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【B】

【B】

 

「貴方達には貴方達のやり方。私には私のやり方がある。それだけのことよ」

「……そうですか、そう仰るのでしたらこれ以上は何も言いません。ご自由になさってください」

 紫紋(デルタ)副官が呆れ顔でそう言い放った。

 第一部隊が計画を開始する数時間前、多くの装備が開け広げられ、まるで夜襲部隊が駐屯しているのかと思うほどに密度が集まった山奥での会話だ。

 この作戦が開始されてから、彼等の行動は実に迅速だった。部隊を展開し、偵察部隊を編成し、機材を設置し、主力である召喚部隊を待機させ、補助に回る異獣人部隊と軽装部隊を配備した。

 後は偵察部隊による地理と相手の異貌数値によるデータを元に指揮官が作戦を通達し、腕を振れば全てが終わる。

 この界隈でもトップクラスに統率された彼等だからこその、迅速で的確な姿勢だった。

「しかし残念ですね。『魔眼』の極月暮刃の協力があれば計画はより強固なものとなったでしょうに」

「買い被り過ぎよ。こちとら普通の人間なのに」

「面白い冗談だ。部下達が聞いたら大ウケですよ」

「……冗談のつもりは、ないのだけれど」

 副官はそれこそ面白い冗談ですと付け足して、席を立つ。

 彼は本営のテントに潜り込みながら老齢の総隊長に何かを耳打ちし、やがて極月に軽く会釈した。

 その隙間から見える白髪に隠れた眼光を受けると共に極月もまた、席を立つ。

「……ま、好きにやらせてもらうわ」

 この時点で極月は紫紋(デルタ)と別行動を取ることを決めていた。

 心の中ではもう幾日もしない内に任務は終わり、彼等の祝砲が聞こえるのだろう、と。

 自分も無名でこそないが、彼等はさらに名を馳せた存在であり、有志の参加者である自分とは違って組織に直接指名を受けた彼等だ。

 むかっ腹が立つがその実力は確かである。自分が動くよりも彼等に任せた方がより的確だし、何よりあの連中に利用されることが気に食わなかったのだ。

 終わらせるならば終わらせれば良い。創造級と聞いて期待していたが、自身の忌まわしき魔眼をどうにかできるようなものではないだろう。

 彼女はそんな思想を舌打ちで掻き消した。勝手にしてくれと言わんばかりに。

 そして、極月暮刃という女はーーー……。

「…………」

 その日の夜に、業火猛る町を見た。

「これは……」

 明らかに紫紋(デルタ)のやり方ではない。

 例え想定外のことがあったとしても、彼等がこんな雑な作戦を行うものか。

 作戦開始から推定で八時間以上。一つの作戦が失敗したとは言え総崩れになるには余りに早すぎる。

「いったい、何が……?」

 彼女は片目レンズを取り出し、尺度を調整する。

 フェイネーン社のレヴォック単33型だ。補足距離は直線百七十六キロメートルに到達する。

 また尺度調整によっては追尾から解析というギミックが発動して対象を明確に判別することが可能、なのだが、その片目レンズが作動することはなかった。

 故障、ではない。装備の点検は出発前に幾度も行っている。

 だとすれば、これはーーー……、と。その思考を打ち切って、背後にそれは現れる。

「……チッ」

 創造級の対象が召喚したものか使役しているものかは知らないし随分とノロマだが、敵に違いはない。

 木々に融け込む浅黒い緑の体躯と、首から肩に掛けての湾曲したフォルム。そしてその中央に浮かぶ白の双眸。

 対し、彼女は即座に役立たずの片目レンズを投擲した。そして相手の注意がそれに向いたのを見計らい、小型のマスケット銃を抜いて撃ち抜いた。

 片目レンズの硝子が飛散する。月光に煌めき、怪物共の体へと融け込んだ。

 だが、銃弾はどぷりと沈み、化け物は少し体躯を揺れ動かしたが、仰け反るだけで。

「面倒な……」

 次弾、装填。

 撃鉄を引き照準を定め、引き金に指を掛ける。

 素早く的確に。相手の機動力を奪うため、足首へ狙いを、と。

 彼女の隻眼が細く尖った。銃口を向けた足首がぐるんと翻り、異貌達は山の中へと去って行ったのだ。

 無論、追うことも考えたが明らかに異様な行動だ。どうして今、背を見せるのか。それこそまるで自分など、もう見えていないかのように。

「…………?」

 後追いするよりも彼女はまず法則を見つけることに専念した。

 そして翌日の明朝。彼女は異貌に対する防衛機構という法則を発見することになる。

 町中に煙草の吸い殻が如く転がる、紫紋(デルタ)達の遺骸と共に。

「……この世界は」

 彼女の手元に残された資料はただ一枚。

 紫紋(デルタ)達が組織本部に通達した、創造級の対象の所在地だった。

「何かが、おかしい」

 この世界の常識(ルール)さえ発動させなければこの世界の防衛機構は反応しない。

