森の主
マダラベアーの速度が増すごとに、俺の体から血飛沫が飛び散る。俺はレベルが上がったことで過信していた。モンスターと呼ばれる存在を舐めていた。サンダーで反応速度を上げても何とか躱すのがやっとだ。
「ガウガウ!!」
パンダは調子が上がってきたのか、爪の動きが見えなくなってきた。
「調子に乗るなよ!」
一か月半ほどのデスクワークで体が鈍っていた。外の世界に出れば上には上がいる。親父に教えてもらったことを忘れていた。この森を調べればもっと凄い奴が出てくるかもしれない。それでもこの間抜けでむちゃくちゃ強いパンダに勝てないで、この先もやっていく自信などあるはずがない。
「氷壁」
俺は襲い来るパンダとの間に氷の壁を作り出す。パンダは氷を殴りつけ、すぐに破壊してしまう。氷を薄い膜のように数十枚重ねて時間を稼ぐ。速度を上げても追いつけないなら、相手の動きを止めてしまえばいい。
「ウォーターレイン」
魔力に任せて辺り一帯に魔法の雨を降らせる。
「ストリーム」
風によって雨を吹き上げ冷やしていく。
「銀世界」
広範囲に広がった雨と風を、魔法で一気に冷やして固める。氷壁破壊に夢中になっていたパンダもまとめて、世界を氷で覆い尽くす。
「終焉」
凍りついた世界に光が降り注ぐ。ファイアーボールとストーンエッジを合わせた複合魔法。小規模惑星が降り注いで、氷を破壊する。
「お前がここまでさせたんだ」
動きを止めたパンダごと森の一部が姿を消す。巻き起こる砂煙の向こう側に動く者などいない。
「オーバーキルだったか?」
俺は今できる魔法を全て組み合わせてパンダを撃退した。
「ガウ」
弱りきったパンダは片目を傷つき片腕を落とされて、それでも立っていた。
「お前は本当に凄いな」
「ガウガウ」
パンダは残された力を振り絞るように片腕を伸ばし、俺に爪を向ける。
「なぁパンダ、もうパンダでいいよな?」
「ガウ?」
「お前の名前だよ。なぁ俺と友達にならないか?」
「……」
「俺はお前をこれ以上傷つけたくない。俺はこの先にあるガルガンディアのボスだ。食料はいくらかもってこさせよう。だから、俺の民を襲うな」
俺の言葉を確実に理解しているパンダに、俺は言葉をかける。
「お前はこの森の主になってみせろ。片手が無いぐらい大したことはないだろ?」
俺はヒールで腕の止血と、片目を回復してやる。
「腕は生えないが、傷ついているだけの目なら治せる。どうだ?」
「ガウ……」
パンダは傷ついた片目を開き、向けていた腕を下す。間抜けだと思っていた顔もどこか愛らしく見えてくる。
こいつも野性を必死に生きているのだ。短い手足を補うために爪が成長してこんな歪な成長を遂げた。
「なぁパンダ。俺がこの辺のボスになる。お互いに一人前になったら、またやろう」
俺の言葉に納得したのか、パンダと名付けたマダラベアーは森の奥へと去って行った。
「ヨハン様!」
「ふぅ~どうしてこうも戦いになるとギリギリなのかね」
リンに回復魔法をかけてもらいながら、俺達は一息ついた。
「それにしても、いつの間に回復魔法を覚えたんだ?」
リンは元々風と炎の魔法が得意だった。人を傷つけたくないと、補助魔法を重点的に覚えていたのは知っているが、回復魔法まで覚えていたとは知らなかった。
「いつもいつも傷付いている人がいますから」
「なんだ?危なっかしい奴だな」
「ええ、年上なのにまるで子供のような世話のかかる人です」
「そういう奴はほっとけ。絶対に人の迷惑とか考えてないぞ」
「ふふふ。そうですね」
「うん?何かおかしかったか?」
リンは、その後もおかしそうに笑っていた。
「こんなところまで来てしまいましたね」
「うん?」
「最初は駆け出し冒険者だったのに、今では貴族様の専属従者です。私」
「はは、そういえばリンに出会ったときは、駆け出し冒険者だったな」
「はい。追う背中が走り去ってしまうので、追いかけるのが大変です」
リンの言葉に何のことを言っているのかわからないが、王都に着いてからリンとは一番長く一緒にいる気がする。
「いつも世話になってるな」
「いえ、私が好きで追いかけているだけですから」
どうやら先ほどの追いかけるのが大変だと言ったのは、俺のことらしい。俺はそんなに急いで走っていたかな。
「二人で出かけるのも久しぶりだな。王都ではよく図書館とか買い物に行ってたからな」
「そうですね。私はヨハン様に振り回せれてばかりで……」
「おいおい、そんなことないだろ?露天商に行ったときは奢ってやったし、図書館でもいい本を薦めたじゃないか」
「そうですね。露天商では物凄く値切ってオジサンが泣きながら渡してきた肉串を一緒に食べたり、難しい本を読ませようとするから、私が困っているとアリスさんが読みやすい本に渡してくれましたけどね」
「そうだったのか?」
俺は知られざる新事実に驚きながら、リンと思いで話に花を咲かせる。ガルガンディアの外に出たことで開放的になっていたのかもしれない。久しぶりに思い切り暴れて、気分が良くなっていた。
「なぁリン、もし帝国との戦争に生き残れたら……」
「帝国との戦争?」
「いや、この話はまた今度にしよう」
俺は何を言おうとしていたのか、13歳になったばかりのリンは少しづつ大人へと近づいている。変なことを言ってしまいそうになるぐらいには……
「もう、いきなり変なことを言ってなんですか?」
「なんでもないさ。リン、いつもありがとう」
「本当にどうしたんですか?あっ、まだ痛みますか?もしかして頭でも打ちました?」
「そうかもな」
「大変です。どこですか?見せてください」
俺はリンの太腿に頭を預け、目を瞑る。リンは心配そうに頭をまさぐっていたが、次第に俺の意図を理解したのか、頭を撫で始めた。
「少しだけですよ」
リンの膝枕に身を任せ、しばし心の癒しを得た。
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