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【B-5】

【B-5】

 

 某県某市某町。人口密度が最も高く、人々が足繁く行き交う町の中心地、某市の象徴たる駅より十二キロメートル。

 高等学校や大学病院、巨大デパートなど、町の施設から九キロメートル。

 さらに市街地から七キロメートル。町外れというに相応しい、空き地や道路が位置する山間にその建築物はあった。

 廃墟。この町でも心霊スポットとして有名な、大学病院建設の折に経営破綻した個人運営の病院だ。内部の落書きや放り出された物品などは確かにらしい(・・・)ものばかりで、特に日中などは人が寄りつかない。

 夜間にもなれば肝試し好きな若人が集まるだろうがーーー……、この世界時間でいうところの、春先という季節も幸いして、その可能性も低いだろう。

 また、立地も良い。山間故に町を大きく見渡せる位置にある。内部の複雑な構造も侵入者相手には充分な防壁となる。

 つまりは、彼等の司令地としてこれ以上ないほど最適な場所なのだ。この廃病院の、屋上は。

「ストゥツバネ偵察隊、目標地点βまで到達しました。ウィズ」

 空間へ立体状に映写される地図から赤い矢印が伸び、幾つもの建築物を超えて目的地のマークへと到達する。さらにその矢印を追って幾つもの、色様々な矢印が目的地へと波状に進行していく。

 その数、実に二十以上。大小あれど、各進路あれど、全てが確実に目的地へ向かっていた。

「現在、各部隊、各チーム問題なく進行しております。ウィズ」

 語尾にウィズと付ける電子音声は、機械のものではない。

 いや機械と言えば機械なのだが、戸籍書類からすれば歴とした個人だ。

 Ws―73―kk2。通称ワース・セブンスリー。情報処理と物理兵器に特化した天然(・・)AI機械を搭載した機械個人である。

 そんな彼の映し出した立体映像を見ながら、筧は口元を抑えて低く唸り込んだ。

「どうかされましたか、筧様。ウィズ」

「……いや、上手く行きすぎている。何かあるなら何処かで妨害が入っていてもおかしくない頃合いだ」

「そうは言っても突入から未だ数分。突入から即座に散開しましたので相手もまだ気付いてないのでは? ウィズ」

「相手は個人だ、ワース。軍隊や組織じゃない。……伝達のラグも、認可も必要ないんだ」

 だからこそ行動は迅速であり直線的である。

 部隊を散開させたのもそういう理由からだ。千の刃を纏めて刺すよりも、百の方角より百の刃を刺す。

 その中の一刃さえとどけば良い。相手の喉元へーーー……、とどけば。

 だが何故か、悪寒が未だ鳴り止まない。一度は押し殺したはずの予感が背筋を撫で回す。

 上手くいっている。情報と照らし合わせても何ら不思議なことはない。相手は異貌の力を使えないのだから、或いは知りさえしないのだから、怪しむべきことはないはずだ。

 ならば何故、紫紋(デルタ)は全滅した? 極月は連絡を途絶えさせた? 

 いったい、この世界に何があると言うのだ。

「筧さ~ン! おめめに皺寄ってるヨ! だめだめニッコリニッコリ~!」

「く、クロミー君! 考え事してるんだから……!」

 筧の眉間をぐりぐりと指先で弄るのはクロミー。彼女を必死に止めるのは能城。

 ものの見事に二人は筧の部隊へ参入していた。いや、余り物を引き取らされた。

 結界術と手間の掛かる古風な降臨術しか心得のない能城は兎も角として、あんな問題に巻き込まれイマイチ空気の読めないクロミーも他のチームから爪弾きにされたのである。

 唯一本来の予定通りなのはワースぐらいなもので、他の支援特化は全て別働隊に取られてしまった。

 悪いとは言わないが良いとは言えない。特に、クロミーに関しては。

「……クロミー、一応君も異貌狩りだ。現状をどう思う」

 眉間に青筋を浮かばせながらも、筧は平静を装って彼女へ見解を求める。

 一応、と出ている辺り平静を装いきれていない気もするが。

「んン~? 一応って酷いネー。でも意見言うヨ。意見言うとネー、変ネー。何だかいっぱい感じるネー」

「……感じる? 感知か?」

「そーヨー。私、霊体人間の血もあるからネ。魂の変化や魂の躍動には敏感なのヨ。事件現場とかだとよく髪先がぞわぞわ~するヨ。霊体いっぱいだからネ。無念な死者の魂いっぱい感じるヨ」