 その法則さえ見つけてしまえば後は調査するだけだった。極月はただただ地道に調べ上げた。

 もし、この世界が防衛機構以外の特徴を持たなければ極月はきっと数ヶ月近い時をここで過ごすことになっただろう。

 いや、事実過ごしているのだけれど。それでも彼女が街頭で目にするテレビニュースのアナウンサーが七つの数字以外を口にすることはなかった。

 一週間が繰り返されている。この世界は月曜から始まり日曜日に終わり、また月曜日から始まるのだ。明日という日がこない。一定の周期を延々と輪廻させている。

 一年という単位ではなく、一週間という終わりなき周期こそがこの世界に赦された時間(・・)だった。

「……何故、一週間を? いや、そもそもこの世界は何から創られ、何の為に繰り返される? この世界は、何の為にある?」

 大学病院に潜入し、女医として身分を偽り、片っ端から患者を調べていく。

 環状的な日々のほとんどをこれに費やし、彼女はある日ようやくその人物へと辿り着いた。

 その少女はある心臓の病気で入院していて既に数年ほど経過していると資料にはあった。

 しかしその数年に手術が行われた形跡も、かと言って病院を移転した形跡もない。

 彼女はそれこそ象徴的な人形(・・)のように、その個室に存在し続けていたのだ。

 それが、緋日。識那が共に歩もうと心に決めた、大切な少女だった。

資料(カルテ)もそうだけれど、経歴や何から何までがちぐはぐ過ぎる。彼女はいったい、何のためにこの病院へ……?」

 それを見極める為に彼女は担当医に成り代わり、繰り返される一週間で彼女に話を聞き続けた。面会時間を増やすために彼女を一般病棟へ移すため、細工したこともあった。看護師達は所詮、防衛機構の一端でしかなかった為にこれは難しくなかったし、資料に色々と書き込んでメモすることも容易だった。

 ただ、強いて言うなら、緋日という少女の気を引こうと下らない話から、踏み込んだ話までをでっち上げる方が余ほど大変だった。

 そして、六日目。幾度となく繰り返した一週間の中で彼女はようやくそれを口にしたのである。

 『ハーメルンの笛吹き』と『御弦木識那』。大切な、二つの名前を。

「緋日ちゃんは、識那君とどういう関係?」

「…………さぁ」

「教えてよぉー!」

 道化た自分の問いに彼女が答えることはなかった。

 下らない話にも、御弦木識那という青年の話にも。

 けれど一つだけ、窓の外に何があるのか。その質問にだけは興味を示す。

 人形のように、いや事実人形であったのだけれど、ずっと眺め続けている窓の外についての問いにだけは。

 もっとも、その興味も何を指すか定かではない答えに成り代わるのだが。

「…………」

 彼女は次に御弦木識那を調べた。ある時は教師にすり替わって侵入したこともあった。

 そうして感じたのは、違和感。余りに温かすぎる。まるで少女漫画のように、誰もが彼等を受け入れている。

 識那という青年と緋日という少女。二人を応援し、学生には重要な受験前だと言うのにパーティーを開く準備までしている。

 教師もそれを止めることはなくて。まるで、彼と彼女のためだけに世界が動いているようだった。

「……ふむ」

 極月はこの時点でほぼ確信に近いものを得ていた。

 窓の外を眺める緋日という人形。それを毎日のように見舞う御弦木識那という青年。

 ちぐはぐな資料も、異様に温かい周辺の人達も。全てがハートフルストーリーのお手本のように進んでいる。

 ――――嗚呼、これではまるで夢物語(・・・)のようではないか、と。

「この世界は……」

 全ての決め手となったのは、この世界の外だった。

 町の外。駅からの電車やバスを使っても出ることはできず、徒歩でようやく辿り着いた場所にも結界が張られていた。

 防衛機構に反応されることを覚悟で魔眼を使用し、一時的に結界を破って歩み出たその場所。

 拡がるのは無限に等しき、種草一本さえない荒野ばかり。

「彼等のために作られているんじゃない」

 魔眼を通して見えるのは、おびただしい数の霊体達。

 蠢き、悲鳴を上げ、怨嗟を叫び、喉を掻きむしり。自らの肉で、声で、顔で幸福を驕る者達に血涙を流す者達。

「彼女のためだけに、ある……」

 そうして極月はこの町に戻った。

 この町の、この世界の仕掛けを理解し、その条件と理由も理解した。

 その上で彼女は安寧を手に入れた。完全にこの世界に融け込むことで魔眼の苦痛を忘れられた。

 だが、彼女にとって魔眼の苦痛は指して重要ではない。確かに忘れられるのなら、忘れたいものではある。

 けれどそれ以上に、自分と同じく奇異なる運命を背負ってしまった二人を引き離すことを、躊躇ったのだ。

 彼等の幸福を、自身が得られなかった幸福を、壊したくなかったのだーーー……。

 

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