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【B-2】

【B-2】

 

 捻り曲がった世界があった。机が螺旋階段のように、一室の中央へ向かって弧を描いている。

 上を見上げれば対面に座る者の顔が見える、なんて。そんなとんでもない会議室には総勢数百人近い者達の影があった。

 この異次元会議室はそういう構造なのだ。的確に音を伝え各員に阻害されないよう映像を見せるための、より効率的に特化した、そういう風に作られた異次元(・・・)

 そして、その異次元にある螺旋机の先。螺旋の終わりか始まりか、どちらかは解らないが突き詰めたその場所にはスーツ姿の男がいた。

 スーツの質や立振舞の威厳さからして相応に地位があるのだろう。見た目は二十後半か三十前か。ともあれ、その男はそこに居て。

 しかめた眉根を崩すことなく、低く鋭い声を螺旋へ通す。

「第七指定区域。特越ランク指定。コード[R―J773]。能力は『創造』級。間違いなく最高位だ」

 坦々と読み上げられていく言葉は、常の世界に生きる者が知るべきところではない。

 表があるならば裏がある。裏があるならば表がある。然れど二つあるならば境目がある。

 彼等はその世界に生きるべき存在だ。この異端に混ざり合い、黒さえ超えた混沌の深淵に。

 魔法、魔術、超能力、念力、超常現象、未確認生物、SCP、絶技、神々、精霊、妖精、次元法、憑依法、呪術、言霊、機戦鎧、魔機武刃、異次元人、宇宙人、異界人、魔獣、超人、機人、現神人、パラレルワールド、異空間、表層世界、地底界、海底遺跡、亡歴の遺物ーーー……、etc.etc。

 世界には、全てが混ざり合う。このちっぽけ過ぎる星に収まりきるはずもない、それ等が。

 表でも裏でもなく、その狭間にてーーー……、幾千の刃を交わし、幾千の詞を述べ、幾千の願いを持って、余りに小さな狭間の世界に押し込められている。

 現世来世過去未来永劫に到るまで、全て引っくるめた世界は、次元は、或いは人智を越えた何かは。

 それらを総して『異貌』と呼んだ。

「……良いか諸君。もう一度言う」

 そしてここは、その異貌を狩る者達が集う異貌狩り組織の本部。

 さらに言えば数百ある会議室の、次元という壁で隔てられた、特に秘匿されるべき一室だ。

 少なくとも使われることは稀な、稀であるべき空間。

 だが現在はその空間に幾百の姿がある。その空間を使うべき異貌を狩るべく集まった者達の姿が、幾百と。

「今回のターゲットは創造級。超能力とも特異体質とも魔術魔法や次元法にさえ分類されない最高位の力だ。君達は精鋭だが、それら全てを持っても足りない場合さえ、我々は予測している」

「はいはーいしつもーんっ!」

 闇を照らす翡翠色の灯りを撫でて腕を上げたのは、へらへらした男。

 人間ではない。口元を頑強なブラックレザーで覆ってこそいるが、その歯牙や顔面は正しくトカゲだ。人間の形をした、トカゲだ。

 翻った鱗だとかぎょろりと向いた眼だとか。少し丸められた指先の爪は、それだけで鈍らナイフの倍は切れるだろう。

 螺旋の果てにいるスーツの人物は、数百メートル離れているはずなのに目の前にいるような、声さえも息遣いが聞こえるほど近いという状況に目眩と息を落とす。

 何度使ってもこの会議室は慣れないな。そんな風に零しながら、資料の座席表を指し示して一旦説明を止めた。

「……ジヅェルン傭兵部隊長のバラヌス・ストリエか。何だ?」

「そのさぁ、情報? 何で解ったのよ。いや情報じゃない。そんなのは情報じゃああああああない。情報じゃないんだよなぁあああああ」

「何が言いたい」

「やや、だからさ。創造級ってのは別にいいよ。俺等を集めたのも別にいい。だけどねェ。今から戦地に命掛けて赴く俺等に『相手は俺等を鼻くそほじりながらころせまーす』って宣伝してさぁ。何て嫌がらせ? それ。戦地に赴く前にセンチになっちゃう。……戦地だけに!」

 沈黙七割。呆れため息二割。苦笑一割。

 反対および糾弾、なし。

「おたくにも面子があるんだろうけどよ。俺等だって命掛けてんだ。そんな飯も食えねぇ面の皮よか俺達の安全と計画の成功率を優先するのが組織ってもんじゃなあああああああああいのん?」

「……その台詞は尤もだがな、バラヌス。せめてこちらの説明を最後まで聞いてから言うものではないか」

「その通りだけど。俺あれだから。セッカチ?」

 けらけらけら。笑う度にレザーの布地から赤舌と白牙が覗く。

 呆れため息が一割増えた。

「……だがしかし、君の言うことも尤もだ。この界隈では情報一つで生きるか死ぬかが決まるのも珍しくないという事は諸君も理解しているだろう。だが、だからこそ勘違いしないで欲しい。我々は今から述べる情報を隠すつもりはない。敢えて隠すのなら名誉の為であるがーーー……、その名誉を持つべき者達は、もう居ない」

 スーツ姿の彼は資料を置いて、両腕を螺旋の机に突っ伏した。

 一息、二息。その言葉は喋るだけで覚悟がいる。自分に。

 そして同時に覚悟を試す。彼等に。

紫紋(デルタ)が全滅した」

 ある者は息を呑み、ある者は眼を見開き、ある者は驚嘆に叫びを上げ。

 バラヌスは、レザーの下にある牙を極限まで開き切る。

 驚嘆でも恐怖でもない。歓喜に、よって。

「諸君も知っての通り紫紋(デルタ)は異貌狩りの傭兵でも最強格だ。特に主戦力である召喚部隊の任務に対する迅速さや的確さは当組織でさえ重宝していた」

「馬鹿な! 彼等は崩壊し掛けた世界を七つは救っている集団ですよ!? それが、負けるなんて」

 螺旋を貫く否定の声。

 然れど、男は怯まない。

「今回、我々は第二部隊となる諸君を収拾する予定などなかったのだ。創造級に対し紫紋(デルタ)の投下のみで事足りるだろう、と。だがそれは認識が甘かった。甘すぎた。第一部隊である紫紋(デルタ)は投入から異界時間で計測するところの数日で全部隊、及び予備援軍共々、全滅した」

 今ここで話している、これから話す情報は彼等が死に物狂いで送ってきた遺言なのだ、と。

 そう言い切った後にはもう、ざわめきは止まっていた。

 いや、席を立って一室から退出する者もちらほらと見えている。

 元よりそれを咎めるつもりはないがーーー……、やはり切り出し方がマズかったかとスーツ姿の男は頭を掻きむしった。

「今から三十分の休憩を取る! 各自、その間にこの依頼を受けるか検討しておくように!!」

 ぶっきらぼうな叫びと共にスーツ姿の男は資料を螺旋の机に叩き付けた。

 それを合図として荷物を抱え上げて帰り支度する者、頑なに席を動かない者、顔見知りに相談しに行く者と様々に。

 やがて在席よりも空席が目立ち始めた頃、スーツ姿の男は眉間を抑えながら、目眩の原因で

 ある螺旋机から目を離して、ゆっくりと部屋の壁伝いに退室していくのであった。

 

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