あの人に声をかけよう
アリスに思い切り叩かれた頬をおさえて呆然とする。我に返ったアリスが勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
アリスの平謝りに呆然としていた俺も意識を覚醒させる。
「えっと、何が何やらわからないんだけど……」
「すみません。私の気持ちの問題です」
「気持ちの問題?」
訳が分からなくて、言われた言葉を反復することしかできない。
「もう気にしないでください。お詫びではないですが、ヨハンさんの申し出は受けさせていただきます」
「えっと……ありがとうございます」
アリスさんが引き受けてくれたのは嬉しいが、どうして叩かれたのか未だに理解できない。でも、何故か聞いては行けない気がして、それ以上言葉が出てこなかった。
気まずい空気もあったので、アリスさんには日を改めることを告げて、図書館を後にした。
「あとはあの人達に声をかけるか、来てくれるかはわからないがな」
俺は顔が浮かんでいる人物たちに会うため、アリスの次に訪れたのは露天商たちが店を開く屋台街だ。ここには随分と世話になった。自分の経験としてここにいる露天商たちは信用できると思って居る。
「おっ!ヨハン……様じゃねぇか」
「あっ、ヨハン…様…」
皆俺が貴族になったことでぎこちなくも様付けで呼ぼうとしてくれる。
「前のまんまで大丈夫だよ。貴族になったからって俺は変わらないよ」
「そう言ってもらえると助かる」
「ああ、安心したよ」
オッチャンやオバちゃん達がふぅ~と息を吐く。
まぁ今まで可愛がっていた近所の子供が急に偉くなったのだ。戸惑うのも仕方ないだろう。
ましてや貴族への接し方は特に気をつけているのだろう。
「今日は皆に話があってきたんだ」
「なんだい?」
露天商たちはどこかそわそわしている。仕事が忙しいのかもしれない。それでも俺が声をかけると側に集まってきてくれた。
「実は……今度地方の領主になることになってね。人手不足で困ってるんだ。俺のところで働いてくる人はいないかな?まだまだ開拓途中だから、要塞内に店を構えてもらうことになるけど、どうかな?」
俺の言葉を聞いた露天商たちは顔を見合わせ、沈黙が訪れる。
「ダメかな?」
俺の言葉に沈黙していた露天商たちが、俺を見る。
言葉を返してもらえないのは不安になるものだ。俺は焦りながら一人でも来てくれたらと言葉を続ける。
「いきなりな話で……「いいさ」」
「はっ?」
俺が説得しようと言葉を発すると一番前にいたオッチャンが被せて何かを告げる。なんて言ったかわからずに聞き返す。
「ヤコンの親方から話は聞いてるよ」
「えっ?」
「ヨハンが人手を求めてるってね」
オバちゃんは息子の頼みを聞く母親のように、オッチャン達はどうしようもない悪ガキを見るように、優しい眼差しでヨハンを見つめていた。
「じゃあ……」
「ああ、俺達も店を持つ夢を諦めたわけじゃない。それがヨハンの下でなら叶うんだ。むしろ俺たちの方から頼ませてくれ。ヨハンの下で俺達の夢を……店をやらしてくれないか?」
露天商の家主達は、それぞれが食料や武器、防具、生活用具やアクセサリーなど、様々な者を安く仕入れて売っている。それは王都の下町を支え、貧民層を護ってきたとも言える。
「でもみんなが一気に俺と一緒に地方に行ったら……」
「バカだな。そこの調整はヤコンの親方がしてくれるんだよ」
俺の心配など問題ないと、オッチャン達は笑っていた。
王都に来てから、すでに一年が経とうとしていた。その間に育んだ縁が俺を支えてくれる。
「ありがとうございます。助かります」
俺は自分よりも大人な彼らに対して、お礼と尊敬をこめて敬語を使うことしかできない。
嬉しくもありがたい露天商たちの承諾を得て、俺は心温まりながら、最後の人物に会いに行く。
「ジェルミー団長。お久しぶりです」
「お久しぶりって、祝賀会の前にあっただろう」
「まぁそうなんですけど。今日はジェルミー団長に願いがあってまいりました」
「君が私にお願い?」
この神経質そうな顔をした男は、腹黒で常に何かを企んでいる。そのくせ良く人を見ていて、部下に慕われている。
縁の下を任せてこれほど安定感を発揮する人物もいないだろう。
「はい。ジェルミー団長……俺と供にガルガンディアに来ていただけませんか?」
「何のために?」
「団長に開拓を手伝っていただきたいのです」
「ふむ。相変らず君は面白いね」
ジェルミーはいつもの楽しそうな瞳で俺を見てくる。
この人はいつもそうだ。俺の行動を楽しんでいる節がある。
「ダメですか?」
「一応私も貴族だしね。しかも、第三魔法師団団長の地位もある」
「はい」
「難しいことは分かっているね?」
「はい……」
断られているのは十分にわかっていた。それでもジェルミーがいれば心強いと思ったのだ。
もちろんジェルミーにも立場がある。何より無理やり連れて行っても意志が伴っていなければいい仕事ができるはずがないのだ。
「無理なお願いをしてしまい申し訳ありません」
「うん?何か勘違いをしていませんか?」
「はい?」
「すぐに行くことはできません。ですが、面白そうなので協力してあげます」
ジェルミーの言葉に我が耳を疑う。
「はっl」
「だから、協力します。もちろん貴族としですが」
「ありがとうございます」
ジェルミーが言った貴族としての意味は考えずに、承諾してもらったことに頭を深々と下げた。
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