【A-6】
【A-6】
「見失っちゃったなぁ……」
夕暮れの暁が沈み、ちらほらと外灯がつき出した夜始め。
識那は未だ燦々と輝き、子供連れの主婦や会社帰りのサラリーマンが見える商店街にいた。
視界の端々では鮮魚店の若い男店員が魚を掲げて決まり文句を叫び、張り合うように八百屋の親父が大根を掲げ挙げて喚いている。
鼻先をくすぐるのはコロッケ屋の、閉店間際だと言うのに相変わらず揚げたてなコロッケ。あの店は偶に同級生達と寄ることがある。店主は気の良いおばちゃんだ。
それからおもちゃ屋に和菓子屋、あとーーー……。
「っと、そうじゃなくて」
何処か非日常な日常に微睡みながらも、彼はハッとして本来の目的を思い出した。
そうだ、女医だ。彼女を追っていたのだった。それで態々家と反対方向のここまで来たのだ。
普段はおちゃらけた彼女が、何処か異様な雰囲気を纏っていたから、それをーーー……、と。
そこまで思い出して、連鎖する釣り針のように、彼は記憶を引き上げる。
いや、それとも目端に映った見慣れたエプロン姿のマスコットキャラクターのせいか。
どちらにせよ、彼は自身の興味より優先すべき事柄を思い出した。その際にあぁっと商店街中に響き渡るような大声を出して。
「し、しまった……! 緋日に、本……! あ、それより面会時間!! やばいやばいやばい!!」
時計を見ようとした目が鞄を漁る手にいって、本屋に行こうとした左足が病院へ行こうとする右足になって。
その場でわたわたと慌てふためく彼は随分と滑稽に映っただろう。
ただし子供に挨拶しただけで警察に肩を叩かれるような現代では見事に不審者扱いである。
道行く主婦がそろそろ通報しようかとタブレットに手を伸ばした、その時。
「あっれー? 御弦木君だぁ」
彼の肩を叩いたのは警察、ではなくて。気抜けた声と微かに火照った顔色を浮かべる女医だった。
まさか尾行していた人に声を掛けられるとは思わなかったのだろう。識那は一層慌てて何語かも分からない言葉を早口に述べまくる。
結局、舌先を噛んで悶絶するハメになるわけだが。
「あらら、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……。それより先生、どうして……」
「ん、あぁ。焼き肉行って温泉入ってきたのよ。久々に時間空いたからちょっと贅沢でねー。高く付いたけどやっぱ自分の時間がない仕事でしょ? これぐらいやってもバチは当たらないと思うのよ~」
火照りを冷ますためか、彼女はぱたぱたと指先で頬を仰ぐ。
何処か色っぽいその姿に赤くなりながらも、識那は急いでいたことを思い出しびくりと肩を跳ね上げた。
そうだ、忘れてはいけない。彼女に本を、ハーメルンの笛吹きを買って謝りに行かなければ。
「ありゃ? 何か急ぎの用?」
「あ、えっと……、その、緋日のお見舞いに……。で、でも時間が……」
「ん、確かにもう時間ないね。ここからじゃ走っていっても間に合うかどうか……」
「そうなんです。昨日、あんまり良い別れ方しなかったから、絵本持って謝ろうと思って……。でも、まだ絵本も買ってなくて。今から買ってたら間に合わないし……」
「なるほどなるほど、あいあい解った! そーゆーコトなら私に任せなさぁい!」
彼女が懐から取り出し、手袋に覆われた指先でくるんと廻して見せたのは車のキー。
そして洋画で絶対生き残るポジションの黒人よろしく、親指を立ててにっかり笑いながら。
「ヘイ、ボーイ! 乗ってきな!」
随分と役柄に入ったものである。
識那が反応に困っていると、再びズビシッとグッジョブポーズ。主婦の視線が識那から女医へ向いた気がする。
放って置いたら三回目ぐらいからポーズも返そうだし、如何にもリアクションくださいと言わんばかりに目を輝かせているし。
間もなく識那は大きなため息と苦笑を合わせて吐き出し、お願いしますと頭を下げるのであった。




