8 コンラートと怪物
生まれてきたのは、龍でも、巨人でもありませんでした。
むしろそのどちらよりも、はるかに恐ろしい姿をしていました。
あえて言うならば、クモや昆虫に似ていました。
極彩色の混じり合ったケバケバしい亀の甲羅のような胴体からは、数え切れないほどの細長い節ばった足が横から突き出しています。
芋虫のようなずんぐりした頭には数百の目玉が付いていて、それらがてんでバラバラにあちこちをギョロリと見回すのです。
その一つと目が合った瞬間、私は背筋の凍るようなおぞましさを感じました。
おそらくあの時、恐怖を感じないものはいなかったでしょう。コンラートも例外ではなかったはずです。
私はちょうど真後ろにいましたから、その時コンラートがどんな表情をしていたのかはわかりません。
ただ、コンラートは化け物の正面に、身動きひとつせずに立っていました。
卵の殻を完全に突き破って這い出してきたエヴェリーナを見ても、彼は叫び声も上げることなく、退くこともしませんでした。
化け物は卵の粘液がまとわりついて、硫黄のような異臭を放っていました。
ねちゃねちゃという音が響くたびに、私たちは一歩ずつゆっくりと化け物から離れるように足を動かしました。
しばらく体を揺らしていた化け物が、急に動きを止めました。
「キィィいいいいいいいいいい」
突然、激しい金切り声が私たちの耳を貫きました。
おそらくそれがエヴェリーナの産声だったのでしょう。声を鳴らす口は決して獰猛なものではなかったのですが、それでも怪異な生物が甲高い声を上げる光景は恐ろしいものでした。
私たちは悲鳴をあげて、まさにクモの子を散らすように逃げ回りました。
ただ一人、コンラートを除いて。
私たちはコンラートを置いてきたことに気づいて、それでも恐怖の方が勝って、ひたすらに走りました。
卵から出てきた化け物の姿に慄き、それまで私たちが抱いていたエヴァリーナと友達になるという気持ちも、川の水面に浮かぶうたかたのごとく消え去っていたのです。
化け物が私たちを追ってくる様子はありませんでした。
それでも私は、化け物の姿が見えなくなるまで、恐ろしい奇声が届かなくなるところを目指して、娘と妻の手を引いて必死に走り続けたのです。
もう走れないというロココを担ぎ上げ、私たちはお城に向かいました。
お城の門をくぐり抜けて、やっとのこと足を緩めたのです。
お城には私たちの他にも、たくさんの人々が避難していました。
その誰も彼もが浮かない顔をしています。
それはそうでしょう。
そもそもどれだけ逃げたところで、恐ろしい物の怪が町にいる限り、私たちに帰る場所などないのですから。
私たちはあの怪物を退治するべきだと思いました。
そして王子が勇気あるものに呼びかけて討伐隊を組みました。
娘と妻を城に置き、私も武器を手にその討伐隊に加わりました。
私たちが町に戻った時、まだエヴェリーナとコンラートは町の大通りにいました。
コンラートはエヴェリーナに話しかけながら、笑顔を見せていました。
それがその時の私たちにどのように映ったか!
私たちはコンラートが悪魔に取り憑かれているように感じたのです。
恐ろしい化け物を前にして笑って話すことなど、まともな精神をしていれば、できるはずがありません。
もしくは、コンラートは私たちとは違うのだ。そう、小さくてもやはりあれは巨人の仲間に違いない。私たちはそう思い込んでいました。
振り返ったコンラートは目を血走らせた私たちを見て驚いた様子でした。
彼は何かを訴えているようでしたが、その声は轟く兵士の鬨によって打ち消されました。
エヴェリーナの前に立ちふさがって腕を広げる姿は、化け物をかばっているように見えました。
私たちが彼らの目前に迫った時、それまで動かなかった魔物が動きました。
それでも勇敢なハブルムールの兵士たちの突撃は止まりません。
エヴェリーナは爪を器用にコンラートの襟首に引っ掛け、自分の背に乗せると、私たちに背を向けて逃げ出したのです。
エヴェリーナの背に乗って逃げるコンラートを、ひたすらに剣と槍を振り上げて追い立てました。しかし怪物は生まれたばかりの足で驚くほど素早く動き回り、私たちの攻撃をかいくぐって町をかけ抜けました。
その足は馬のように早く、追いすがる私たちは次第に引き離され、彼らの背中は草原の遠く彼方に消えていきました。
私たちは恐ろしいものが消え去ったのに安堵して、それでも町の警備を厳しくしました。町の端に見張り台を立てて、彼らが戻ってくるのを監視したのです。
果たして、次の日には彼らは町の近くにやってまいりました。
弓の届かぬところから、コンラートが入れてくれと叫んでいました。
もちろん。衛兵がコンラートを町に入れることはありませんでした。
毎日のように化け物を連れて現れるコンラートを、私たちは弓を放って追い返し続けました。
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