見習い神官少女
『昔、昔のお話です。あるところに正義に満ち溢れた騎士様がいました。その騎士様はみんなに優しくて、とても強い強い、お方でした。お国のために悪い人や魔獣と一生懸命戦って国を守っていて、誰からも愛される方でもありました。
でも、ある時、大切な仲間達が悪い人達に連れ去られてしまいました。これは大変と騎士様は一人でその悪い人達のところへと乗り込み仲間を助けるために戦います。でも、その悪い人達は死にません。それは、『不死』だったからです。騎士様はそれでも諦めませんでした。立派に戦い、仲間を取り返すと、騎士様はそのお命と引き換えに悪い不死達を封印しました。残された仲間と国の人々は泣いて、泣いて悲しみました。でも、きっと。もう帰ってこない騎士様は何時までもお空の上から私達を見守っているでしょう──おしまい』
母親に読み聞かせてもらったこの国に伝わる伝承を子供向けに編纂された絵本を見ながら、幼き日の私は母親に尋ねた。
「...騎士様ってかっこいいの?」
「えぇ、とても素敵よ」
母親は私にニコリと微笑みながら答えてくれた。思い返せば、当時の私は騎士様というものを見た事がなかった。だが、読み聞かされるその騎士様の姿はとてもかっこ良くて、私の憧れだった。騎士様のような優しく勇敢な人になりたい。その一心で私は努力した。母親の手伝いから入り、村の掃除、仕事の材料運びなど色々な事を繰り返した。
そして、私に運命が訪れた。私が7つの時、村に一つしかない教会の手伝いをしてみないか、と神父様に誘われ教会へと赴いた私に神父様はまず水晶体に手をかざすようにと仰った。無垢な私はその言葉を疑わず、従う。水晶体は神官としての適正を調べるための魔道具であり、適正が高ければ高いほど水晶が光るという物で、何でも王国の方達から頂いた物らしく、神父様は後から自慢げに話していた。私はその結果、神官に非常に適正がある事が分かり、神父様も目を丸くして驚いていた。
そこから、私の生活は一変した。手始めにほぼ毎日教会に泊まり込み、神官として成るための修練を積む事から始まり、何時もは行く事が禁じられている村の外の森へ行き、住み着く魔獣を追い払う修行、さらに人の傷を癒す奇跡も会得した。苦しくて泣き出しそうな時、何時でも神父様は私を見守ってくれたり、励ましてくれた。
もうすぐ、私も15になる。神父様曰く、そろそろだなという事で免許皆伝の時は近い。村二人目の神官となり、村のみんなの力になれる。そうすれば、夢にまで見た騎士様のような存在に1歩近付けるのだ。私、マイ=ウィーネグラスの未来はきっと、明るい。
「じゃあ、行ってきます、神父様」
「えぇ、行ってらっしゃいマイ。だが、気を付けるのだぞ」
「分かりました!頑張ってきます!」
私は、神父様に礼をすると、見習い神官服で村の外目がけて走り出した。今日の修練は最近村でも少し被害が出始めている魔獣を追い払う事だ。何時もなら神父様は私に付いてきてくれるのだが、ここ最近、神父様は近隣の村に行かなければならない事が多くなっていて非常に忙しいようだ。一人で行う修練は心苦しく少し寂しい。付いてきて欲しいという気持ちはあるが、神父様もご多忙の身だ、自分がワガママを言って困らせるわけにもいかない。神に仕える者としても我欲に駆られるのはいけないと、神父様から頂いた教典にも記されている。私は、グッと我慢するのが、神官への近道だと自分に言い聞かせた。
「おはようございます!」
「おはよう、マイちゃん。今から修行かい?」
「はい!もうすぐ神官として認められるかもしれないので、頑張ります!」
挨拶をしたのは、村の八百屋さんのお兄さん。何時も気さくな笑顔で挨拶を交して頂いている。その明るい印象から全体的に仲の良い村人達の間でも特に人気のある人だ。それに、幼い子供には果物を上げるという優しさもある。そんなお兄さんに挨拶をして去ろうとするとお兄さんがそれを引き止めて林檎を差し出した。真っ赤に熟れていて美味しそうだ。
「ほれ、お腹すくだろう?持ってきな!頑張るマイちゃんを応援するよ!」
「ありがとうございます!後で美味しく頂きます!」
紙袋に入った瑞々しいりんごを3つ貰い、そのまま一礼して八百屋をさっと去る。すると、後ろから「頑張れよー」と激励の言葉が。心の中でありがとうございますと言い、駆ける足の速度を速めた。その際にもご年輩の方や、顔見知りの若い商人、親しい友人、からも「おはよう」や「頑張れ」の声が。その温かな思いやりが嬉しくて、笑って挨拶をする。私は幸せに満ちた笑顔の人が好きだ。この村はそういった顔に満ち溢れている。だから、もっとみんなの役に立てるよう私も頑張らなくては。
