3 世界の卵
モルネイの冒険譚が始まるまでには、まだもう少しかかりそうです。
みなさまはご機嫌麗しゅうお過ごしでしょうか。
王様におかれましてはお顔艶も良く、健やかなること喜ばしく思います。
失礼ながら手紙からの紹介になりましたが、私はハブルムール王国の民、モルネイと申します。
さて、みなさま。私はみなさまとハブルムールのものたちとを友好づけるために参ったのであります。
そのためには、私めがどのようにしてこちらを訪れることになったのかという経緯と、その道のりで体験した冒険の日々について語らせていただきたいと思う限りです。
しかしその前に、私は、いえこの場にいる私たち全員は、一つ確認しておかなければならないことがあると思うのです。
それはそもそもなぜ、あの醜い巨人たちと怒れ狂う龍たちが、ああも激しく、何十年も何百年も、私たちが生まれるずっとずっと前から争っているのか、ということです。
みなさまはそれをご存知かもしれないし、もしかしたらご存知ないかもしれません。そしてどちらであっても私の知るものと少し違っているのかもしれません。
ですから私はまず、ハブルムールに伝わるスレタリアの詩をみなさまにお届けしようと思います。
よろしいでしょうか。では。
——
それは遠い昔
まだ太陽が朝と夜を覚えておらず
あらゆる生き物たちが 長い長い夜を過ごしていた時のこと
そこに大きな大きな丸い石が転がっていました
いつからそこにあったのか 誰にもわかりません
ただ たくさんの生き物たちが
この地上で生活するようになった頃には
とっくに そこにあって当たり前のものでした
それはとてもとても大きくて
大人の巨人たちがたとえ千人集まったって それを持ち上げることはできません
台風だの竜巻だのに巻き込まれて ゴロンゴロンと転がることはありました
それでも 巨人たちがいくら押しても全くもってびくともしません
その不思議な石はとても美しく
まるで翡翠のように 白と緑の綺麗に混じった 神秘的な色をしていました
ですから人々は その欠片でも良いから
自分のものにしたいと思うようになりました
それで巨人たちや その他の生き物たちが
石をぶつけるなり 大槌で叩くなり
あらゆることを試して それを壊そうとしました
そうすると その綺麗でピカピカだった石の表面は
無残にボロボロになり 誰も見向きもしなくなりました
それでも人々がその石につけた傷は
雨風にさらされて何年も何年もかけて 次第に大きくなっていきました
そしてそれはいつしか 石全体を真っ二つに分かつほどの
とても大きなヒビとなりました
人々はこれに驚いて それでも中がどうなっているのか とても気になりました
これ以上ヒビが大きくなって 真っ二つに割れた時
中から何が出てくるのだろう そう思ったのだといいます
そして それからさらに何百年もたった頃
とうとう 不思議な石が分かたれる時が訪れました
中からキラキラとまばゆい光を放ち
不思議なほど 静かに ゆっくりと 石は開いていきました
その中からは 恐ろしい化け物も
人々を魅了する 美しい石の破片も 現れませんでした
ただ そこには清らかな川が流れ
緑豊かな山々と 色とりどりの花や蝶たちが
新しい世界として誕生していたのです
そして 多くの生き物たちが そこに移り住みました
まるで緑色の宝石のような 美しい世界に
多くの人々は 幸せに包まれて暮らしました
しかし うまいことばかりではありませんでした
その世界は 大きな大きな体を持つ巨人たちが移り住むには
いかにも狭すぎたのです
それに怒った巨人たちと 他のあらゆる生き物たちが 喧嘩を始めました
そして 怒り出した巨人たちは あまりに強く あまりに乱暴でした
美しき楽園だったものは 巨人たちの手で破壊し尽くされてしまいました
緑に茂っていた山は無残に剥げ落ち 人々の住む村々は炎に焼かれました
それでも 巨人たちは暴れるのをやめませんでした
巨人たは自分たちが他のどの種族よりも強いのを知り
弱い者たちをいじめることを あらゆるものを壊して回るのを
楽しむようになっていたのです
彼らの頭は それはそれは単純にできていますから
それがとても楽しいことだと知れば 食べるときと寝るときを除いては
ずうっとそれを続けるのです
それでも巨人たちの暴虐は100年と長くは続きませんでした
それはなぜか
恐ろしい巨人たちを 凌駕するほどの強大な生き物が現れたからです
彼らは高い高いシェリーフェンの空から 大きな大きな翼をはためかせて
竜巻を引き起こしながら 降り立ちました
その大きな口は 巨人を丸呑みにし
その鋭い爪は ダイアモンドでできた岩山をも切り裂きます
彼らはヨロイトカゲのような とてもゴツゴツとした荒々しい鱗を持っていて
その大きくて重い体を浮かせるために
胴体の何倍もある それは見事な翼を持っていました
彼らは自分たちのことを 龍と呼び
私たちや他の生き物 巨人たちや 花や木も
皆まとめて 徒と呼びました
そんな彼らは 大地に降り立ち
壊れた楽園をみると 怒れ狂いました
その楽園は 彼らが 自分たちの子供達のために
はるか昔に作り上げたものだったのです
そう あの緑色の美しい綺麗な玉は
龍たちがはるか大昔に作り出した 龍たちの楽園 新しい世界の卵だったのです
生まれたばかりの卵だから まだまだとても小さかったのです
そして いずれはとてもとても大きな世界になって
龍たちが自分たちの子供を育てるための ゆりかごになるはずだったのです
——
いかがだったでしょう。これが私たちの語り継いできた龍と巨人のお話です。
このお話によって、なぜ龍たちがあんなにも巨人たちを忌み嫌っているのかわかっていただけたと思います。龍たちは自分たちが作り出した楽園を壊されて怒り、そして、あの知恵を持たない巨人たちは、襲い来る龍たちにがむしゃらになって反抗しているというわけなのです。
そしてこのお話が彼らの争いを止めるために、どのように役に立つのか。私たちのもとに現れた救世主、いやさ勇敢なる少年がその身に持つ不思議な力と合わせて、これからゆるりと語らせていただきたいと思うのです。
感想いただけると大変嬉しいです。