっかー。じゃ、十五歳にしとこ」

 十五歳に直すと〈冒険者〉が職業の選択欄に加わった。


「それじゃ、職業は冒険者で、スキルはどれにしようかなー?」

 大雅がそう言うと、女性スタッフがペコリと頭を下げた。

「申し訳ございません。サポートスタッフ用の機械で選べるのは、元冒険者と一般人のみとなっております」

「な、なんで――?」

『なんでもヘッタクレも無ぇだろが。サポートスタッフが冒険者になって、どうするつもりだ?』

 不意に掛けられた聞き覚えのある声と口調に、大雅の背筋がピンと伸びた。

 ギギギギ……と音がしそうな動きでゆっくり振り向く。

(……あれ?)

 当然居ると思った人物は、見当たらなかった。その代わり、大雅の数歩後ろの床の上に何か――。

(なにあれ。黄色くて黒っぽいシマ模様の……毛皮?)

 スイッと、尻尾が動いた気がする。

『――誰が毛皮だ、コノヤロウ。ちゃんと身もあるわ!』

 次の瞬間、某プロレスラーのマスクにそっくりな顔が振り向き、大雅に向かってガーッと吠えた。

(リアル虎マスクだ! マント!? 着ぐるみ!? すげー、さすが兄ちゃん!)

 ちなみに虎之介は、諸々の事情から野球チームは好きになれなかったが、マスクマンなレスラーの方は大好きである。当然、大雅も影響を受けていた。

 驚きながらもワクワクしている大雅を見て、虎が不味いものを食べた時のような顔になる。

『……マントでも着ぐるみでも無ぇよ。身だよ。さすが兄ちゃん、じゃ無ぇよ』

「エスパー!? 虎なのに超能力者!? それともそういうスキル?」

 大雅は思わず声に出していた。

 のっそり立ち上がった虎が、フフンと鼻で笑う。

『オレはお前のサポートキャラだからな。スキルなんか無くても、思考はダダ漏れだ』

「えー!? そんなのヒドいよ。読まないでよ。プライバシー守ってよ。恥ずかしいじゃないかー!」

 真っ赤になった大雅は、無意識に子供のような仕草で両手を振り回し、虎に向かって抗議した。

 虎が呆れたような顔で座り直す。

『言うコトはそれだけか? お前、何しに来たんだ』

 不審そうな虎の顔をマジマジと見ていて、大雅はふと思った。

「もしかして、兄ちゃんじゃ無いの?」

 声と口調は驚くほどそっくりだったが、返って来る言葉が虎之介とは程遠い事にようやく気付いたのである。

『何だろうね、お前ってヤツは……』

 ひどく人間くさい仕草で、虎が大きくため息をつく。

『取りあえず、この世界の判らないコトはオレに訊け。判るコトは教えてやる。オレにも判らないコトは、スタッフ専用回線開いてやるから、そっちで訊け。いいな?』

「質問用のキャラってコトだね。うん、解った」

 大きく頷いた大雅が、一拍置いて首を傾げた。

「あのさ、早速訊いていい?」

『なんだ? 言ってみろ』

「サポートキャラって、みんなに居るの? 全部虎型?」

 虎の頭が少し下がり、大雅を上目遣いでじっと見る。

『基本的な質問だな。悪くねぇが、なんで今更そんなコト訊いてんだ。お前、ホントに何しに来た?』

「なにって――レアリーズのモニターしに……」

『モニターだ? お前、オレが付いてて、プレイヤーやれると思ってんのか。何の為のサポートキャラか、解ってねぇのか?』

 バシン、バシン、と、太くてしなやかな尻尾が二度、床を叩いた。

「あの……機械が故障したんです。それで、スタッフ用の機械を借りただけで、僕はスタッフじゃ無いんです」

 口調があまりにも虎之介に似ていて、大雅はどうしても虎のマスクをかぶった兄にお説教されている気分になってしまう。いつの間にか、虎の前に正座して、うつむいて小さくなっていた。

『あぁん、スタッフじゃ無ぇだと?』

 不機嫌そうに唸った虎は、しばらくするとプイッと顔を背け、寝そべった。

『スタッフじゃ無ぇんなら、オレの出る幕は無ぇ。好きにしな』

(あ……ふて寝)

 大雅は条件反射でそう思った。

 虎之介も、よく言い負かされては似たような格好でふて寝していたのだ。相手は、四割が祖父やアイリの父で、六割が社長のつかさ。司相手の半分は、タヌキ寝入りのオプション付きである。

「えーと……」

 巧い言葉が見つからなかった大雅は、正座したまま、ペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。せっかく手伝ってくれようとしたのに」

