4 神々の怒りと黄金の大地
私たちは遠い異国の地から訪れた使者の詩を聞いて、だんだんと話の雲行きが怪しくなってきたのを感じた。それはいったいどうしてか、私たちの知る世界の成り立ちと大きく違っていたからである。
しかしながら青年は全く悪びれた様子もなく、自信に満ちた表情だった。そしてその詩を終えてそれが理由にして龍と巨人とが争っているのだと語った。
私たちは世界の卵などという話は聞いたこともなかったし、見たこともない。もしもそんな大きなものがあるのなら、今でもその大きな緑な玉の残骸を見ることができるはずではないか。
いや、もしかして私たちが今すでにその緑の玉に立っているのだとすれば、何をか言わんや、この大地は神々が作り出した黄金の大地である。
だからその詩が彼らのいう勇者の根拠になりうるものだとすれば、私たちはやはりその勇者というものを疑わなければならない。しかし、気持ちの良さそうにその美しい声を持って話を続ける青年に対して、私たちが水をさせるはずもなかった。
それでいよいよ青年が勇者について語ろうとするので、陛下がお慌てになって手ずからにその青年の話すのを遮られて、こう仰られた。
「少しお待ちなさい。そなたの語るその詩は我々が知るものと大いに違う。これ、そこのもの。私たちの知る世界の生まれた経緯を、そして巨人たちと龍との争いの理屈を、この使者の方によくわかる様に唄ってごらんなさい」
呼ばれて前に出てきたのは、我が友にしてこの国の万事において千を知る天官長サンスーシであった。彼は王陛下に対してまず深く礼をして、次に使者に対し、その後に私たちに順に礼をすると皆の視界を遮らぬ様に立ち、ゆっくりと唄い始めた。
——
世界は広い そして美しい
それは 神々が我らにたまわれた 黄金の盃
土を盛り 川を垂らした
その大きな世界に 我らは生まれた
神々の大いなる恵みを その身に受けて
世界の美しさを 喜んだ
美しき太陽に 照らされて
青い空の下に 美しき緑と
黄金の大地に 我らは満ち満ちた
日が落ちれば 我らは星を見た
夜空に流れる いくつもの星を見た
それから我らに 仲間ができた
新たな仲間が大地をならし
我らが世界を 耕した
大きな世界に 道ができ国ができた
世界は大きい そして我らを照らす
盃に盛られた 土と川がいっぱいになって 溢れ始めた
溢れた川が滝となり さんざ盛られた土が山となった
滝を降りてはならない 山に登ってはならない
それは 世界の終わり
神々に許された 我らの世界の外
夜空には いつも光り輝く星が降り注いだ
そうして どんどんと我らの仲間は増えた
いつしか 我らは溢れ出した
増えすぎた我らに 世界は狭かった
限りある大地を求めて 醜く競い合った
美しかった世界に 夜の帳が降りた
世界の夜は 暗い闇に包まれた
あれほど賑やかに夜空を舞っていた 星たちが
我らを照らしていた 黄金の月が
どこかへと沈んでしまった
我らも 悲しみに沈んだ
我らの仲間も 暗闇に落ちた
我らは昼を照らす太陽を崇めた
そうして 神々が嫉妬に怒り
我らを滅ぼす 龍たちを連れてきた
かの者たちは 世界の外より現れた
多くの者がこれと戦い 滅ぼされた
隠れて怯えて 神に許しを請うた
太陽は今も輝く 我らはそれをたたえよう
そして願う 光のない夜に いつの日か
絶え間ない 星の輝きが戻らんことを
——
唄い終えて、サンスーシは元いたところに戻った。そうして大広間は静寂に包まれた。
しばらくして、国王陛下はゆっくりと青年に語りかけた。これが私たちの知る世界の歴史だと。そうして私たちは再び青年が口を開くのを待った。
それからどれほどの時間がかかったのか、いまいち判然としない。それはもしかしたら数秒ほどだったのかもしれないし、二時間も三時間もずうっとそうしていたのかもしれない。時間の感覚が奪われるほどに、私たちの心は張りつめていたのだから。
もしかしたら、遠き地より来たりし訪問者は我らの伝承に不服として、狂ったように暴れまわるかもしれない。そうでなければ、あくまで自分が正しいのだとなんとかして私たちを説き伏せようとするかもしれない。
そうして身構えた私たちの緊張をその青年はゆっくりと解きほぐすように、優しく、力のある声で語り始めた。
「王様、そして唄い手の方、とてもとても美しく、そしてためになる、素晴らしい詩でした。このような心に響きわたる優雅な詩を聞かせていただき、大変嬉しく存じます。さて、あなた方のおっしゃることはきっと真実なのでしょう。もしかしたら私どもの伝承は間違っているのかもしれないし、そうでもないかもしれません。何はともあれ、もう少しだけ肩の力を抜き、落ち着いて私の話の続きを聞いて欲しいのです」
彼の堂々とした態度は、とてもとても勇敢なものであったと、私はその見事な青年にここであっぱれと賛辞を送ろう。
確かに、私たちはその声を聞いて落ち着きを取り戻すことができた。少なくともこの青年が私たちの詩を否定し、暴れ回ったり、説き伏せようとしたりするような類の者ではないことがわかったのだから。
陛下がそんな私たちの様子を認められて、静かに頷くと、青年は再び美しい声で語り始めた。
次話で勇者のことが語られます。
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