 クロミーの瞳孔がカメラレンズのように萎縮する。

 その眼に映るのは幾千、いや、それ以上。最早数えることさえ億劫になるほどの魂だった。

 雨粒を数えるが如き行為。空一面が浮遊する魂で覆い尽くされている。

 彼女自身、霊体系の事件で浮遊する魂や、呪殺現場での除霊は多く受け持ってきた。だが、これ程の数は数度ほどしか眼にしたことがない。

 青色の空を薄透明に染め上げ、泳ぎ彷徨う霊体達の姿など。

「かなり異常ネ。たぶん虫網持ってたら取り放題ヨ。いっぱい売れるヨ。裏市場で億万長者ネ」

「……霊体及び天然臓器、魂の無許可取引は違法だぞ」

「おっとお口すべすべつるつるダ! チャックチャック~♪」

 るんるんとご機嫌にステップを踏んでいるが、クロミーの目に余裕の色はない。

 筧自身の瞳にその霊体達は映っていないが同じく霊体の血を持つ彼女がここまで言うのだ。その数は言葉裏よりも想像を逸するものなのだろう。

「……一斉襲撃開始まであと七分と二十六秒か。できればそれまでに霊体達の謎を明かしたい。もしかするとアレ(・・)こそが創造級の鍵かも知れないしな」

「えぇ、同感です。これだけの霊体となればクロミー君の言うとおり、異常性を認めざるを得ない」

 数もそうだが重要な問題はそこではない。能城が睨むのは霊体であるという点だ。

 霊魂ならまだしも、いや、彼女の言う通りの数なら尚更ーーー……。

「彼等のような幽霊が集まるのはここが心霊スポットに登録される立地だからでしょうか。ウィズ」

「……あ、いや、違うよワース君。彼等は幽霊じゃないんだ」

 思考の途中だが、能城は慌てるように補足を入れた。ワースはそれにぐるんと首だけ回して反応する。

 異様に素早く首が回ったものだから能城は驚いて腰を抜かし掛けた。

 どうぞ続けてください、というワースの言葉が無ければ本当に腰を抜かしていたかも知れない。

 兎も角、と。腰を抜かし掛けたことに鼻先を赤らめながらも、彼は一旦息を落ち着けて補足を再開する。

「君の言う幽霊と霊体ってのは正確には違う。霊って言うのはつまり霊魂、魂だ。だけど霊体は体を持ってる霊のこと。つまり未だ器を捨て切れてない霊なんだよ。幽霊はその二つの総称だ」

「つまりその二つは魂であるか、魂である上で肉体を持っているという意味ですか? ウィズ」

「そうだね。もっと言えば霊魂は成仏した魂だ。けど霊体は成仏してなかったり、本来の死に方をしなかったもの。解りやすく言えばまだ死ねない、死ぬべきじゃない……、この世に未練を持つ霊だね。臨死体験とか知ってるかな? アレも霊体に分類されるよ。悪霊とか妖怪とか死霊とか、悪いのに変化するのは大体霊体だになる。体を持っていればそれを乗っ取られるから……」

「勉強になります。ウィズ」

 引き続き立体マップを映写し続けながらも、彼の脇腹辺りからカリカリと音が聞こえる。恐らく能城から教わった霊魂と霊体の違いを記録しているのだろう。

「……しかし、だからこそ奇妙なんですよ。成仏しないのは珍しいことではないが、多々あることでもない。少なくともクロミー君が言うほどの数がいれば、その、霊体が悪影響を及ぼさずにはいられないはずです。あぁいった物は集まれば集まるほど相乗的に連鎖する。それ程の数が居れば、悪霊に変化して人身を襲うはずだ」

「その通りなんだけどネ……。そこもおかしいのよネ」

 クロミーが指先で霊体達をなぞっていく。

 能城の言う数を数える為ではない。霊体達の範囲を認識する為だ。

 見ているだけで気分が悪くなるほどの、それこそ生け簀に放たれた稚魚の群れよりも密集する数の範囲を認識するというのは容易ではない。

 だが、彼女の霊魂や霊体を見られる眼が、幼い頃よりそれ等を認識している意識がようやく可能にする。

 何処まで拡がっているか、ではなく。何処に拡がっているか、を確認することを。

「やっぱりネ。あの霊体達、こっちに降りてこなイ。空にしかいなイ」

 あれほど拡がっているのに、密集しているのに。

 一体たりとも、市街地にはいない。全てが空で浮遊するばかり。

 そう、それこそまるでーーー……、生け簀に放り込まれた稚魚だ。枠組みで囲まれ、大海へ泳ぎ出すことさえ赦されぬ、稚魚。

「……何処からかは解らないけド、少なくともこの町には入ってこれてないヨ。この世界は文字だけじゃなくて町の構造も面倒カ? 私まだ漢字解らないしひらがなも憶え切れてないヨー。でもカタカナと英語は覚えたネ!」