と、走る私の足に不意に何かが突っかかるような感触。体がフワッと浮き上がった。これは──
「へぶぅ!」
バランスを崩した私は、思いっきり地面に転倒した。余所見をしていたためか、ダッダッダッと全力で駆ける私の足に神官服のロングスカートが引っかかったようだ。幸い、怪我も無ければ、頂いた林檎も手からすっぽ抜けたため、被害はなかった。が、鼻先を打ち付けたため、痛い。
「いったぁい...」
「大丈夫かい?」
「あっ、大丈夫です!」
それを見ていた商人の方が心配して駆け寄ってきてくれて、手を差し伸べてくれた。私はありがたく、その手を取り、立たせてもらう。その掴んだ手からはガッシリとした手の筋肉の感覚が伝わってくる。きっとそれは常日頃から馬車の轡を力強く握っている証拠だろう。私は落ちてしまった林檎の紙袋を拾い上げ、お礼する。
「ありがとうございました」
「いいってことよ、それよりもその服、動きにくそうじゃないか!どうだい、俺っちが見繕ってあげようか?」
「い、いえ!それには及びません!この服は大事な物なので、脱ぐことが出来ないんですよ!」
そう、絶対に脱いではならない。神父様は私に厳しくそう仰った。何故ならそれは、神官服に浮かぶ不思議な紋章が特殊な奇跡によって祝福されていて、死亡してしまう傷でも一度だけなら神のご加護により持ち堪える事が出来るそうだからだ。そもそもこの神官服は1年前、見習いとして認めてもらえた私に与えられた物で、ある日神父様が村に帰った時に渡された物であり、私の宝物だ。これを変えるなんて私にはとんでもなくて、出来ない。するとお兄さんはその気持ちを汲んでくれたのかガッハッハッと大声で高らかに笑うと、
「そうかい、そうかい!そりゃあ悪かった!でも、何か困ったら言ってくれい!何でも揃えてやる!」
と、言って下さった。とても商人魂光る言葉だった。私はその勢いあるフレーズについ、
「では、その時はお願いします!」
「おう、任せとけィ、頑張れよ新米神官さん!」
「はい!」
と、明るく返した。商人さんはこれから村で取引のようで、村の中へと大きな馬車を引き連れて向かって行った。とても頼もしい後ろ姿だった。
「よし!私も頑張らなくちゃ!」
パンッと1度顔を叩き、気合を入れ直し、村の外の森へ向かう。
その間に貰ったリンゴをシャクシャクと美味しく頂いた。甘くて、爽やかだった。
村の外の森は、街道となっている当たりにはあまり猛獣が来る事は無いのだが、その代わりよく見かけられるのが魔獣だ。一見同じように見えるこの2つだが大きな違いがある。それは魔力を保持しているかという点だ。魔力というのは理を知る力、原初へと至るための力だ。そう、神父様に習った。魔力を保持した魔獣は猛獣よりも強い。理由は、魔獣は僅かながら理を知る、つまり頭が良いのだ。餌となる物が通る街道を狙い効率的に襲ったり、何処が急所なのかを的確に覚えていたりする。これに対する力は私が会得した、神官の力。その名も奇跡。この力は神がその名に残した伝説、つまり奇跡を人がその信仰心という精神力を軸に生み出すというもので、何故、この奇跡が魔に対する事が出来るかというと、人の手で神を超えようとする魔の力と神の力を人の手で生み出そうとする奇跡は対極の位置にあり、決して馴れ合わないものだからだ。私は、その関係を利用する事で私は魔獣と渡り合う事が出来る。ただ、私はまだまだ未熟な為、魔獣を倒す事が出来ない。それが出来れば立派な神官となれるのだが。
しばらく走ると、すぐに薄暗い影を引く森が見えてきた。が、そこまで近付く頃には既に村の人々は消えていた。私は神官としての修練という名目のお陰で森の入口程度までなら入る事が許されているが、村の女の人々は掟で禁じられている。それは危険という理由もあったし、何よりも人の匂いで寄ってくる魔獣を村に近付けさせないためだ。かなり前に神父様が獣避けの護符が村を囲う柵に貼って下さったが、それでも魔獣は森の中から村へと進行してくる時が時折ある。森の魔獣はどれも屈強で、村の人々が力を合わせてやっと勝てるかどうかであり、それに、それは間違いなく怪我人を出させる事になる。そうならないために、今の内から私が、魔獣を追い払うのだ。
「よし、やるぞ」
枯葉が目立つ森を一睨みして私は森に入った。街道には外からも見てわかる通り、もうすぐ冬ということもあってか落葉樹の枯葉が落ちに落ちていた。よく、警戒してみれば踏まれた後がたくさんあり、魔獣や猛獣が通った事を雄弁に語っている。森の中には私の背を優に超す沢山の枯れかけた雑草が街道を外すように並んでいて、周りを確認する事が出来ない。でも、もう見慣れた風景だ。いつも通り、颯爽と森の奥へと踏み込もうとした時、カサっと自分の腰の当たりで何かが動く感触を感じた。小さな何か硬いものの感触。その感触で、大事な事を思い出す。
