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龍と巨人  作者: うたかたの語り人
7/9

7 卵の名はエヴェリーナ

 その日からコンラートは毎日欠かさず大きな(たまご)の元に通いました。

 晴れの日も、雨の日も、(かみなり)がなっていても。

 コンラートは毎日その卵に話しかけ続けました。

 

 卵はコンラートに対して、とてもおしゃべりでした。

 (わたくし)たちは卵の声を直接聞くことはできませんでしたが、コンラートを通して卵といろんな話をしました。

 卵はとても好奇心(こうきしん)旺盛おうせいで、(わたくし)たちにいろんなことを聞いてきました。

 何しろその卵は自分の姿(すがた)も、果てしなく広がる世界が(うつ)し出す光景も、鳥や虫や(わたくし)たちの声、楽器が(かな)でる清らかな調べも、本当に何もかも知らなかったのです。


 ですから卵は——当たり前のことですが——生まれた時の自分の姿(・・・・)も、自分の名前も知りませんでした。そう、まだ名前を持っていませんでした。

 名前といもの自体、初めはよくわからなかったようです。


 けれど、おしゃべりをするのに名前を用いないわけにはまいりません。

 ですから、コンラートはまず、名前というのがどういうものであるかわからせるために、自分のコンラートという名前を教えました。そして「コニー」と呼ぶようにと言いました。

 親や親しい友人は彼のことをそう()ぶそうです。

 ——(わたくし)(むすめ)も、それを知って以来彼のことをコニーと呼ぶようになりました。


 そしてコンラートとハブルムールの人々は卵に、そして生まれてくる新しい命に名前をつけることにしました。

 たくさんの人たちが思い思いに素晴らしい名前を提案しました。

 その卵の中身が男の子なのか、女の子かもわかりませんから、可愛(かわい)らしい名前、いさましい名前、かしこそうな名前などいろいろな名前をその卵に聞かせました。そのひびきの中で、どれが一番好ましいか本人に選ばせたのです。


 そしてたった一つ、卵自身が気に入った名前がありました。

 

 エヴェリーナ。


 (わたくし)たちの国の言葉で、新しい世界を意味する言葉です。

 その日から卵はエヴェリーナ、もしくはアヴィと呼ばれるようになりました。そしてコンラートは(わたくし)たちが自分たちの子供(こども)によくやるように、何度も何度も「やあ、アヴィ。(ぼく)だよ、コニーだよ」とエヴェリーナに呼びかけるようになりました。。


 エヴェリーナはまだ見ぬ世界のことを(ゆめ)見て、コンラートにいろんなことを聞いてくるので、それに応えようとして、コンラートも(わたくし)たちハブルムールのものににいろんなことを聞いて来ました。


 エヴェリーナはまだ何も見たことがないわけですから、四角とか丸とか言っても伝わらないわけです。

 そういったときに、どのように伝えれば良いのか。

 その答えを(わたくし)たちは持っていませんでした。

 それでもエヴェリーナは一向気にした様子はなく、きっと頭の中でいろんなことを考えながら話をせがんできたのです。


 さりとて(わたくし)たちも自分の周りにあるものを何から何まで知っているわけではありません。ですから(わたくし)たちは(はじ)をかかないために、かくれて必死に勉強することにったのです。

 そして自分はどれほど無知のまま生きていたのかと思い知らされました。


 (わたくし)がみなさまにお(とど)けした(うた)も、その時に覚えたものです。

 (わたくし)たちはコンラートに大昔に世界はどんなだったかと聞かれて、この詩を必死に覚えて(かれ)に伝えました。

 コンラートも一生懸命いつしようけんめいにそれを覚えてエヴェリーナに聞かせたのです。


 しかし詩を聞いたエヴェリーナはえらく落ち込んでしまいました。

 (けが)れを知らない純真無垢じゆんしんむくな、生まれてくる前の命にとって、その詩が(しめ)すものはあまりに重く、(おそ)ろしいものだったのです。

 詩の中で恐ろしい巨人たちが世界を襲ったこと、龍たちとの戦争が起こったこと。

 そしてその恐ろしい戦争がまだ続いていると知って、世界に生まれてくるのを(いや)がり、ふさ()んでしまいました。


 それでもコンラートはエヴァリーナに語りかけ続けました。

 そしてこのことにかけては、コンラートが遠くからやってきた何も知らない少年であることが、特に良い方に働きました。

 その時の彼、コンラートはあの恐ろしい(りゆう)巨人きよじんの戦争を体験していなかったし、(わたくし)たちもコンラートに対して親身にせつしていました。


 だからこの世界がどれほど美しく、みんなが仲良くあることを本当に素直(すなお)な気持ちで伝えることができたのです。

 それで、次第にエヴァリーナも前向きな気持ちを取り(もど)していったのです。

 卵が(かえ)るのを待ちながら、世界の素晴らしさを語り合う。(ほが)らかな日々が続いていました。


 季節は流れ、ハブルムールに夏が(おとず)れました。

 そしてついにエヴァリーナが生まれ出る時がやってきたのです。

 卵にヒビが入ったという話を聞いて、国中から多くの人が集まりました。

 だれもが生まれてくるエヴァリーナの姿を想像(そうぞう)し、心を(はず)ませていました。 

 しかしその卵を目の前にして、(わたくし)たちは(わす)れていたのです。


 それがあまりに巨大で、しかも何の卵かもわかっていないということを。

 ——凶悪(きようあく)な化け物が生まれてくるのかもしれないことを。


 その時はただ、コンラートから聞き伝えられる話を元に、清らかで美しい生き物が生まれてくるに(ちが)いないと想像していたのです。


 ですから、卵から出てきた生き物を見た(わたくし)たちは、天地がひっくり返ったかのような気持ちになりました。

今日はあと1~2話ほど投稿します。

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