「文字が厄介なのは認めるが、町に何らかの構造があるとは思えない。創造級に関わりがあると考えるのが打倒だな。……能城さん」

「えぇ、調べてみます」

「ちョ、褒めてくれたっていいじゃないカー!」

「解ったから静かにしていろ。この仕事が終わったら漢字ドリルをくれてやる。幼稚園児向けのな」

 そんな会話を背に、太ましい指先が掲げるのは三枚の護符。

 記された文字は能城の故郷である、筧が生まれた日本とはまた違う日本の信仰神の名を表したものだろうか。そこに異界の文字も書き加えられているのを見るに、恐らく彼独自の護符なのだろう。

 能城はそれを三文に開くと腰元から朱肉を取り出し、中央に指先で六芒星を描きあげた。

 そして、一言。

「無天童子、遊惑之戯願ヒ賜ウ」

 けひひひ。きゃはははは。うふふふふ。

 子供達の楽しげな声が反響する。密室でもないのに全方位から、空気へ融け込み、流れ出るように。

 びくりとクロミーが肩を揺らし、筧はふと頭上を見上げた。そんな彼等の肩を、鼻先を、重みのない幼足がふわりと踏んづけいく。

 霊体群がる濁空へ、東洋の民族衣装を纏った子供達が融け込んでいく。

 水に溶かしたインクのように。空へ散る白煙のように。

「少しばかり悪戯好きですが……、頼れる子達ですよ」

 気付けばクロミーの触手じみた髪が三つ編みにされていて、筧の懐からは煙草が数本消えていた。ワースに到っては頭に雑草の花がくっつけられている。

 いつの間にとは思うが、能城が降臨させたのは精霊だろう。霊体人間と獣人のハーフであるクロミーや機械個人であるワースともまた一線を画する『異貌』だ。

「無天童子達はやんちゃで、何より自由に遊ぶことを好みます。子供が無意識のうちに行きたがらないところさえ、彼等の遊び場になる」

 隣町や山奥、それこそ筧達がいる廃墟のような場所まで。

 無天童子とはそういった場所に行き、帰れず死に絶えてしまった子供の妖怪、若しくは神隠しにあった子供の妖怪なのだそうだ。

 それを能城が契約し、こうして使役しているのである。

 妖怪学を学び、霊体世界でさらに知識を深め、降臨術を極めた彼ならではと言ったところう。

「故に、彼等の行く場所に際限はありません。いえ、際限ある場所こそ彼等の遊び場になる。……そして遊び荒らされればそこは意味合いを失い、ただの遊び場になるんです」

 隣町は冒険の世界へ。

 山奥は土遊び場へ。

 廃墟は秘密基地へ。

「結界が張られているのならば、彼等はそこに向かいます。そうすれば結界を遊び場にーーー……」

 その言葉を、掻き消して。

 彼等の頭蓋が殴られる。巨大な鈍器で殴打される。

 違う、そうではない。脳髄を揺らし、意識さえ混濁させるほどの轟音が彼等を揺さ振ったのだ。

 皆が反射的にその場へ倒れ込み頭を護る。機械個人であるワースでさえ防衛電磁機能を発動させた、が。

 彼の眼前に拡がるはずの電子形成シールドは光の粒子となって霧散した。

「エラー発生で」

 言い終わらせる間もなく、ワースの頭部に瓦礫が直撃する。

 瓦礫に抉られ、弾け飛んでいく彼の眼球パーツが辛うじて捉えたのは凄まじい爆炎だった。爆発。自身の頭蓋へ瓦礫を飛ばしたのは、あの爆発による爆風か。いや、だが、あの爆炎の場所は、方角は、まさか。

