帝国の力
それは突然の出来事だった。西の空が闇に染まり、闇はそのまま落ちてきた。
闇は全てを飲み込み、王国の最西に位置していたシンドリアと呼ばれる街が消えた。そこに住まう幾万人の人々を飲み込み、闇は地を腐らせる。幾百年その地は草も生えぬ死地へと変わり果てた。
帝国が軍を進軍させ起こした大規模な魔法は、多くの遺恨を残すものとなるどういった原理で何が起きたのか、王国側の人間は誰もわからなかった。
王国に一つの歌が広まって行く。それはどこの誰だかわからない吟遊詩人が歌う歌。
「世界は闇に包まれる。闇は全てを飲み込んで、闇は全てを終わらせる
闇を切り裂くことができるのは、我らが天帝様の威光のみ 跪くなら早くしろ、逆らうのならば闇に飲まれよ
闇はすぐそこまで迫ってる 天帝様は寛大だ 天帝様は偉大なお方命がほしくば、我先にと走り出せ、王国に希望なし、王国に光なし、王国は滅ぶだけ」
天帝を称え、帝国の力を闇と例えた歌を歌い続ける吟遊詩人はすぐに手配がかかったが捕まることはなかった。
しかし、この歌は王国内に住まうものに恐怖を植え付けるのに十分な力を発揮した。シンドリアが闇に飲み込まれたこともあり、市民の中には帝国へ亡命しだす者もでた。
「最悪の出だしだな」
ガルガンディアで、この報告を聞いた俺はある兵器を思い出す。
元の世界で全世界を震撼させた兵器は、大規模な爆発を起こし、爆発を起こした後に大地を死滅させた。
「王国の戦況は一気に劣勢に立たされますね」
執務室で、この報告を持ってきたサクが告げる言葉に俺は眉間にしわを寄せる。
「こんな物を使われては、何も抵抗もできませんぞ」
家令となったジェルミーも、この悪夢に頭を抱えることしかできなかった。
「まぁ当分は使われることはないだろうな」
「そうですね。それがいつかはわかりませんが、使われてもあと一度」
俺の言葉にサクが賛同する。二人の言葉を聞いて、ジェルミーが不思議そうな顔をする。
「それはどうしてですかな?」
「まず、帝国も王国の土地がほしいからですね。支配下に置こうと思っているのに、態々死の大地に変えていては、勿体無いでしょ?最初に使ったのは帝国の力を示すためでしょうが、次に使うとすれば戦況を打破するためか、敵の戦意を削ぐために最後のダメ押しをするときだと考えられます。もちろん王国側が圧倒的な不利に陥り、すぐに敗北すれば二度と使われることはないと思いますが」
俺の説明にジェルミーも納得したのか、難しい顔をして黙り込んだ。
「すでに帝国は動いているんだな」
「はい。私の情報では、すでに敵は三日後にはガルガンディアに入ると思われます」
「そうか、敵の数や誰が指揮をしているかわかるか?」
「数は三万、指揮官はわかりません。ですが、推測はできます」
「聴かせてくれ」
サクは本当に有能な人間だ。この情報もサクの影から受けているのだろうが、セリーヌにも同じ情報を伝えていることだろう。
「ガルガンディア領は南に王国、東に山脈、西にセリーヌ領があります。そして砦の周囲はモンスターが多く生息する森に囲まれている。このような状況では騎馬隊は不利だと考えられるので、新鋭の黒騎士や竜に跨る竜騎士は除外します。そして魔法隊はその火力が重視されるため、帝国の闇が使われないのと同じで大地を破壊してしまう恐れがあります。そのようなモノを森で使えば森が失われてしまうので、魔法隊も排除します」
これにより八魔将のうち四人が消える。
竜騎士、黒騎士、死霊王、狂人が消えたことで、残された四人の名が浮かんでくる。
「ではハイエルフか巨人か?」
「私の考えではハイエルフだと思います。巨人は一人だけでも大変な脅威です。それを態々戦い難い森に配置するよりも第二軍が布陣する草原がある中央に使いところです。対してハイエルフは元々が森に住まう者です。その強力な魔力もさることながら森の守護者と呼ばれるほど森を熟知しています」
サクの推測は的を得ていると思う。
「闇法師や魔人はどうだ?」
「闇法師はモンスターテイマーなので、考えられなくはないですが、共和国と同じであれば各隊に織り交ぜてくるのではないでしょうか?司令官さえ居ればモンスターたちを操ることができることは共和国でわかっています。魔人に関しては私も詳しい情報はわからないので、何とも言えませんが、現状を考えるならば、ハイエルフが一番可能性が高いと思われます。次に魔人かと」
サクの説明に俺は、ハイエルフという種族について考える。シェーラは普通のエルフだと言っていた。ではハイエルフとエルフは何が違うのか。
シェーラに聞いたところ、最も理解しやすかったのは、元々エルフは妖精と人の間で生きているらしい。エルフは精霊の使いとして精霊に力を借りて精霊魔法を使う。しかし、ハイエルフは精霊そのものと変わらない力を発揮することができる。エルフよりもさらに精霊に近い存在だと言っていた。
逆にハーフエルフは人間により近くなった者で、中には精霊魔法を使えなくなった例もあるらしい。
「ハイエルフの能力はわかっているのか?」
「噂程度になりますが……」
「聞こう」
「ハイエルフは森の守護者だと言われるほどの膨大な魔力と、森を護るために幻惑の術を得意としていると聞いたことがあります。戦う際は精霊魔法と幻惑に気をつけなければなりません」
ハイエルフ個人も一騎当千だとは分かっているが、そのハイエルフが引き連れている軍団も気にかかる。
「ハイエルフは裏切り者なんだな?」
「はい。ですが、ハイエルフが率いるのは、ドワーフ族やエルフ族、他にはノーム族にシルフィー族などの精霊に近い種族の者が多くいます」
「それは……幻惑か」
「おそらく、精霊族は素直な者が多いと聞きます。ハイエルフの幻惑により操られているだと推測できます」
俺の予測をサクも考えていたらしい。戦い難い相手だ。闇法師が来ればゴブリン達モンスターを使う際裏切られる恐れがある。ハイエルフでも同じだが、幻惑は解く方法さえ分かっていれば問題ない。魔人については未知の部分が多すぎて、戦い方すら浮かんでこなかった。
「誰が責めて来るにしても準備は必要だな」
「はい」
俺はそれぞれの対策を考えつつ三人での会議を続けた。
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