 虎の尻尾が、今度は一度だけ、バタンと大きく床を叩いた。

『……サポートキャラは、スタッフをサポートする為に作られた。姿はプログラマーの趣味に等しい。オレはたまたま虎だっただけだ』

「え――そうなんだ。教えてくれてありがとう」

 頭を上げると、そっぽを向いている虎は、耳だけ大雅に向けていた。誤魔化すようにプルンと動かす。

『他にも、スタッフ用の機械には色々と制限が付いてる。プレイヤーをしたいなら、出来るコトと出来ないコトの説明ぐらいは、してやってもいい』

「ありがとう、お願いします!」

 大雅が弾んだ声でお礼を言うと、虎は『よっこらせ』と言わんばかりに立ち上がった。


***************


『……お前、ホントにその格好なりでいいのか? いくら何でも、おかしくねぇか?』

 隣を歩く虎型サポートキャラが、チラチラ見ては訊いて来る。

「だってしょーがないじゃん。スタッフ用の機械で選べるの、本当~に一般人か元冒険者だけなんだもん。せっかく冒険者でも、引退してちゃつまんないじゃんか。一般人の方がまだマシだよー」

 プウッと膨れ面をして答える頭上に浮かぶのは、〈タイガ〉という白い文字。

 しかしその姿は、FiFの時と違い、茶髪で翠の瞳を持つ村の少年にしか見えなかった。NPCノンプレイヤーキャラクターと区別が付かない外見だ。

 虎が太い首を傾げる。

『ん~、マシなのかねぇ? 戦闘スキルが無ぇから、せっかく武器持ってても、攻撃がほとんど当たらねぇだろ』

「初期スキルは無いけど、職業別の取得制限も無いって言ってたじゃん。経験値さえあれば、全職業のスキル覚えるのも可能だって。冒険者を目指して村を出て来たばっかりってコトで、これから頑張って習得すればいいって、受付のお姉さんも言ってたよね?」

『確かに言ってたが……。引退してても、冒険者としてある程度のスキル持ってた方が、テストプレイにはいいと思うぜ?』

 虎が『やれやれ』とでも言いたそうに頭を振る。その様子が、また一段と虎之介を彷彿ほうふつとさせた。

 まるで虎之介本人に言われているようで、大雅は唇を尖らせる。

「だってこのデータ、製品化された時に引き継ぎ出来るようにするって、ツー兄が言ったもん。そしたら、後でも使える方が断然いいじゃんかー」

『ホントに引き継げるならな。……何かお前、巧いコト乗せられてねぇか? 好きで一般人選ぶヤツなんて、まぁ居ねぇだろ』

「それはそうかもだけど……」

 そう言った時、新しい扉が出現した。ゆっくりと両側に開いて行く。

「でもいいの! 目指せ、全スキル制覇!」

『ヤケになんのはヤメとけよー』

 ぐっと拳を握った一人と、軽くため息をついた一匹は、開いたばかりの扉をくぐって別の場所へと移動した。


***************


 登録カウンターの次に開いたのは、クエストロビーという看板が掛かった広い広いホールだった。この部屋に入ってすぐ右のカウンターでクエストを請け、指示された扉を開けると、そのクエストが行われる世界や大陸に繋がるのである。

 言うなれば、駅や空港の待合いロビーのような部屋で、ゲームを再開する時の始まりの場所でもあり、終了する時はここに戻ってログアウトをしなければセーブデータに不具合が起こる可能性が非常に高い――と、ホールの従業員が熱弁を振るってくれた。前作に当たるFiFでも同じシステムだったので、大雅には馴染みの場所である。

 今は他のプレイヤーを一人も見かけず、ガランとしたホールに居るのは、NPCのスタッフだけのようだった。

「もうみんな、クエスト始めてるみたいだね。僕はどこに行こうかなー?」

 カウンターにはめ込まれているメニューボードには、四つの世界の名前と、そこで行われているクエスト名が大きく表示されていた。世界の名前の横には、それぞれ数字も示されている。

 それを見ていた虎が、フンと鼻を鳴らして呟いた。

『アクエラ・Bに十二人。ウィーニス・Dに十九人。グランデル・Cに十五人。フレアラード・Cに三人か。フレアラード以外は、バラケた感じだな』

 大雅も同じボードを覗き込む。

「ウィーニスがスッゴい人気だね。この『三国騎士団対抗コンテスト』って、どういうクエストなの?」

『ウィーニスってのは、隣り合った三つの国が互いに張り合ってるんだ。昔は戦だったが、今は武術やら料理やらの大会を国対抗で開いて、優勝を争ってるって設定らしい。プレイヤーは好きな団に入ってチーム戦を楽しんだり、個人戦で優秀な結果を出して王族から称号をもらったりするのを目指すんだと』