 対象拠点のーーー……、大学病院か。

「ワース・セブンスリー……!!」

 筧の絶叫さえも、爆音に掻き消される。

 否、それだけではない。皆と同じく伏せていたはずの能城が立ち上がり、空に向かって何かを叫んでいる。それさえも掻き消している。

 クロミーは叫びさえ聞こえなかったが、何事かと能城の視線に合わせた。同じく空を見上げ、事態を把握しようとして、後悔した。

 見なければ良かった、と。それ以上にこんな世界に来なければ良かった、と。

 能城が降臨させた無天童子に群がり、貪り、引き裂く霊体達。悲痛なる慟哭と共に逃げようと藻掻く子供達の姿。

 やめてーーー……、と。彼女は弱々しく、そう零すことしかできなかった。

「ワース……! ワースッ!!」

 間もなく収まった爆炎の尾を引き摺るように、無天童子達の慟哭が世界へこだまする。

 筧はそれを掻き分け、這いずるようにワースへと駆け寄った。

 身体機械から発熱、及び発煙。頭脳回路への損傷により各部位が過剰作動(オーバーヒート)している。

 十数センチほど手を近付けただけでも火傷しそうなほど凄まじい熱量だ。発煙にも黒い靄が混じりだしている。

 彼の眼球から直結する眼孔部分のモニターにはモザイクが氾濫しており、言語能力もまともに機能していないことが解った。

 何かを伝えようと腕を伸ばしているのだろうが、その腕さえ持ち上がっていない状態だ。

機体(ボディ)……、は、もう駄目か! 電脳素体を取り出して……!! いや、ロック済み!? 感染(クラッキング)防止か!! 解除は、ここでは難しいッ……!!」

 筧は自身のパワードスーツの腰元部分にある、上下に並ぶ着脱スイッチを連続してオフにしていく。すると密閉されていたパワードスーツの隙間に空気が吹き込み、凄まじい膨脹音と共にスーツが剥がれ落ちた。

 筧は迷うことなくそれ等の胴体部分をワースの機体へ装着させる。熱量により接触が難しいので蹴り上げるようにして転がしながら、だ。

 そして彼は再び着脱スイッチをオンにする。衝撃やある程度の気熱なら遮断するパワードスーツだ。今のワースが放つ熱も、充分に遮断できよう。これで運ぶことができる。

 彼はパワードスーツに覆われたワースを脇に抱え上げ、重圧に下半身を痛めながらも歯牙を食い縛って階下への一歩を踏み出した。

「二人とも……、能城さん、クロミー! 急いで中へ! 開けた場所は危険だ!!」

 能城は筧の声に一瞬反応するが、遙か上空で貪り喰らわれ、もう悲鳴さえ聞こえない無天童子から離れられずにいた。

 二体の無天童子を中心とした渦からあぶれた、霊体達の視線がこちらに向いている。空に浮かぶ幾千の眼がこちらを見ている。

 視線の雨。憎悪の嵐。それを視認できてしまうクロミーは最早、立ち上がることさえできなかった。

 違う。今まで見てきた霊体達と全く違う。あんなもの、もう霊体などではない。悪霊でさえない。

 もっとおぞましいーーー……、憎悪だとか殺意だとか、そんなものではなくて。

 この世の怨嗟を喚くような、声さえなく括り殺すような。もっと、恐ろしいものだ。

「……行きましょう、クロミー君」

 そんな彼女の肩を掴み、ほとんど引き摺るようにして能城は彼女を抱え上げた。

 何を、と困惑の声は出ない。クロミーの指先をじっとりとした嫌な感触が伝っていたからだ。

 涙だった。脂汗に等しく泥に相応しく。それは最早、血涙とさえ言えただろう。離れたくないと泣き叫ぶ両脚の、涙でもあったのだろう。

「このまま下の個室まで走ります! 上には視線を合わせないで!!」

 彼等は、筧の指令と共に屋上から階下へ疾駆する。

 未だ降り注ぐ視線の雨が止むことはない。例え、彼等の姿が消えようと。

 ただ霊体達は腕を伸ばす。とどくはずのない、見えるはずもない壁に向かって手を伸ばす。

 そして指先を這わせるのだ。爪先で引っ掻くのだ。

 かりかりかり、かりかりかり、かりかりかりーーー……、と。

 視線の豪雨よりも、遙かに激しく、虚しく。世界に墜ちるはずもない欠片となりて。

 かりかりかりかりかりかりかりかりかり。幾千幾億の爪が、空を掻き毟る。

 ただその世界へ戻るように。憎悪を、指爪へ躙るように。

 

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