5 少年コンラートと不思議の城
さて。今からみなさまに、私たちが救世主となることを信じている少年コンラートについて説明しようと思います。まずあらかじめ、彼の素晴らしいところを、私たちが何を彼に期待しているのかをお伝えしましょう。
なんと彼は、コンラートはどんな生き物とも会話し、友とすることができるのです。
これがどれだけすごいことかお分かりいただけるでしょうか。
話をこの場にいる私たちにたとえてみましょう。私たちはたった今、自分たちが語り継いできたものがそれぞれに違うものだということを知りました。しかし、それは本当に悲しむべきことなのでしょうか、相手を信じられなくなってしまうようなものなのでしょうか。私はそうではないと思います。
みなさまはもしかしたら、あなた方の伝承を聞いた私が不服に思って暴れ出すとお思いになられたかもしれません。しかし、そうはなりませんでした。私はみなさまの語り継いできた詩の素晴らしきを知り、そのように伝えて賞賛しました。そのことで、わずかなりともみなさまの心を穏やかにすることができたからだと信じております。私は言葉を交わすことによって、みなさまの不安を少しばかり取り除くことができたということを信じているのです。
それでもやはり相反する伝承を持つということで、外からやってきた私のことを遠くに感じてしまったやもしれません。しかし、それらの幾らかの悩み事や勘違いなどは、これからお互いを認め合い、全て腹を割って話せば晴らされるものだと思うのです。
私たちハブルムール王国のものたちは、言葉の力の偉大さを信じております。そして話し合えば、たいていの仲違いを解消することができると思っているのです。
例えば、あなた方の仰るように私たちが神に背いてしまい、その怒りを買ってしまったのであれば、これを深く神々に詫びなければなりません。しかし私たちの、そしてみなさまの先祖の声は、神々に届いていたのでしょうか。届いていなかったのであれば、今からでも神のお耳に届くように、世界を分けていただいたことの感謝とともに謝罪しなければならないでしょう。
もしも私たちの伝承にあるように、龍が自分たちのゆりかごを壊されて怒り猛っているのならば、それを直すのを申し出て、手を取り合うべきではないでしょうか。
いずれにせよ、そのためには彼らと一度話をしなければなりません。恐れながら私は神を見たことがなく、どこにいるやも見当がつきませんが、少なくとも身近にいる龍と巨人と対話することは不可能ではないのです。
今まで私たちはあの乱暴な巨人たちや、計り知れない力を持った龍たちと関わりを持つことを避けてきました。それは私たちが彼らの言葉を理解することができず、彼らも私たちの言葉に耳を貸そうとしてはくれなかったからです。しかし、彼らと会話する手段を持ち得るのなら、それにかけてみるだけの価値はあると思うのです。
ですから、私たちの元に現れたあらゆるものと話すことのできる心優しい少年は、いつしか私たちの世界に平穏な未来を築くのに、力となってくれるのではないかと考えています。
ここまで色々と申しましたが、みなさま未だに信じかねているところでしょう。そもそも本当に少年はあらゆるものと言葉を交わすことができるのか。果たしてあの恐ろしい巨人と龍とに話しかける勇気のあるものなどいるのか。
ここから先は、私が実際に少年と話し、見聞きしたことを語らせていただきます。
そう、あれは3年ほど前の雪の強い、凍えるような冬の日でした。
私は普段ハブルムールのお城に勤めているのですが、その日はたまたま非番でしたから、家で暖をとってゆるりと家族と過ごしていたわけでございます。雪の降る中、本を読み、書を認めておりましたところ、窓からコツン、コツンと何かがぶつかる音がするのです。膝下まで雪が積もる日にわざわざ都から外れた私の家を訪れるものなどそうそうおりません。ましてや玄関のノックを鳴らさずにわざわざ窓に回るなどの手間をするようなものは、いたずらっ子か、そうでなければ凍えた野鳥ほどのものでしょう。ですが、その凄い雪では外がどうなっているのかなど全くわかりようもないのです。
窓を開けて部屋がずぶ濡れになるのも嫌でしたから、私は玄関から回って何が音を立ていたのかを調べました。
そうすると見たこともない生き物がそこにいたのです。
その少年は——彼は見たこともない生き物でしたが、明らかにまだ小さな子供でした——幼い顔に似合わず、ライオンのような立派なたてがみを持ち、それでいて顔や手足などにはほとんど毛が生えていませんでした。しかも驚くべきことに耳というものが、頭の上ではなく真横についているのです。
もうお分かりでしょう。彼はあの凶暴な巨人たちと瓜二つの姿をしていたのです。
ですが早まってはいけません。彼は決して凶暴な巨人たちの仲間ではないのです。何しろ、その立ち姿は私よりも小さく、その瞳には強い理性の光が灯っていたのですから。
彼は決して凶暴なそぶりを見せず、むしろその小さな体をより一層縮めるように丸くなっていました。
なんとこの大雪だというのに、その毛にも覆われていない剥き出しの肌は半袖のシャツとズボンしか身につけていなかったのです。
明らかに少年はガタガタと震えて、凍えておりました。それはそうでしょう、寒い日にそんな惨めな格好でいては体が冷えないはずがないのです。
私はカチコチになって歩くこともままならなくなった少年を担ぎ上げて、家の中に戻りました。
彼は暖炉の側で妻の煎れたお茶を飲むと、その真っ青だった肌は桃のような暖かい色になりました。
彼は見る限り実に奇怪な生き物だったので、私たち一家は彼に興味津々でした。
ですから娘のロココがこのような感じで、彼に対し矢継ぎ早に質問を浴びせるのです。
「あなた、お名前はなんていうの?
