2 ハブルムールの使者
私は今日、この日にとんでもないものを見た。長年わが国王陛下にしたがって書記長を努めてきたが、これほどまでに仕事のやりがいを感じたのは我が陛下が御即位なされたとき以来ではないだろうか。そして今日一日に宮廷で起こったことを、事細かに記録に残そう。
今日、私たちの元に一人の薄汚い青年がやってきた。彼はひどく泥だらけでボロボロになった服をきていたし、ところどころに葉っぱをつけていて大変臭かった。そして、昼の飯時に鳴らされる教会の鐘のようにゴーンゴーンと激しくそのお腹の虫を鳴らすものだから、私たちは最初、巨人たちがとうとう私たちの国に攻め入ってきたに違いないと思い、友人たちと別れの言葉を言い合ったほどだ。
しかしその着ている服が実は元は大変に良い代物だったに違いないというのも、彼を見た門番たちはすぐに気づくことができた。そうでなくとも彼は泥だらけの顔が端正に整っていて、非常に育ちの良いことは明らかだった。
門番がその非常に匂いのきつい、まるで発酵させた魚の缶詰のような空気を漂わせている青年に聞いてみれば、彼はハブルムール王国から来たと言い出した。その身にはハブルムールの王子が渡された書簡を携えているという。
これには私たちは大変驚いた。その報告を受けてすぐにその青年を湯に浸からせて、本来着ていただろう服のものと変わらない上等な服を与え、さっぱりといい匂いをするようになったところで王陛下に御目通りさせることになった。
しかし、当然ながらこのようなこと——他の国から使者が現れるといった大事ーーは初めてだったので、王陛下は大慌てになって青年が湯を浴んでいる間に大臣たち——書記長である私も——を集めて、早速会議を行った。
特に激しい議論になったのは遠くの地からやってきた青年と王が対面するのに、王の威厳を見せ、また異国の使者に失礼に当たらないようにするにはどうすれば良いかというものだった。
何しろ、私たちの国は今まで自分たちだけで完結していたのだから、こういったときどのようにすればという一切合財がわからなかった。
王陛下に対する謁見といった厳かな儀式も今まで行われてきたためしがない。なぜなら、国民は自由に王城を歩けるし、政務の合間にふらふらと出かけることのある王様に話しかけて、気兼ねなく相談することもできるのだから。
しかし、他国から来たと言う使者に対し、さすがに適当に歩いている王様を捕まえて話しかけてくださいなどというのは無理があろう。何せ——非常に残念で哀れなことだが——国民の誰もが知っているあの神々しい私たちの主君の顔を知らないかもしれないのだ。そうであるから、私たちはせっかく我が国を訪れた若者が王陛下にちゃんと会えるように取り計らってやらねばなるまい。
だから我々は大急ぎで準備を行った。大広間に一段高い床を作り、その上に王陛下が座っていただく椅子を用意した。本当に時間がなかったために、椅子はそれだけで、私たちが座るべき椅子も、使者の方に使っていただく椅子も置かないことにした。厳かな場に似合うような素晴らしい造りの椅子を、そう沢山はすぐに用意できなかったのだ。
しかしそのせいで、心優しい王陛下には大変居心地の悪い思いをさせてしまったようだ。陛下が私たちの誰とでもお話をしていただくときに、キョロキョロと目線を外すなどということはこれまで一度たりともなさったことがなかった!
何はともあれ、私たちは無事に使者を迎え、王陛下とお話しする機会を用意することができた。そして、若者から手渡された書簡を読み、再び仰天することになった。
彼らは私たちと友達になりたいと言ってきたのだ。それだけなら良い、友達はいくらいても良いものだから。
しかし、あの世にも恐ろしい戦争を止めようとしているだなんて。そんな恐ろしい、ありえないようなことをよくも思いついたものだ。そのようにそこにいた私たちは思った。
あの恐ろしい戦争は、できる限り関わり合いにならないのが最善なのだ。そうしていれば、月に一度国の端っこにあった家が数十件押しつぶされ、10年に一度くらい龍の吐息が風に流されて大森林を焼き尽くされる程度で済むのだから。
そう、関わらないほうがいい。あの恐ろしい龍と巨人はたった一匹でも、その気になれば私たちの国を一瞬にして丸呑みしてしまうことができるのだから。
それでも使者の方にあえてそのように言わず、彼の話すままにさせたのはせっかく友達になろう言ってきた人たちを無下にはできないというのと、決して厄介ごとを私たちに持ち込まないという風に書簡に書いてあったからだ。
そんなであったから、新しいもの好きな王陛下がオロオロしていた顔を次第にウキウキと弾ませるようになって、青年に土産話をせがむと、彼はまるで吟遊詩人がポロンポロンとハープを爪弾かせながら歌うように、大変美しい声で語り始めた。
次はモルネイが自分の冒険を語る場面です。