黒騎士
ここが戦場であることは間違いない。
どうして恋愛ミレーションゲームの中で、本格戦争をすることになるのかと、それでもこれは現実であり、俺は戦場に立っている。
「なぁ、お前は死にたいのか?」
目の前には黒い鎧で身を固めた騎士が立っている。
「死にたくはない。でも、俺の親友はこの戦いでイベントを消化する。それにはあんたが邪魔なんだ」
「意味がわからんが、ヤダねぇ~。俺はお前みたいな小僧を相手にする気はないのによ。俺はこの戦場で活躍して本当の騎士になるのが目的だ。お前みたいな小物なんて倒しても、なんの自慢にもならんだろうが」
黒騎士はどうやらまだ騎士ではないらしい。しかし、今まで出会ったどの騎士や兵士よりも圧倒的な存在感があり、大剣を肩に担いで男前な笑顔を浮かべる姿は様になっている。
「あんたは確かに強い。この戦場の中で飛び抜けていることは認める。だけど、俺の相棒があんたが庇った指揮官を倒す。それでこのイベントは終わりだ」
「ふ~ん。なら、お前を倒してお前の指揮官を俺が殺せば俺の問題も解決だな」
「あんたにはできない。俺が邪魔するからな」
「やってみろよ」
大剣は重みにより重心を定めることができない。
どうしてもその重みに体が流されるのだ。
しかし、黒騎士が使う大剣は大剣であって、大剣ではなかった。ノロマな動きは全くなく、振った音が後から聞こえてくるのだ。人の所業ではありえない。
「いきなりトップギアかよ!」
「おいおい。これが全力だとでも思ったのか」
さらに加速した斬撃が俺を襲う。必死に避け、攻撃を防ぐ。俺の筋力では一撃を防いでも身体ごと吹っ飛ばされる。
ギリギリで躱しているはずなのに風圧で頬を斬られる。飛んでくる土石で怪我をする。その度に自分に回復魔法をかけた。俺は時間を稼げればいい。
「回復魔法か、兵士が回復魔法とは珍しいことだ」
黒騎士は段々と面白い獲物を見るような目で俺を見てくる。
「なぁ、小僧。この戦場はもうすぐ終わる」
いきなり話し出した黒騎士に警戒を強める。
「まぁ、共和国側の負けだろうな。俺は傭兵だから金さえもらえれば関係ないが、それでも武功は立てておかなければ次の戦いで雇ってもらえんからな。お前の後ろにいる姫さんは俺がもらうぞ」
どうして話し出したのか、その答えは簡単だった。黒騎士に言われて後ろを振り返れば、銀色の鎧に身を包み、白い白馬に乗った女性が後ろにいた。
普段連れている近衛騎士も連れず、単身で指揮官を倒しにきたのだろう。
「どうして」
俺は怒りで震えそうになる。どうしてミリューゼ様がここにいる。
これでは黒騎士に褒美を差し出しているようなものだ。
「志願兵だな。よくぞ耐えてくれた。ここは私が請け負う」
ミリューゼ様はレイピアを抜いて構える。
「ははは。お前の指揮官殿はやる気みたいだぞ」
姫騎士と呼ばれるだけあり、ミリューゼ様の構えは様になっている。強さを表す威圧もたいしたものだ。
しかし、黒騎士の方が強いと俺は感じた。
なら俺のやることは決まっている。構える両者の間に俺は割り込んだ。
「うん?どうした。貴殿は引いてよいぞ」
「そうだぜ。もうお前との遊びは終わりだ」
二人は邪魔者に向ける視線を俺に注ぐ。それでもこの二人を戦わせてはいけない。
「王女様こそここはお引きください。この男は俺の獲物です。それとも王女様は獲物を横取りなされるのですか?」
俺の言葉にムッとした雰囲気が漂う。
しかし、黒騎士は笑顔を止めた。俺の意図を察したらしい。
「騎士を愚弄するか?」
ミリューゼ様の威圧が俺に向けられる。恐い恐い。それでもミリューゼ様をこいつと戦わせるわけにはいかない。こいつの戦力を分かってもらわなければならないのだ。
「騎士なんて知りませんよ。俺は志願兵ですから」
俺はそういうと、黒騎士へと肉迫する。
斧を振り、スラッシュを決める。それでも足りない、ウォーターカッターで相手のスキを作る。
戦場に来てから俺のレベルは上がっている。それでも黒騎士には到底及ばない。
普通の兵士ならば簡単に倒せる一撃も、黒騎士は軽くいなしてしまう。
「なっ!なんていう戦いだ」
後ろでミリューゼ様の声が聞こえる。黒騎士の強さを目の当たりにしてくれたらしい。
「残念。バカな女が、俺の懐に無条件で飛び込んでくれたものを」
黒騎士も王女様の驚愕した表情に気付いたらしい。これで黒騎士に無謀な戦闘を仕掛けることはないだろう。
このままではミリューゼ様は、黒騎士の強さを知らずに挑んで敗北するところだったのだ。
「そんなこと誰がさせるか」
俺は必死で踊る。ランスもいない。他の騎士もいない。それでもこの戦場で一番強い黒騎士を相手に踊り続ける。
「いい加減にしろ!」
黒騎士がブチ切れた。それはそうだろう。
何度倒してもゾンビのように起き上がれば、嫌にもなる。
それでも俺にできる戦い方はこれしかないんだ。
「もうよい、お主は下がるのだ。お主は十分に戦った」
悲鳴にも似た声が聞こえてきた。片目が血に塗れて開けられない。体も痛いとこだらけで、どこが痛いかわからない。それでも俺は、黒騎士をにらみ続けた。
「我々の勝利だ」
ミリューゼ様が叫んだのは勝鬨が聞こえたからだ。
「ちっ、こんな小僧に時間を稼がれたもんだぜ。なぁ、姫さんよ。あんたの首、次にとっておくぜ」
黒騎士は後ろに控えさせていた黒馬に乗り、その場を離れた。
「俺は生きているのか……」
もう腕が上がらない。ヒールもウォーターも使えない。それでも黒騎士は去った。俺の戦いは終わった。
そう言えばランスは指揮官を倒せたのだろうか?俺はそんなことを思いながら意識を失った。
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