「もしかして、シンデレラ・ドリームってヤツ?」

『まぁそうだな。たとえば舞踏会って種目だ。本来は社交ダンスのコトだが、レアリーズでは日舞もバレエもストリート系も、盆踊りまでダンススキルにカウントされる。踊りの流暢りゅうちょうさでランクは分かれるが、実技系のスキルは持ってるだけで補正が入るから、実質は大差無ぇ。審査員は他のプレイヤーたちだから、アピール次第で優勝も出来る。おまけに、褒美をくれる王族は男も女も美形揃いだ』

「それは、夢とロマンの飛行船だねー!」

 感嘆の声を上げた大雅を、虎が変な表情で見た。

『……何のたとえだ、そりゃ?』

「ふくらんで飛んで行って、なかなか帰って来ないってコト。兄ちゃんが言ってた」

『ふぅん……』

 クエストの詳細情報が表示されているパネルを覗き込んでいると、カウンターの奥でヒマそうに枝毛を探していた女性スタッフが、スッと近寄って来た。

 青い髪の大きなカールを揺らして、会釈をする。

「いらっしゃいませ~。何か、心に決めたクエストはございますかぁ?」

『……すっげーセリフだな。まさか、これがデフォルトなのか?』

 お座りをしていた虎が、上半身を遠ざけながら呟いた。

「えとー……まだ決めてないです。このBとかCとか付いてるの、なんですか?」

 大雅が訊くと、ネームプレートに〈アオイ〉と書かれている青い髪の女性スタッフが、にんまり笑う。きっちりメイクの顔に「ヒマつぶし玩具オモチャ発見」と浮かんでいる気がして、大雅も一歩後ずさってしまった。

 アオイは気に留めた風も無く、ロビーから行ける世界と大陸、そこで行われるクエストの概要を延々と喋った後、ようやくクエストに付いているアルファベット記号の意味を説明してくれた。

「……つまり、コレはクエストの種類と難易度で、Aは観光、Bはアイテム収集、Cは討伐とかってコトですね?」

「そうよ。Aは敵がまるで出ないわ。B以降はクエストによって変わるけど、Zに近いほど強い敵が多くなるの。それから、XYZのセットで緊急クエスト。これは滅多に出ないけど、難易度は半端無いわよ」

 大雅は話を聞くだけで疲れたような気がしていたが、アオイは意に介した様子がまるで無かった。にこにこと笑っている。

「今は……四つの世界でB・C・Dの三種類か。どうしよう?」

『実質BかCだな。Dのコンテストは所持スキルが物を言う。初期スキル無しのお前じゃ、予選突破も難しいぜ』

「そう言えば、戦闘も僕一人じゃ難しいよね。人が多い方が、パーティー組んでくれる人居そうかなぁ?」

 腕を組んで考え込んだ大雅を見て、アオイがカウンターから身を乗り出す。

「ねえ。悩んでるなら、フレアラードはどうかしら?」

「え――?」

「クエストは王道の魔王物よ。でも、他の所と比べて全然人気が無いの。イマドキの冒険者は、魔王に挑む気概が無いのかしらねぇ?」

 カウンターの中に戻り、左手で頬杖をつくように腕を組んで、小首を傾げた。

「まさか、いちパーティーも組めないとは思わなかったのよね。三人居るから、あと一人で良かったのに」

 豊かな胸を強調するようなアオイの仕草に、大雅は目を丸くする。

『まぁ、テストプレイの限られた時間じゃ、本格的な魔王討伐なんざ出来るワケ無い――って思うのが普通だろな』

 虎がボソッと呟いたが、アオイの耳には届いていないようだ。

(テストプレイの短い時間に、あえて入れる魔王物――ってコトは、なんかスッゴく面白い仕掛けがありそうだね。なんたって、作ったのが兄ちゃんたちだもん)

