7 卵の名はエヴェリーナ
その日からコンラートは毎日欠かさず大きな卵の元に通いました。
晴れの日も、雨の日も、雷がなっていても。
コンラートは毎日その卵に話しかけ続けました。
卵はコンラートに対して、とてもおしゃべりでした。
私たちは卵の声を直接聞くことはできませんでしたが、コンラートを通して卵といろんな話をしました。
卵はとても好奇心が旺盛で、私たちにいろんなことを聞いてきました。
何しろその卵は自分の姿も、果てしなく広がる世界が映し出す光景も、鳥や虫や私たちの声、楽器が奏でる清らかな調べも、本当に何もかも知らなかったのです。
ですから卵は——当たり前のことですが——生まれた時の自分の姿も、自分の名前も知りませんでした。そう、まだ名前を持っていませんでした。
名前といもの自体、初めはよくわからなかったようです。
けれど、おしゃべりをするのに名前を用いないわけにはまいりません。
ですから、コンラートはまず、名前というのがどういうものであるかわからせるために、自分のコンラートという名前を教えました。そして「コニー」と呼ぶようにと言いました。
親や親しい友人は彼のことをそう呼ぶそうです。
——私の娘も、それを知って以来彼のことをコニーと呼ぶようになりました。
そしてコンラートとハブルムールの人々は卵に、そして生まれてくる新しい命に名前をつけることにしました。
たくさんの人たちが思い思いに素晴らしい名前を提案しました。
その卵の中身が男の子なのか、女の子かもわかりませんから、可愛らしい名前、勇ましい名前、賢そうな名前などいろいろな名前をその卵に聞かせました。その響きの中で、どれが一番好ましいか本人に選ばせたのです。
そしてたった一つ、卵自身が気に入った名前がありました。
エヴェリーナ。
私たちの国の言葉で、新しい世界を意味する言葉です。
その日から卵はエヴェリーナ、もしくはアヴィと呼ばれるようになりました。そしてコンラートは私たちが自分たちの子供によくやるように、何度も何度も「やあ、アヴィ。僕だよ、コニーだよ」とエヴェリーナに呼びかけるようになりました。。
エヴェリーナはまだ見ぬ世界のことを夢見て、コンラートにいろんなことを聞いてくるので、それに応えようとして、コンラートも私たちハブルムールのものににいろんなことを聞いて来ました。
エヴェリーナはまだ何も見たことがないわけですから、四角とか丸とか言っても伝わらないわけです。
そういったときに、どのように伝えれば良いのか。
その答えを私たちは持っていませんでした。
それでもエヴェリーナは一向気にした様子はなく、きっと頭の中でいろんなことを考えながら話をせがんできたのです。
さりとて私たちも自分の周りにあるものを何から何まで知っているわけではありません。ですから私たちは恥をかかないために、隠れて必死に勉強することにったのです。
そして自分はどれほど無知のまま生きていたのかと思い知らされました。
私がみなさまにお届けした詩も、その時に覚えたものです。
私たちはコンラートに大昔に世界はどんなだったかと聞かれて、この詩を必死に覚えて彼に伝えました。
コンラートも一生懸命にそれを覚えてエヴェリーナに聞かせたのです。
しかし詩を聞いたエヴェリーナはえらく落ち込んでしまいました。
汚れを知らない純真無垢な、生まれてくる前の命にとって、その詩が示すものはあまりに重く、恐ろしいものだったのです。
詩の中で恐ろしい巨人たちが世界を襲ったこと、龍たちとの戦争が起こったこと。
そしてその恐ろしい戦争がまだ続いていると知って、世界に生まれてくるのを嫌がり、鬱ぎ込んでしまいました。
それでもコンラートはエヴァリーナに語りかけ続けました。
そしてこのことにかけては、コンラートが遠くからやってきた何も知らない少年であることが、特に良い方に働きました。
その時の彼、コンラートはあの恐ろしい龍と巨人の戦争を体験していなかったし、私たちもコンラートに対して親身に接していました。
だからこの世界がどれほど美しく、みんなが仲良くあることを本当に素直な気持ちで伝えることができたのです。
それで、次第にエヴァリーナも前向きな気持ちを取り戻していったのです。
卵が孵るのを待ちながら、世界の素晴らしさを語り合う。朗らかな日々が続いていました。
季節は流れ、ハブルムールに夏が訪れました。
そしてついにエヴァリーナが生まれ出る時がやってきたのです。
卵にヒビが入ったという話を聞いて、国中から多くの人が集まりました。
誰もが生まれてくるエヴァリーナの姿を想像し、心を弾ませていました。
しかしその卵を目の前にして、私たちは忘れていたのです。
それがあまりに巨大で、しかも何の卵かもわかっていないということを。
——凶悪な化け物が生まれてくるのかもしれないことを。
その時はただ、コンラートから聞き伝えられる話を元に、清らかで美しい生き物が生まれてくるに違いないと想像していたのです。
ですから、卵から出てきた生き物を見た私たちは、天地がひっくり返ったかのような気持ちになりました。
今日はあと1~2話ほど投稿します。