来訪者
ガルガンディア要塞から見えるのはほとんどが森だ。要塞には最大で5万人が寝起きできるだけのスペースが確保されている。5万人に見合う出入りはないが、少しずつ人が増えてきている。露天商をしていた商人たちに要塞の一部を開け放ち店を持たせた。
またリンの両親が来てくれたので、宿をするスペースを造り、リンの大家族が住めるスペースも確保した。
奴隷であるゴブリン達は森に仲間がいるかもしれないと、日々仲間捜索に明け暮れている。数は少ないが仲間になってくれたゴブリン達は市民として受け入れている。
オークたちは仲間意識はそれほど高くないので仲間探しはしていない。代わりに真面目で仕事熱心だったので、門番としての仕事と、礼儀作法を教えた。綺麗好きな彼らは礼儀作法も好み、物覚えが良かった。立ち振る舞いはすぐに綺麗になり、紳士的な振る舞いを取る彼らに俺も面白さを見出した。
ウィッチたちはリンの預かりとしてリンの補佐をやらせている。魔法が仕えるウィッチだが、他にも生活知識を豊富に持っていたり、家事をこなしてくれるので、リンの成長にも繋がっているようだ。
ただ何故かウィッチもリンと同じようにメイド服を着るようになり、俺のお世話かかりみたいになっているのは思惑と違うところだ。
「ご主人、次はこれ」
シェーラは誰よりも賢く状況判断が早い。そのため書類整理やら手伝いに駆り出している。俺自身も領主として求められることが多く。一人では処理しきれないのだ。
「ああ、そろそろ昼だな休憩にしよう」
「わかった」
最後になるが、俺はガルガンディアを知識の街にしたい。街全体で本を保有したり、好きに魔法や化学の研究ができる場所にしたいのだ。アリスはそれを理解してくれた。大量の本を持って図書館ごと引っ越してきてくれたのだ。アリスの図書はこのガルガンディアの宝になっていくころだろう。
「ねぇご主人?」
「どうした?」
食事中にシェーラが声をかけてくるのは珍しい。
ガルガンディアに来て、一カ月ほどに経つが、始めてのことではないだろうか。
「お嫁さんはもらわないの?」
「はっ?」
意外な質問に俺は食べていたモノを吹きそうになる。
「だって……ご主人は貴族になったのでしょ?妻がいてもおかしくはないわ」
シェーラの不意な質問に俺は眉をしかめることしかできない。質問自体は間違っていない。だが、恋愛などしている時間は今の俺には存在しない。恋愛をしないで妻だけはどうかと聞かれればそれも考えないことはないが、適当な相手を妻にするなど今は考えられない。
「今はこの領をまとめることが先決だと思っているからな。ある程度落ち着くまではその話はなしだ」
「そう……心に決めた人はいないのね?」
「うん?ああ。今はしたいと思う人はいないよ」
アンナやリンなど、数人の女性の顔が浮かんだが、結婚となると何か違う気がした。それ以上シェーラから質問はなかったので、休憩を終えて仕事に戻る。
執務室は要塞の4階にあるので、窓をからは森と要塞内を行き来する者達が目に入る。書類の合間に目を向ければ意外な人物が、要塞に入ってきていた。
「シェーラ、今日の仕事はここで終わりだ。お前も今日は休んでいいぞ」
「わかった」
俺はその人物と話しをする時間を取るため、仕事を早々に切り上げる。シェーラも何か思うところがあったのか、すぐに立ち上がって執務室を後にした。
「ヨハン様、お客様です」
シェーラが出ていく代わりにリンが入ってきた。客人の来訪を告げるためだ。
「ああ、窓から見てたよ。ここじゃあ散らかっているから、応接間に通してくれ」
「わかりました」
客人の思惑について考えを巡らせながら応接間へと向かった。応接間は、謁見の間とは違いソファーとテーブルを置いて談笑室のような作りにした。
「よくぞおいでくださいました。サク殿」
来訪者である。サクにこちらから挨拶をする。彼女は立ったまま待っていたらしく、俺が現れるとニッコリと微笑んだ。
「お久しぶりです。ガルガンディア卿」
無表情で感情の起伏がないと思っていた。サクの微笑みに薄らと寒いものを感じる。嫌な予感はあまり的中してほしくないが、彼女は微笑んだまま話を始めた。
「本日は突然の訪問、誠に申し訳ありません」
微笑んでいるのに全く感情の籠っていない謝罪を告げられる。
「いやいや。同じ戦場で命を預け合った戦友じゃないですか」
俺もニコやかに微笑み、サクに白々しい挨拶を返しておく。
「そう言っていただけると助かります。本日はセリーヌ様からある書状を預かってまいりました」
「わざわざサク殿を遣わせるとは相当な内容ですかな?」
「そんな私など……こちらがその書状になります」
俺はサクから書状を受け取り目を通す。
拝啓 ヨハン・ガルガンディア殿
貴族になられたこと、心より祝福させていただきます。
そして新たな領地経営大変ないことと思い、私からささやかながらプレゼントとして、サクを貴方へ仕えさせてあげてください。彼女もそれを望んでおります。
それでは益々の王国の繁栄と、これからの活躍を心より楽しみにしおります。
セリーヌ・オディンヌより
セリーヌの書状を二度見して、サクをもう一度見る。
「この内容は知っているのですよね」
「はい。我が主の命ですから」
「あなたの配下は?」
「私一人です。配下の者はセリーヌ様と共に」
「そうか……」
明らかにセリーヌからのスパイだと理解できる。これはセリーヌからの宣戦布告なのだ。これを断ることはセリーヌへの負けを意味する。
「確かに……受け取らせてもらいました。今日よりあなたは私のモノです。いいですね?」
それまでの微笑みではなく、いつもの無表情になったサクは深々と頭を下げた。
「この日この時を持って、サクはヨハン・ガルガンディア様の頭脳となりましょう」
「よろしく頼む」
スパイであれ、今は人材が必要なのだ。毒を食らわば皿まで食ってやる。
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