「おっとと、危ない所だった」
私は懐から神父様より頂いた黄色の小さな木の棒を取り出す。見た目は貧相な棒だが、実際は祝福がされていて、奇跡を起こす為に必要な物だ。。殆どの奇跡は何かしらの触媒が必要で、高位の神官になれば自分の身を触媒として使えるようになるらしいのだが、まだまだ私は未熟者なので、こういった触媒がなければ奇跡を起こすどころか自分の身が神のお力に耐えられなくなり死んでしまう危険すらある。私はぎゅうっと棒を握りしめると、神官としての力を使う。
「──迷える囁きの声よ、集まりたまえ」
私は奇跡の中でも初歩に習得する、『迷える者の木霊』を詠唱した。これは神が生きとし生けるものの願いをお聞きになるという一般的な伝説を元にした奇跡で、生物が発した音を拡大するという効果があり、ここの森のように猛獣、魔獣への対処が必要不可欠な場所に対して、非常に高い効き目がある。耳に、パキリ、カサリと枝葉を折り進む足音や、獲物に飢えた荒い呼吸音が伝わる。今の私は長年の研鑽の効果もあり、拡大された音の中でも魔獣がどの辺りにいるか、把握する事が可能だ。じっとその音に集中する。しん、と静まり返った森、私には木を折り、葉を踏み付ける音だけしか、聞こえない。
──パキリ、パキン...バキン...
音はだんだんと大きくなる。私の緊張も高まっていく。
「...こっちに来てる...」
音はすぐ、右前から来ている。私が出て行かずともその正体は直ぐに現れるだろう。そう考えると、触媒を握る手にさらに力が入った。息をすっと潜める。悠然と森を闊歩する足音。それは止まることを知らず一直線に自分へと向かってくる。少しずつ、少しずつ、向かってくる。流れ落ちた冷や汗が一筋、顔の頬を撫でた。
──バキン、バキ、バキバキバキバキィッ!
突如、足音のリズムが速くなる。悠然と歩いていた時の音とは全く違う、音。全力疾走する音が途轍もない速さでやってくる。その音の正体が行き着く先は、私。汗の匂いで気付かれてしまったのかもしれない。だが、焦ってはならない。こういう時こそ落ち着かなければ痛い目に合うと経験が言っている。じっと、来るであろう前の草むらを睨む。緊張感のせいか、時間の流れがゆっくりとなったようだ。ゴクリと唾を飲み込んだ。出来るだけ全身の力を抜いて、どういった状況にでも対応出来るように待ち構えるのも忘れない。ガサガサと前の草むらが激しく震える──
「...来る!」
すぐにバッと右横に飛んだ。するとその横、元自分がいた地点を黒い巨大な何かが、勢いよく突っ込んでくる。飛んだ私にその勢いを物語る風圧が襲うが、受け身をとる事で大きな隙が出来ることを避けた。激しい土煙をもうもうと上げながら勢いの正体は、その速さを脚で全て受け止め減速、私の前に堂々と立ちふさがった。
「ブルゥワァ...」
「出たね...モーベス...!」
モーベス。それはこの森では遭遇率が高い、魔獣の一種だ。この個体はとても食欲旺盛で常に好物のキノコや木の実を探して森を歩き回っていて、最近、食料品を運ぶ商人の馬車が襲われて被害が出ている。見た目も性格も猪そのものだが、違うのは凶暴性。とてもよく鼻が効き、獲物の匂いがすれば一目散にそちらへと駆けていく。猛獣が相手だろうと、突進、強靭な肉体から繰り出される蹴り等によって倒す。その後は足で踏み付けるなり、木に叩きつけるなりして肉をミンチにしな後、骨ごと捕食する。実に恐ろしい魔獣だ。
「フシューッ...!」
「...」
モーベスが荒い息を吐き、首を振った。ブルブルと、硬そうな黒い体毛が揺れる。これは、モーベスの臨戦態勢の現れだ。こうなった時、ただの人間の足では逃走はまず、不可能。私はその獰猛さに確実に対応するためじっと出方を伺う。対するモーベスも魔力の知性のおかげか体勢を低くし、動かない。じっと睨み合う。沈黙の均衡、それは長くは続かない。
「ブモォオオオオッ!」
先に動いたのはモーベス。枯葉を踏みにじり、野獣の眼光を強くさせ、猪突猛進。その勢いはまるで砲弾のようで、言葉こそないが進路に立ちはだかる者、全てなぎ倒さんといった威圧感がある。──でも、私は知っている。この魔獣の大きな弱点を。
「フッ...!」
私は体を右に捻り、攻撃を回避。モーベスは勢いはそのまま、先程と同じように私の横を突き抜けていく。モーベスの弱点、それは直線にしか動けないという点だ。なので、次に攻撃する時は一度止まらなければならず、一度付けた加速力は簡単には止まれやしない。狙うは今だ─!
