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有限会社Ts2

「ここが、兄ちゃんの仕事場……?」

 大雅ひろまさはビルを見上げて呟いた。

 手にした地図に書かれた所在地と指定日を、もう一度しっかり確かめる。

「……今日で間違いないよね?」

 駅からほぼ一本道で、迷う事無く着いていた。

 入り口のガラス戸脇に〈有限会社Ts2(ティーズツー)〉と刻んだ小さな金属プレートを見つけ、少しホッとしつつ、ボディーバッグの中に地図をしまう。

(うっわー。想像してたのとちょっと……かなり、違うかも?)

 高いビル群が建ち並ぶオフィス街――から反対に歩いた住宅街のような一画に、有限会社Ts2の本社ビルはあった。

 ビルと言っても二階建てのこぢんまりした建物で、裏にある四階建てマンションの玄関アプローチと言っても通用しそうな外観である。隣は広い駐車場で、来客が多い時でも駐車場所には困りそうに無い。それが唯一の利点に見えた。


「いらっしゃいませ!」

 ガラス戸を押し開けてホールに入った途端、明るく元気な斉唱が飛んで来た。

 びっくりしてそちらを見ると、受付という札が掛かった細長いデスクの向こうに、数人の女性スタッフがにこにこ笑って立っている。斉唱はそこから飛んで来ていた。

 デスクは、ホール右側の通路を塞ぐように配置されていて、両端にスーパーのレジスターみたいな機械が一台ずつ置かれている。通路の奥の壁には、スタッフ控え室の貼り紙も見える。ホール正面には大きな観葉植物の鉢が置いてあり、その左側から奥へ真っ直ぐな通路が伸びている。順路の知らせや案内図等は、見当たらない。

 大雅は、素直に受付に向かった。

「あの、こんにちは。えっと――レアリーズのテストプレイに来たんですけど、ここで合ってますか?」

 一番近かった一人が、大雅にお辞儀をしてから喋り出した。

「テストプレイ会場は建物の奥となっております。入場証を確認させていただいた後、番号ごとのお部屋へご案内させていただきますが、よろしいでしょうか?」

「あ――はい!」

 わたわたしながら、大雅はボディーバッグの中を引っかき回す。

「入場証、入場証――あった!」

 封筒から出した電子カードを手渡すと、スタッフがレジスターのような機械のセンサー面にポンと乗せる。

「にゃ~」

 レジが鳴いた。

「子猫入りまーす」

「承りましたー」

(――ね、猫? 入ります?)

 気が抜けるような音にも、スタッフたちは一向に意に介した様子が無い。まるで普通の事のように応答している。受け答えは飲食店の注文のようでもあり、ハキハキと淀み無い喋り方はファストフード店の店員を彷彿とさせる。

 大雅の頭の中に一瞬、〈注文の多い料理店〉という言葉が浮かんだ。

(どうなってるの?――って言うか、兄ちゃんホントにここで働いてるの!?)

 目を白黒させている大雅の手に、電子カードが返された。

「こちらです。ご案内しますね」

 さっき「承りました」と答えた若いスタッフが、スッと前に出て先導して歩き出す。

 小走りに追い掛けた大雅の背後で、再び「いらっしゃいませ」の声が聞こえ、しばらくして「めぇ~」とレジの鳴く音が続いた。

(今度はヤギ? なんで?)

 振り返る大雅の目に、やはり驚いている青年の姿と、普通に応対しているスタッフたちの姿が映る。

 目の前をさっそうと歩いている女性スタッフを見上げ、大雅は思い切って声を掛けた。

「あの――お姉さんは、ここの会社に長いんですか?」

「え、どうして?」

「だってアレ、普通みたいだから……」

 チラッと背後に目をやると、女性も同じように目を向けて、クスッと笑う。

 周囲を見回して、内緒話をするように声をひそめる。

「……アレ、驚くわよねぇ。私も最初驚いたわ。何なの、この会社!?って」

「やっぱりお姉さんも驚いたんですか」

「驚いたわよ。大体、私バイトだし」

「え――バイトの人なの!?」

 目を丸くする大雅に、女性は首から下げている身分証カードをそっと見せてくれた。

 確かにアルバイトと書かれ、有効期限もテストプレイが行われる四日間に限られている。

「お姉さん、南山みなみやまさんって言うんですか?」

「うん。本業は学生なの。ただの受付って聞いてたのに、いきなり『ぱお~ん』だの『んも~』だの、動物園みたいな事になるんだもん。さすがゲーム会社。ワケ分かんないわー」

 小さな声で、意外と上手な鳴きマネを披露してくれる。

 楽しそうな口調は、見た目よりずっと若いお姉さんだったらしい。OLみたいな服装とメイクだが、恐らく十代後半だろう。

「そっかー。僕はてっきり、いつもアレ通って出勤してるから平気なのかと思いました。お姉さんたち、アレ聞いても全然驚かないんだもん」

「まあ、四日目ともなればね。それにアレ、意外と便利だったのよ」

「便利?」

「そう。最初はホント普通の機械で、カード乗せたら数字が出るだけだったのね。その数字覚えて、同じ番号の部屋に案内する仕事って説明されてたの」

「ホント、普通ですね」

「でしょ。それがいざ開始って時になって、突然スーツのイケメンが現れて、ちょっと機械いじってたら魔法みたいにあの動物園よ。それから、鳴き声と同じ動物のドアに案内してって言われたの」

「動物のドアって?」

「行けばすぐ分かるって言われたけど、ホントにすぐ分かったわ。キミもすぐ分かるわよ。ほら、そこ見て」

 そう言われて、大雅は少し先のドアを見た。

「あ……馬だ」

 ドアの真ん中に、ポップ調の馬のイラストがマグネットで貼ってあった。その先には、牛と山羊も見えている。

「分かり易い鳴き声ばっかりだから、間違えようも無いわよね。あのスーツの人、ホントに頭良いわよ。イケメンで頭が良くて、背が高くてスーツも似合ってて……」

 南山さんは心ここに在らずの様子で「カッコ良かったわー」と呟いている。誰でもいいから、スーツのイケメンの話をしたくて堪らなかったようだ。

(スーツでイケメンって……もしかして、社長かな?)

 少なくとも兄では無い、と判断している大雅である。

 猫のイラストが貼ってあるドアの前で、南山さんがふと我に返ったように大雅を見た。

「あ――ゴメン、今の全部内緒にしといて。キミ知り合いに似てたから、つい気が緩んじゃった。いかんいかん」

「は、はい。内緒にします」

 頬をペチペチ叩きながら真面目な顔に戻そうとするが、気付くとやっぱり笑っている南山さんだった。

 猫のドアを開けて、大雅を中に通してくれる。

 ドアの向こうは、仕切りで五つのブースに区切られた空間になっていた。突き当たりは、全面ガラス張りの大きな窓だ。

「お客様をご案内しました」

「ご苦労様です。引き続き、よろしくお願いします」

 ドアの脇に待機していたスタッフとお辞儀をし合った南山さんは、大雅に小さく手を振って受付に帰って行った。


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