別れと願い
ジェルミーの執務室を後にした俺は、ミリューゼの執務室を目指した。ジェルミーを貰い受ける承諾もしなくてはならない。何より貴族となったことで領主経営に専念するため、第三魔法師団をやめることになる。
取り立てててもらった恩もあるのだ。辞める時も礼儀は通さなければならない。
「失礼します」
三回ノックして声を上げる。
「どうぞ」
ミリューゼではなく。セリーヌの声で入るように許可をもらう。
「ありがとうございます」
俺は礼を言って扉を開ける。中には六羽のメンバーの内、半分がいた。セリーヌとマルゲリータは執務室のソファーに座り、メイド姿のレイレがミリューゼの横に立っていた。
「やあ、ヨハンじゃないか。どうしたんだい?」
ミリューゼは俺がやってくるとは思って居なかったのか、若干驚いた表情をしている。
「本日はミリューゼ様にお願いとお別れを申すためにやってきました」
「願いと別れ?」
「はい。ミリューゼ様には大恩があります。私を第三魔法師団に取り立てて頂き、本当にありがとうございました。ミリューゼ様にチャンスを頂いたお陰で、私は貴族になることができました」
「ああ、別れとはそういうことか」
ミリューゼもヨハンの意図を察して、笑顔になった。
ミリューゼとしても俺が出世したことは喜ばしいことのようだ。
「はい。ミリューゼ様のおかげで貴族に成れました。貴族になって領主の務めを果たします」
「そうか、そうか。うん。貴族としてこの国のために励んでくれ」
ミリューゼは嬉しそうに何度も頷いてくれた。
「私からも賛辞の言葉を送らせてもらいますね。ヨハン殿、おめでとうございます」
それは今まで黙って見守っていたセリーヌのからの言葉だった。
セリーヌがヨハンに対して、策を弄したことはすでに露見している。
それを知っているのはセリーヌとセリーヌの軍師であるサク、そしてヨハンの三人だけだ。しかし、その当事者二人が知っていれば、十分だともいえる。
そのセリーヌから送られる賛辞は皮肉としかヨハンには思えなかった。
「ありがとうございます。セリーヌ様。セリーヌ様の指揮があったればこそです」
これは逆にヨハンからセリーヌに対しての皮肉だった。
お前がヘマしたおかげで俺は出世したと言っているのだ。
「それは何よりです」
ヨハンの皮肉など気にすることなく、セリーヌは微笑んでいた。
「うむ。それで、別れの言葉は理解できたが、願いとはなんだ?」
二人の微笑みによるにらみ合いを中断させたのは、ミリューゼの素朴な疑問だった。
「はい。平民であった私では領地経営をしようにも知識がありません。そこで補佐として人材を頂きたいのです」
「なんて図々しい!!!」
ヨハンの願いに対して反応したのはマルゲリータだった。
マルゲリータはヨハンが貴族になろうと、目の敵にしているのに変わりはなく。ヨハンの発言を下世話なものだと思ったのだ。
「まぁまぁ、マルゲリータは黙りなさい。それで補佐としての人材をほしいとはいうが、私の周りにやれるような人材はいないぞ。紹介してやれる者はいるが、皆それぞれの領地を治めているので、君から会いに行ってもらうことになるぞ?」
ミリューゼは相変わらずの常識人で、ちゃんとヨハンのことを考えて発言してくれる。
「いえ、目ぼしい人物には心辺りがあります」
「ほう~誰だい?」
「ジェルミー団長です」
「ジェルミーとは、魔法師団のか?」
「はい。現団長であり、マルゲリータ団長の代から副官をしていた方です」
「ふむ。あまり公の場にでる人物でないので、あまり面識はないが、どんな人物なんだ?」
ミリューゼはあまりジェルミーを理解していないらしく。マルゲリータに話を振る。
「はい。彼自身は下級貴族の出身です。魔法の才能はそこそこなのですが、事務仕事や雑用を得意しているので有用していました。無口で何を考えているのかわからない男だった思います」
マルゲリータの評価に、俺は内心笑ってしまう。
ジェルミーがマルゲリータの前で如何に自分を隠していたかが良くわかる答えだ。
「そうか、まぁ事務仕事に長けている人間は有用だが、魔法師団に必ずしも必要と言うわけではないのだな」
「はい。私がいなくなったことで自動的に団長になっただけのモノです」
「引き継ぎもあるだろうから、すぐに向かわせることはできないだろうが、ヨハンの願いは聴いてやれそうだな」
マルゲリータのダメダメっぷりに内心笑ってしまうが、そのお蔭でジェルミーが手に入るのならマルゲリータに感謝の言葉しか浮かんでこない。
「ありがたきお言葉、恐悦至極にございます。私もまだまだ準備がございますので、ジェルミー団長を出迎えられるように精進致します」
「うむ。団長と副団長がいきなり代わるとなると、魔法師団も手入れが必要だろうな。セリーヌ、その辺はどうなっている?」
「はい。ミリューゼ様。ヨハン殿が貴族になられた時から、動いておりますので何の問題もおきないでしょう」
「そうか、私の周りは優秀な者が多いので助かる」
ミリューゼはセリーヌの言葉に満足して、レイレが入れてくれたお茶を飲む。
「大恩あるミリューゼ様の力になれるように王国へ粉骨砕身、精進致します」
「ああ。ヨハン頼んだぞ」
「はっ。ではこれにて失礼いたします」
俺は再度礼をしてミリューゼの執務室を後にした。
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