「──威光よ轟け!」
「ブルァッ!?」
触媒を前に突き出し、詠唱。すると、自分から薄明るい光が勢い良く放出された。唱えたのは『下神の顕現』。効果は単純明快。自分を中心とし、周りにあるものを吹き飛ばすというもので、その範囲に入っていたモーベスは大きな丸太が直撃したかのように枯葉と共に大きくその体を揺らしながら飛んでいった。その吹っ飛んで行く先には一般的な大きさの樫の木。宙に浮いた状態のモーベスは何の抵抗もすること無く、ゴォンと鈍い音を立てて、その体を打ち付けた。
「よしっ!」
上手く行った。ぐっと右手を握りしめ、喜ぶ。
この奇跡は神が空より人間界に降り立った時に発する威光が元になっており、私が唱えたのはその中でも下位のものだ。だが、汎用性は高く、小石程度の飛び道具や、ちょっとした魔法等を跳ね返す事も可能で、神官は必ずと言っていいほど習得している。
だが、あくまでもこれは吹っ飛ばしだ。一撃で魔獣を倒せる程、高い威力を持っているわけではない。その証拠に、
「ブギンヤァアアアァァアア!」
「まだ、だよね...やっぱり」
起き上がったモーベスには一切の外傷はなく、それどころか怒らせてしまったらしく、目玉が血走っている。それだけでは怒りが収まらないのか、右前足を地面に擦り付けいて、何時でも襲いかからんばかりだ。気は抜けない。あの猛進の前ではいくら神官服の祝福が協力だからといって重症は負うことになるだろう。私はジリっと足を1歩後ろへと下げる。
ここからが、私の正念場。
何故なら、私が使える奇跡は───たったの4つだからだ。
「ブルアアアァァア!」
だが、自然界はそんな事では待ってくれない。モーベスは泥塊を巻き上げながら、もう一度突進をけしかけてくる。怒りによるものなのか、先程よりも突撃の威力が跳ね上がっている。荒々しく地面を駆け、付けられる蹄により地面は割れる。でも、焦らない。
「よっ、と!」
しっかりと動きを見極めた後、今度は左に体を捻って躱す。その横をまた、モーベスが通り抜ける。だが、今回は完全に避けきれなかったのか神官服のロングスカートの裾が僅かに切れていた。
見れば、モーベスは勢いを付けすぎたせいで、完全に止まり切ることが出来ず、木に顔をぶつけていた。その衝撃で木がミシミシっと音を立てて激しく振動する。だが、それのせいで脳に衝撃がきすぎたのか、足元が覚束無い。チャンスは、ここだ!
