表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍と巨人  作者: うたかたの語り人
8/9

8 コンラートと怪物

 生まれてきたのは、(りゆう)でも、巨人(きよじん)でもありませんでした。

 むしろそのどちらよりも、はるかに(おそ)ろしい姿(すがた)をしていました。


 あえて言うならば、クモや昆虫(こんちゆう)()ていました。

 極彩色(ごくさいしき)()じり合ったケバケバしい(かめ)甲羅(こうら)のような胴体(どうたい)からは、数え切れないほどの細長い節ばった足が横から()き出しています。

 芋虫(いもむし)のようなずんぐりした頭には数百の目玉が付いていて、それらがてんでバラバラにあちこちをギョロリと見回すのです。

 その一つと目が合った瞬間(しゆんかん)(わたくし)背筋(せすじ)(こお)るようなおぞましさを感じました。

 おそらくあの時、恐怖(きようふ)を感じないものはいなかったでしょう。コンラートも例外ではなかったはずです。


 (わたくし)はちょうど真後ろにいましたから、その時コンラートがどんな表情(ひようじよう)をしていたのかはわかりません。

 ただ、コンラートは化け物の正面に、身動きひとつせずに立っていました。

 (たまご)からを完全に突き(やぶ)って()い出してきたエヴェリーナを見ても、かれ(さけ)び声も上げることなく、退()くこともしませんでした。

 

 化け物は卵の粘液(ねんえき)がまとわりついて、硫黄(いおう)のような異臭(いしゆう)を放っていました。

 ねちゃねちゃという音が(ひび)くたびに、(わたくし)たちは一歩ずつゆっくりと化け物から(はな)れるように足を動かしました。

 しばらく体を()らしていた化け物が、急に動きを止めました。


「キィィいいいいいいいいいい」


 突然(とつぜん)(はげ)しい金切り声が(わたくし)たちの耳を(つらぬ)きました。

 おそらくそれがエヴェリーナの産声(うぶごえ)だったのでしょう。声を鳴らす口は決して獰猛(どうもう)なものではなかったのですが、それでも怪異(かいい)な生物が甲高(かんだか)い声を上げる光景は恐ろしいものでした。


 (わたくし)たちは悲鳴をあげて、まさにクモの子を散らすように()げ回りました。

 ただ一人、コンラートを(のぞ)いて。

 (わたくし)たちはコンラートを置いてきたことに気づいて、それでも恐怖の方が勝って、ひたすらに走りました。

 卵から出てきた化け物の姿に(おのの)き、それまで(わたくし)たちが(いだ)いていたエヴァリーナと友達になるという気持ちも、川の水面(みなも)かぶうたかたのごとく消え去っていたのです。


 化け物が(わたくし)たちを追ってくる様子はありませんでした。

 それでも(わたくし)は、化け物の姿が見えなくなるまで、恐ろしい奇声きせいが届かなくなるところを目指して、(むすめ)(つま)の手を引いて必死に走り続けたのです。

 もう走れないというロココを(かつ)ぎ上げ、(わたくし)たちはお(しろ)に向かいました。

 お城の門をくぐり抜けて、やっとのこと足を(ゆる)めたのです。


 お城には(わたくし)たちの他にも、たくさんの人々が避難(ひなん)していました。

 その(だれ)も彼もが浮かない顔をしています。

 それはそうでしょう。

 そもそもどれだけ逃げたところで、恐ろしい物の()が町にいる(かぎ)り、(わたくし)たちに帰る場所などないのですから。


 (わたくし)たちはあの怪物を退治するべきだと思いました。

 そして王子が勇気あるものに()びかけて討伐隊(とうばつたい)を組みました。

 娘と妻を城に置き、(わたくし)武器(ぶき)を手にその討伐隊に加わりました。


 (わたくし)たちが町に戻った時、まだエヴェリーナとコンラートは町の大通りにいました。

 コンラートはエヴェリーナに話しかけながら、笑顔を見せていました。

 それがその時の(わたくし)たちにどのように(うつ)ったか!

 (わたくし)たちはコンラートが悪魔(あくま)に取り()かれているように感じたのです。

 恐ろしい化け物を前にして笑って話すことなど、まともな精神(せいしん)をしていれば、できるはずがありません。

 もしくは、コンラートは(わたくし)たちとは違うのだ。そう、小さくてもやはりあれは巨人の仲間に違いない。(わたくし)たちはそう思い込んでいました。


 振り返ったコンラートは目を血走らせた(わたくし)たちを見て(おどろ)いた様子でした。

 彼は何かを(うつた)えているようでしたが、その声は(とどろ)く兵士の(とき)によって打ち消されました。

 エヴェリーナの前に立ちふさがって腕を広げる姿は、化け物をかばっているように見えました。


 (わたくし)たちが彼らの目前に(せま)った時、それまで動かなかった魔物が動きました。

 それでも勇敢(ゆうかん)なハブルムールの兵士たちの突撃(とつげき)は止まりません。

 エヴェリーナは(つめ)を器用にコンラートの襟首(えりくび)に引っ()け、自分の()に乗せると、(わたくし)たちに背を向けて逃げ出したのです。


 エヴェリーナの背に乗って逃げるコンラートを、ひたすらに(けん)(やり)を振り上げて追い立てました。しかし怪物は生まれたばかりの足で驚くほど素早(すばや)く動き回り、(わたくし)たちの攻撃(こうげき)をかいくぐって町をかけ抜けました。

 その足は馬のように早く、追いすがる(わたくし)たちは次第に引き(はな)され、彼らの背中は草原の遠く彼方(かなた)に消えていきました。



 (わたくし)たちは恐ろしいものが消え去ったのに安堵(あんど)して、それでも町の警備(けいび)(きび)しくしました。町の(はし)見張(みは)り台を立てて、彼らが戻ってくるのを監視(かんし)したのです。

 果たして、次の日には彼らは町の近くにやってまいりました。

 弓の届かぬところから、コンラートが入れてくれと叫んでいました。


 もちろん。衛兵(えいへい)がコンラートを町に入れることはありませんでした。

 毎日のように化け物を連れて(あらわ)れるコンラートを、(わたくし)たちは弓を放って追い返し続けました。

感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