 俄然興味が湧いて来た大雅は、フレアラードのクエストの詳細情報をパネルに呼び出す。

「コレか。『討伐クエスト。フレアラードのとある街で、魔王討伐を引き受けてくれる勇者を募集している。ランクC』――あんまり詳しいコト、書いてないなぁ」

「あなたも、勇者様にはなってくれないかしら?」

 アオイの問いに、大雅はプルプルと首を振った。

「ううん。僕行くよ、フレアラードに。どうやったら行けますか?」

「あら、本当にいいの? 行ってくれたら嬉しいけど、無理強いするつもりは無いわよ」

『おいおい、いいのか。今のは完全に誘導だろうが?』

「いいよ。僕が、行きたいって思って決めたんだから」

「ありがとうね、坊や。それじゃ、手続きするわよ。フレアラードの魔王討伐クエスト、これでいいかしら?」

 アオイがそう言うと、カウンターに受注書と書かれたパネルが出現した。

 指し示された項目を確認し、大雅は大きく頷く。

「いいです!」

 受注書パネルにOKというハンコが押され、パネルは二度点滅してからカウンターの中に消えてしまった。

『やれやれ……』

 虎が、今度こそハッキリそう言った。

「どんなクエストなんだろうなー?」

 ワクワクした表情の大雅をチラッと見て、複雑そうにため息をつく。

 一拍置いてチリリンと澄んだベルの音がすると、受付全体がパッと光り、カウンターに受注完了という文字が浮かんだ。同時に、床にも緑色に光る矢印が浮かび上がる。

「右手奥の、赤い扉がフレアラードに繋がります。着いてすぐはクエストが始まりません。近くの拠点か街で、冒険者として依頼をお請け下さい。ご武運をお祈りします」

 アオイが、キビキビした口調で喋って深いお辞儀をしてくれた。

「あ――はい、ありがとうございます……」

 大雅は示された扉へと歩きながら、何となく釈然としない顔で小首を傾げる。

「なんかあの人、さっきと違う気がしない……?」

『そうか? これが普通じゃ無いのか』

「そうなのかなぁ……?」

 振り向いた視線の先で、アオイはもう一度深々とお辞儀した。


***************


「ふわぁ……すっげぇ……」

 柱の周囲には、今まで見た事が無いほど青く澄んだ空と、薄く刷毛で伸ばしたようにたなびく白い雲、それに細かく違う様々な緑色が一面に敷き詰められていた。隙間を縫うように延びる赤茶けた色は、小さくてカラフルな石が積み木のように密集する場所へと続いていて、その遥か先の方では、キラキラ光る青い物が空との境界線を作り出している。

 FiFでも空と海と草原を見た事はあったが、それより数倍美しい景観だと、大雅は思った。

 しゃがみ込み、床石のすぐ傍で揺れている丈の長い草をそっとつまむ。

「――うわ、さわれた!」

『何言ってんだ? 触ろうと思えば触れるぜ。当たり前だろ』

 大雅の肩にアゴを乗せた格好で、虎型サポートキャラが呆れたような物言いをした。

「ここでは当たり前なのか。すっげーなぁ……」

 立ち上がってグルッと見回した大雅の口からは、思わずため息がこぼれてしまう。

 虎は、マフラーのように大雅の両肩に陣取って、眠そうな欠伸あくびと共に体を丸めた。ゲーム内だけに重くは無いが、視界の殆どを占領され、かなり気になってしまう。

「ねぇ、もうちょっと小さくなれない?」

『あぁん、小さくだ? 面倒なヤツだな』

 そう言いながら、虎は猫サイズに小さくなった。

『そこ、道なりに行くと街に着くから。判んないコトあったら、街ん中の誰かに訊きな』

 驚く間も無く、前足に顔を埋めて寝る態勢に入る。

「え――ちょっと待ってよ。教えてくんないの?」

『オレは眠い。寝る』

「なんでだよ。サポートキャラなんだろ?」

『スタッフ用のな。お前、スタッフじゃ無ぇんだろ? だったら、オレのサポートは必要無ぇじゃん』

「そ、それはそーかも知れないけど……。じゃあ――じゃあ、友達として! ね、いいでしょ、トラン?」

 その途端、ヒゲがピクンと動いた。

 前足に乗っていたアゴが上がり、大雅の方に向く。

『……トランって、なんだ?』

「キミの名前。虎型サポートキャラだから、サポートラのトラン。気に入らない?」

『フン……トランがオレの名前か。さぽーとら、ってのはよく解らんけど、トランの方は悪くねぇな』

「ホント? 友達になってくれる?」

『……まぁ、いいか。どうせやるコト無ぇし、気が向いた時なら手伝ってやるよ。友達として』

「ありがと、トラン! で、早速なんだけど?」

『何だよ、いきなりかよ』

「ここ出たら、どうなるの? 帰る時はロビーに戻るんでしょ。ここに戻ってから、ロビーに行くの?」

 トランがふぅと小さなため息をついた。

『そこ、真ん中に図形あるだろ』

「うん」

『アレがロビーに続く道だ。帰りたくなったら、あそこの上に乗っかればロビーに戻る。ただし、今はテストプレイだからすぐには帰れない。ゲーム内時間で――そうだな、六時間ぐらい経ったら使えるんじゃねぇか?』

「そっか。ありがと、よく解ったよ」

『取りあえず、街まで歩け』

「うん!」

 大雅は、草原の中の小道を、意気揚々《いきようよう》と歩き出した。



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