「ホーリールークスッ!」
その叫びと共に触媒が、白く白く輝いた。すると次はその光は棒の全体から先へと移動し、その輝きをさらに強める。そして、一瞬の溜の後、触媒の先端から小さな棒状の光が高速で射出。ギュンと音を立てて光の棒は意識が朦朧としているモーベスの丁度右太股に直撃。光は見た目の神々しさとは裏腹に貫通力があり、魔獣の太股に刺さった後、フワッと光の粉になって空気に散っていた。いくら屈強な魔獣だからといっても流石に直撃すれば効くらしく、呻き声のような鳴き声を出し、膝を付いた。
「ブル...ゥアア!」
怒っていたモーベスはさらに怒りと苦痛を相混ぜにした表情浮かべ、こちらを睨みつける。貫通した足からは止めどなく血が溢れでいて、鉄臭い匂いが漂う。空気が止まったかのような空間。私は何時でもまた、避けられるように準備した。
だが──
「ブルァ...ァ...」
キッと強く睨むと、モーベスは足を引き摺りながら、ザッザッと森の中へと帰っていった。ガサガサと長い草を掻き分け、遠ざかっていく。来た時とは反対に枝を折る音が小さくなっていく。やがて、足音は完全に無くなり、森は無に包まれた。そのことを認識した瞬間、緊張していた心と体からふっと力が抜けた。何とか、今回も、勝てた。
すると心の底から喜びが浮かんでくる。森の魔獣を引き付けないために静かにしてなければならないのに、コップに水を注ぐように胸の内から興奮が溢れ出て止まらない。また、未熟な私にはその興奮が、どうしても抑えきれなくなって、つい、
「...やったぁ!」
と叫んでしまった。ピョンピョンと跳ねて、喜ぶ。森の中では危険な程。だが、幸運な事に、ビュウッと一陣の風が森を揺らしたおかげでその声は響く事はなかった。が、私の興奮は収まらない。触媒を持ってない手に力が篭る。
「だんだん、私の力上がってきてる!」
森の中、一人で大喜び。滑稽な絵だが、仕方あるまい。
先程の魔獣に痛手を与えた奇跡は『ホーリールークス』という。触媒に聖なる光を集め、発射するというもので、私の使える奇跡で唯一攻撃出来るものだ。この奇跡は私がある程度神官としての腕が上がってきた頃、神父様がじきじきに教えて下さった。この奇跡に関する詳しい伝承は知らないが、きっと壮大なものなのだろう。初めの頃は他の奇跡と勝手が違い、なかなか使えなかったが、何度も鍛錬を重ねると使えるようになった私にとって思い出深い奇跡だ。神父様曰くこの奇跡は本人の技量が高ければ高いほど威力が強くなるらしい。その威力は最高位ともなれば山を一つ消し飛ばす程だという。その事を思い出し、今の現状を見る。
地面には奇跡が当たり、少し地面に穴が空いた程度で、山を破壊するなんて威力ではない。同じ奇跡でも月とスッポンの差がある。あの私が放った奇跡がそんな威力になるのだろうか?信じられない、信じられないけど──
「諦めない。焦らない。地道に地道に努力すれば私だっていつか───」
それは決意を、改めようとしていた時だった。
──ウオアオオォォォォォーン!──
「な、何!?」
それは、遠吠え。モーベスの鳴き声とは明らかに違う。高らかに鳴り響く声は森の奥深さなど関係ないかのようにどこまでも響く。でも、聞いたことのある響き。これは狼の声だ。だが、それは魔獣か、猛獣なのか。それは今の私の力では分からない。が、聞いたことがある。
「...そういえば、お母さんが、昔、狼が鳴いたら仲間を集めてるって言ってた...」
狼が群れで生きるという習性は本からの知識で知っている。そして、仲間を集める行為、それは──
「何かが、狩られている?」
そう、狼は群れで狩りを行う。出来るだけ弱い敵にターゲットをかけ、集団で狩る。鋭利な牙で獲物の肉を喰らい、逃げようものなら俊敏な動きで回り込み、確実に止めをさす。だが、一つ疑問だ。この森に狩るに値するそんな弱い獣はいただろうか?
魔獣は有り得ない。何故ならどんな姿形であれその力は屈強であるし、知能も高い。狼の狩りなどを避けるのは容易だろう。
猛獣に関しては熊、猪等も考えられるが、どちらも非常に凶暴なため、狼が好んで狩りはしない。他の小動物に関しては群れで狩らずとも一体で充分、狩れる。従って可能性は2つ。一つはたまたま猪を狩っている。二つ目は──
「だれか、人を狩っている...?」
考えられない話ではない。過去に狼の狩りに襲われ、命を落とした人、特に行商人だ。その人達が命を落としている。それに、武器の持っていない人間程弱いものはない。それに、声が聞こえてきた場所は大体外の街道の入口当たりから聞こえてきたのも大きなポイントだ。この森に住む猪は餌となるものが多くある森の中心部当たりに生息している。たまたま外れの方にいる時もあるが、基本は中心だ。この出た情報を頭の中でまとめていく。整理された情報が、脳裏を駆け巡り、答えを弾き出した。
「だれかが危ない!」
私は駆け出していた。だれから知らない人を救うために、駆け出した。森の街道を疾走する。こめかみから冷や汗なのか純粋な汗なのか分からないものが流れ出る。でも、私の心にそんな余裕はない。ただ、不安が既に締めていたから。
「間に合って下さい...!」
少女は、焦燥を胸に枯葉舞い散る街道を全力で駆けた。
3日1回程度の更新を目標に頑張ります。
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