逆転の一手
ゴルドナとの戦闘を終えてリンの下に戻ると、外は静かなものだった。ゴルドナほど規格外のドワーフは早々いないようだ。
「リン、敵の様子はどうだ?」
「今のところは何の反応はありません。ですが、門の近くから音がするんです」
「音?」
「はい。どこから音がするのか、何の音なのかわからないのですが、音がするのです」
俺はリンに言われて耳を澄ませる。確かに「ガッガッガッ」と音がする。門に耳を当ててみるが、門の向こうではないようだ。俺は空を見上げるが何もない。地面に耳を当てる。
「リン!地面だ。地面から何か音がする」
「地面ですか?」
俺が言うとリンも地面に耳をつける。すると、地面を削るような音が聞こえてくるのだ。
「向こうは、地面を掘ってきてるんだ」
「掘ってきてる?」
俺の言葉が理解できない様子のリンに説明する間もなく。敵の出現の方が速かった。地面に人が通れるぐらいの穴が空き、モグラ人が顔を出す。手には長い爪があり、目元にはサングラスをしていた。
「何者だ!」
俺が叫ぶと同時にゴブリン達が槍をモグラに向ける。
「ふぅ~穏やかやないねぇ」
「答えろ」
「せっかちな旦那はんや。おらはノーム族のモグ。ドワーフ族の依頼で穴を掘ったまでや」
「ドワーフ族?」
「旦那たち。出番やで」
そういうとモグは穴の中に顔を隠し、代わりに髭面の厳ついおっさんが顔を出す。
「我らが族長はどこだ?」
一人のドワーフが穴から出て来ると、次の奴が穴から出ようとしたので、俺は魔法を放った。
「グワッ!」
「何をする!」
二人目が魔法の餌食になって落下していった。その下にも何人かいたのか、ドスドスと続けて音がする。
「お前達はバカか?敵が中に入ってきたら倒すのが当たり前だろ」
「クソッ!我らが族長が貴様らに引き入れられたから我々はここまで来たに過ぎん。族長は無事なのか?」
「無事だが、引き渡しはできんな」
「何っ!」
「お前はやっぱりバカだな。捕まえた捕虜を何もなしに返すと思うのか。何より、この場で貴様等全員捕まえても良いんだぞ」
「そんなことできると!」
俺は躊躇なく穴に魔法を放つ。ストーンエッジの魔法は逃げ場のない穴に巨大な石で蓋をする。モグがいればいくらでも穴は開かれるだろうが、ノロマなドワーフを何人か道連れにはできるだろう。
「それで?何の用だ?」
俺は改めて一人だけ出てきたドワーフに質問を投げかける。バカな返答をすれば次はないと右手を掲げて問いかける。
「交渉をしたい。族長を返してほしい」
「ふむ。交渉は応じよう。それで?そちらの提示するものはなんだ?」
「我々の武器を差し出す。ドワーフが作った武器だ。どの国に行っても手が出るほど欲しがるものだ」
「いらん」
ドワーフのプレゼンに対して、俺はキッパリと切って捨てる。オークなどは勿体無さそうな顔で俺を見るが、今はそんなものをもらってもどうにもできん。
「ではでは、我々ドワーフがお前に寝返るというのはどうだ?それならば我々全てを受けいれ、お前も戦力増強できる」
「おしい」
俺は掌に魔力を溜める。出てきたオッサンドワーフも俺の魔力に気付いたようだ。焦って答えを出そうとする。
「ではでは、この霧を消すというのはどうだ?」
「どうやって?」
「我々がハイエルフと交渉して消させる」
「無駄だろうな。お前はバカだし、戦いに有利なモノを態々とってこれるほどハイエルフがお人よしだとも思えん」
俺の言葉にドワーフは打つ手がないのか、頭を抱え込む。
「なら、おらがあんさんの味方をしてやるっていうのはどうや?」
頭を抱えるドワーフに代わり、ノーム族のモグが顔を出す。
「お前が味方して何ができる?」
「穴を掘れるで。霧の届かない範囲で行動ができる」
モグの提案は魅力的である。しかし、モグが裏切らないという保証がない。
「お前が裏切らない保証がないぞ」
「ノーム族の娘を人質に出してもええで」
「どうして、そこまでする?」
「おらたちにとって、あの方が我々の柱やからや」
ゴルドナを返す意味を考える。もしもモグの言うとおり、ゴルドナにそれだけの価値があるのなら、モグが仲間になるだけでは足りない。
「モグが言うことが正しいなら、お前が味方するだけでは足らんな。この霧を消すか、ハイエルフの首をとってきもらおうか」
「それは……できんな。戦ってもあの方には勝てんし、あの方は我々のために戦ってくださってるんやで、恩義があるがな」
どうやらゴルドナの話は間違いではないらしい。裏切りのハイエルフと言われながらも、ハイエルフは十分に慕われている。他のエルフたちがどうして、彼女を裏切ったのかはしらないが、どちらが正しいのかわからない。
それでも俺の立場では、ガルガンディアの民を救う必要がある。
「なら、ノーム族及びドワーフ族は我が軍としてハイエルフと戦え、お前達がどれくらいいるかしらないが、俺達を勝たせろ」
「勝たせろて、どないせいいうんや」
「お前達が仲間割れでもなんでもすればいいだろ」
「そないなこと!」
「ゴルドナのオッサンは言っていたぞ。戦場に卑怯何て言葉はないってな。ならどんな手でも使えオッサンを助けたいならな」
俺の言葉に黙って話を聞いていたドワーフは沈痛な顔になり、モグも長い爪で頭を掻く。
「人間、お前は酷い奴だな」
「ここが戦場だからな」
ゴルドナのオッサンほど心が強ければ敬意を払う。だが、こいつらには覚悟がない。そんな相手に交渉する価値はない。
「お前……どこかゴルドナの大将に似とるな」
モグが言った言葉でドワーフが覚悟を決める。
「我が名はドワーフ族の戦士、ハンチャ。我等が族長を助けるため、どんな手でも使います。少年、いや名を教えてもらえるか」
「ヨハンだ」
「ヨハン殿が言うことはもっともである。我々は大将を助けるため、今この時より、ヨハン殿の配下となりましょうぞ」
ハンチャと名乗ったドワーフは膝を突き、俺に礼を尽くす。ドワーフと言う種族はガサツだという印象が強いが、義理堅く人情深い。仲間を助けるために自らの命を差し出す者もいる。
「言っている意味がわからん。俺の配下になるとはどういう意味だ?」
「そのままの意味です。我々の大将はゴルドナ様です。しかし、大将が捕まり、大将を救い出すために我々は覚悟を示さなければならない。その覚悟この命を持って示しましょうぞ」
ハンチャは本気だった。本気でドワーフの権限をヨハンに委ねようとしていた。
「お前は本当に馬鹿だな」
俺は逆転の一手を手に入れた。
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