何歳なの? 私と同じくらいかな?
ねえ、どこから来たの?
あなたのお母さんやお父さんはどこにいるの?
不思議な姿をしてるね。なんていう種族なの?
もしかして巨人さんなの? お父さんとお母さんは大きい?
お茶はおいしい? おかわりはたくさんあるからね。
おやつはカシューとアーモンドとどっちがいい?
どうしてお庭にいたの? 一人でお家に帰れるの?」
こんな風に思いつく限りの質問をするので、いささか彼は困ったような顔でした。
それでも、やはり子供の相手は子供にやらせるのが良いのです。娘の質問を数えるように指を折って、彼はゆっくりと自分のことについて話してくれました。そして彼も私たちに対してたくさんの質問をしてきました。
そうしてその少年の名前がコンラートということが分かったのです。しかし、彼はドンだとかボンだとかいうところから来たというのですが、私たちはそんなところは聞いたこともありません。また、彼が言うには父親と母親は私たちの家の天井よりも低いくらいだというのです。それは私たちが椅子にでも登れば簡単に手が届くくらいのもので、巨人と言うにはあまりに小さいのです。
そして、彼はどうやら迷子になっているようでした。
どこをどう歩いたら私たちの庭にたどり着いたのかも、全くわからないそうで、家がどちらの方向にあるのかもわからないと言いました。
彼が言うには、その日の天気はまるで夏のように暑い陽気で、それで慌てて夏服を取り出して友達と追いかけっこをして遊んでいたのだそうです。ところが、突然に激しい大雪が降ってきて、びっくり仰天しているうちに辺りが真っ白になって、気づけば私の家の庭にいたらしいのです。
だから彼も私たちにここはどこなのだとか、友達のことを見なかったかとかあれこれと聞いてきたのですが、私たちに答えられるのはハブルムールのことと、自分たち家族のことだけでした。
また、私たちが彼の姿を見て思ったのと同じように、彼も私たちの姿を見て大変驚いていました。
何しろ娘の顔をまっすぐに見て、「うさぎの妖精さん?」などというものですから、たまりません。
そして彼は言うのです。巨人だとか龍だとかいうのは、絵本や漫画くらいでしか見たり聞いたりしたことがないのだと。
それを聞いて私は確信したのです。何やらとても大きな、目に見えない大変なことが起ころうとしているに違いないと。
ですから私はすぐさまにコンラートに暖かい綿の入った服を着せ、王城に連れて行きました。
ところで、こちらのお城も大変お美しいと思うのですが、私たちの王が住むお城も大変に美しいものなのです。
それはとてもとても大きな一本の木でできていて、その上にさらに様々な草木が宿り木のようにくっついて尖塔を作っていたり、巨大な葉っぱのバルコニーがあったりします。
その時は季節が冬だったので雪化粧をしていましたが、春になれば色とりどりの花たちが、城の城壁を鮮やかに彩ります。夏になれば青々と茂り、秋になれば黄昏の夕日のように赤く染まるのです。
コンラートはそれを見てまるでおとぎ話の世界に来たようだと言いました。
何しろ、お城が息を吸い、朗らかに笑い、訪問者に話しかけてくるなど見たこともないというのです。
何とまあ、それを聞いて私はたまげてしまったわけです。もちろん私とて、お城が話すところなど見たことも聞いたこともありません。
ですからそのまま彼にお城がどんなことを話しかけてくるのかと聞きました。
そして、私はその話を聞いてさらに驚くことになったのです。
いかがでしょうか。
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