値切り交渉してみた。
元の世界にいたときの記憶からか、いくら合法だと分かっていても実際に奴隷を目の前にすると緊張する。目の前に並んでいる者達がどういう経緯で奴隷になったかはわからない。それでも彼らは奴隷であり金銭で売り買いされる商品なのだ。
商品をどう扱おうと構わないのかもしれない。だが、やはりモラル社会で生きてきた俺はドドンの行動が許せない。
「10人全て買う。だからまけてくれ」
「はっ?」
「だから10人全て買うと言ったのだ。ゴブリン三人で銀貨70になるなら、全員セットで買えばもっとお得なんだろ?」
俺は先程のゴブリンの叩き売りにも腹が立った。だから、全員買い取ってちゃんと教育する。
目に見えていない者を救うことはできない。だけどこの場で出会った彼等を買うためのお金を俺は持っている。だったら迷うことはない。
「よろしいので?」
ドドンはエルフの娘を見た後に、相場とはいえど、売れるはずがないと思った商品が売れた驚きで聞き返してきた。
「まぁ俺も新鋭の貴族だからそれほど金がない。そこを汲んでくれればありがたい。もちろん、これからの付き合いも考えてくれると嬉しいのだが」
俺はまだまだお前のところから買うのでと、前置きをすることで相手の出方を覗った。
「それはそれは……」
商人の目になったドドンは、これからの実入りについてを考えをまとめていることだろう。そこから今日の値段を考えてくるはずだ。
「では、金貨20枚でどうでしょうか?エルフを買っていただければ他の者はオマケとして付けます」
オークやウィッチなどは一人当たり金貨一枚する。ゴブリンも三人で金貨一枚と考えると、金貨7枚の値引きということになる。だが、俺はそこで引く気はない。
「確かにエルフ一人で10人が帰るなら魅力的だな。しかし、これからの付き合いを考えた金額とは到底思えないがな。俺はてっきり、無償で渡してくれるのかと思ったぞ」
俺は商人にとってはあり得ないであろう値段でドドンに問うてみた。商品を無料で渡せと言っているのだ。街の露店商が貴族に文句を告げられているのとは訳が違う。ここはれっきとした商館であり、貴族や王族まで金を払って買っていく由緒ある場所なのだ。そこで、無料で売れとはドドンもプライドを傷つけられことだろう。
「どうやら新鋭貴族様はモノを知らないご様子で、私が定時したのは破格の値段です。それを横暴にも無料にしろだなんて」
「おいおい、ちょっと待てよ。俺は無料にしろなんて言ってないだろ」
「はっ?しかし先程無償でと」
「だから、無料だとは言っていない。無償でプレゼントされるのかと思ったと言ったのだ。そこを間違えてもらっては困る。俺は買う気がないのではないんだ。てっきり祝いの品を頂くことが多かったのでな。初顔合わせのドドン殿も私にプレゼントしてくれるのかと思ったのだ」
俺の悪びれる様子もない物言いに、ドドンは今度は呆れたような顔になる。
「話になりませんな。お帰りいただいて結構です」
「ほう、私との取引は要らぬと申すか」
「はい。必要ありませんね。バカとは話す気も無い」
ドドンは俺に対して完全に見限ることを決めたようだ。
「そうか、ならしょうがない。今すぐに衛兵を呼ぶことにしよう」
「はっ!何を言っているのですか、私は悪いことなど何一つしておりませんよ」
「そうかな?もしそのエルフが私のモノだと主張したらどうする?」
「はっ?そんなことあるはずが……」
ドドンは自分が鎖を引くエルフの少女を見る。
少女はそれまでドドンを、そして俺を、憎むような目で見ていた。しかし、俺とドドンのやり取りに気付いて何かを悟ったようだ。
「私はあの人のモノです」
エルフの少女が言った言葉は、衛兵たちが来たときに大事な証拠になる。合法であっても盗んだモノを商品として売ることは犯罪なのだ。ましてや奴隷は言葉を話す商品だ。その扱いは細心の注意が成される。
俺の意図を察したエルフの少女は聡い子のようだ。
「なっ!」
「ドドン殿、どうされます?」
俺の勝ち誇ったような顔にドドンはバカにしたような顔をする。
「それで勝ったつもりですかな?いいですか?奴隷とは奴隷紋と呼ばれる刻印が刻まれます。その奴隷紋には魔力を流すことにより主人の命令しか聞けぬようになってあるのですよ。いいですか?」
そういうとドドンが鎖越しに魔力を流す。するとエルフの少女が徐に立ち上がり、何かを発しようとする。
「わっわたしは……どっどん、ドドン様のどっどれいで……す」
どうやら強制的に言わせているらしい。だが、俺は知っている。
奴隷紋とは一種の呪いであり、ある意味病魔と同じなのだ。それを払うには奴隷紋をかけた者が解呪するか、解呪魔法をかけるしかない。そして、俺は状態異常回復魔法が使える。
「エスナ」
俺は小さな声で、エルフの少女に向かってエスナを唱える。
「どうですかな?この子は私の奴隷だ」
「どうかな?」
ドドンの勝ち誇った顔に対して、俺は不敵に笑い。少女には優しく笑いかける。
「もう一度言ってくれないか?」
少女の瞳からは涙が流れ、言葉を紡ぐ。
「私は彼の者です。あなたの物じゃない」
エルフの少女からハッキリとドドンへの拒絶の言葉が発せられる。ドドンも俺が何かをしたことはわかったしい。
「何をしたのですか!?」
「別に何も、それとも奴隷紋とは簡単に解除できるものなのですか?」
ドドンは顔を赤くして、エルフの少女と俺を見比べる。
「彼女は本当のことを言っただけだ」
シルクハットを地面に投げつけ、ドドンは怒りの表情で俺を睨み付ける。
「睨んでも仕方がないと思いますが。まぁ、余興はこれぐらいでいいだろう。ドドン殿、金貨10枚でどうだ?互いの間をとったいい案だと思うが?」
やり過ぎても恨みを買うだけだ。しかし、何かをやらなくてはドドンに対して腹の虫が納まらなかったのだ。
「……金貨10枚で構いません」
ドドンはどこか観念したように、それでいて大きく息を吐いて気持ちを切り替える。
「ですが、それ以上はビタ一文負けませんよ」
「ああ、構わない。これからの為に残しておこう」
今回卑怯な手を使ったことは実感している。だが、ドドンのような相手に舐められては、これから相手取る相手達と交渉などできるはずがない。
「……とんでもない相手を紹介してくれたもんだ」
ドドンの恨み節はヤコンに向いたらしい。ヤコンは俺とドドンのやりとりに驚いていたが、内心はスカッとしたらしく。ドドンの恨み節にニヤリと勝ち誇った顔をしていた。
「では、これが契約書です。ここに血を垂らしてもらえれば10人全てとの奴隷紋が繋がります」
ドドンはしぶしぶ契約書を作り、一番安い契約を交わした。高くなれば高くなるほど裏切ることが難しくなり、かけられた者を絶対服従にすることができる。
今回の一番安いモノは奴隷紋が出現して、誰か主人か分かるだけの簡単なものだ。
「ありがとう」
俺は早速奴隷契約を結び、金貨10枚をドドンに即金で支払った。
「二度と来ないでくださいね」
ドドンにそんな見送られ方をして、俺達は奴隷商館を後にした。
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