褒美
サクに呼ばれて本幕にやってきた俺は、セリーヌが寝ている本幕の休憩室に入室した。
「第三魔法師団所属 ヨハン副団長です。失礼します」
俺が中に入ると、清々しい顔で待ち構えているセリーヌがいた。
俺はセリーヌの表情に対して、怪訝な表情を浮かべてしまう。後ろにいるサクを見れば、相変わらずの無表情で何も知らないと首を横に振る。
「総大将殿、報告を求められたのでやってきました」
俺は一応礼を尽くすために、ベッドの横に片膝を突き、頭を下げる。
「ええ、よく来てくれました」
「はっ」
「そして、ヨハン殿。よくやってくれましたね。魔族を打ち倒し、多くの兵を救ってくれたこと。皆の命を預かるモノとして感謝いたします」
俺の礼に対して、褒めの言葉と感謝の言葉で出迎える。
「はっ、身に余ることです」
俺はすでに条件を告げているのだ。あくまでアラクネを倒したのはセリーヌであり、俺は手助けをしたに過ぎない。そういうことにしてもらっているはずだ。
「いえ、身に余るなどとんでもない。これほどの功績称えずにはいられない」
セリーヌの言葉に俺は顔を上げる。
条件に反するということかと、殺気を込めてセリーヌを睨み付けた。
これにはサクと、サクの後ろで控えていた黒装束も反応して武器に手をかける。しかし、そんな黒装束にセリーヌが手で制止をかける。
「この場で称えることはと言っておきましょう」
セリーヌは俺を試したのだ。俺が本気で条件を反故にしたセリーヌを殺すかを試したのだ。確かにセリーヌを殺すことに意味はない。むしろデメリットの方が多いだろう。
しかし、今回のことで俺はある結論に至った。マルゲリータもセリーヌも上司としては最悪だ。ランスも自分の道を歩き始め、俺の力は必要なくなった。
ランスが騎士まで見届けようかと思っていたが、こいつらが俺や俺に拘わる者に危害を食わる気があるのなら容赦はしない。
俺はそのための力を手に入れつつある。
「此度は助力感謝します。また治療中とはいえ、不在の間良く働いてくれました。あなたには特別褒美を与えることにします」
なるほど、報酬を褒美と置き換えたか……まぁその方が体面が良いのだろう。
「ありがたき幸せ」
俺はこれからもらえるであろう金額に期待を膨らませつつ、先ほどの殺気を納めて何もなかったように振る舞う。
「あなたに爵位を授けてもらうつもりです。まだ正式な決定ではありませんが、王都に帰り次第、ミリューゼ様並びに国王様に許可をもらいましょう」
セリーヌの不意な言葉に俺は面食らう。
褒美とはてっきりお金だと思っていた。俺はセリーヌの意図を考える余裕が持てなかった。
「いいですね」
そのため、追い打ちのような問いかけに対しての思考が追い付かず……
「ありがたき幸せ」
その前に言った言葉を繰り返すことしかできなかった。
「よかったわ。あなたへの褒美を何にしようか考えていて、これが一番いいと思ったのよ」
セリーヌの意図は未だにわからない。それでも返事をしてしまった以上、断る理由が無ければ断ることもできない。
「・・・」
「それでは現在の状況を報告してくれるかしら?」
俺は顔を上げられなかった。セリーヌが読めない。後ろに控えるサクを見ても、先ほどと同じで首を横に振るだけだ。
そして、顔を上げれずに下を向いたまま現場の状況を伝えて、その場を後にした。
「隊長!どうだったんだい?」
現場に戻ると、指揮を任せていたミリーがすぐに近づいてきた。
リンは俺の補助として、本幕の外で待っていたのですでにセリーヌから与えられた内容を知っている。
「俺……貴族になるらしい……」
実感が持てない俺と。俺の言っている意味がわからないミリーが互いに首を傾げる。
「それは手柄なのかい?」
「そうらしいな」
「まぁそれなら喜んだ方がいいね。難しいことは考えても仕方ないよ。昇進したなら素直に喜べばいいさ」
セリーヌに会っているからこそ、素直に喜べないが。いったいセリーヌが何を考えているのかわからない。
しかし、今はセリーヌに会っていないミリーが素直に喜んでくれる。それ自体を悪いことだとは思えない。
「皆!ヨハン隊長が貴族になるらしいよ」
ミリーは供に生き延びた500人に俺が貴族になることを宣言する。
500人の中には下級貴族の者もいるのでどうかと思ったが、普通に喜んでくれている。
その日はそのまま宴会になった。
俺の昇進祝いとセリーヌの快気祝いだということらしい。もちろん俺は料理を作らされる。食料にはまだまだ余裕がある。
干し肉から出汁をとり、野菜が柔らかくなるまで煮込み、身体が温まるポトフ風に仕上げる。
乾パンと共に食べることでお腹が膨れ、身体も温まる。旨味を増させるためにコンソメを隠し味に入れておく。
料理をするの嫌いじゃない。何より何かをしながらの方が考えが纏まることもある。
ミリーが持ってきたワインで乾杯しながら、祝いの食事にありつく。現在5000人ほどの指揮を執っているので、それらの人間でも食べられるように鍋を十個も使ったのだ。
作った矢先に無くなって行くので、鶏ガラの春雨スープも同時に作り、乾燥めんをぶち込んで量を増やしていく。残ったスープは味を調え、干し飯を入れて雑炊も忘れない。
夜通し宴会を続けることで、仲間の弔いを兼ねている。
要塞内には仲間の死体やモンスターの死体、様々な気がめいる物があったが、片づけを終えることができた者達を労うのはやはり温かい食事が一番だ。
「隊長は平民だけど、案外大物になるかもね」
色々と手伝ってくれているミリーがそんなことを言ってきた。俺の横ではリンも頷いている。
「俺は老後が苦労しないぐらい稼いで、悠々自適な生活が送れればそれでいいんだけどな」
俺の言葉に二人は不思議そうな顔をする。
「なんだか年寄りくさいことを言うんだね」
「意外です。もっと野心でいっぱいなのかと」
ミリーはそんな考え方をするのかと感心し、リンは意外なことを言ったと言わんばかりの表情だった。
「お前らは俺をなんだと思ってるんだよ。俺は生き残るのに必死な普通の平民だぞ」
俺の言葉に二人はまた不思議そうな顔をした後、顔を見合わせ笑い出した。
「あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「そうですね。ヨハンさんってたまに不思議なことをいいますよね」
二人が何を言いたいのかわからないが、ガルガンディア要塞を見渡しながら、戦いを無事に終えられたことで今回もなんとか生き延びることができたと肩の荷を下ろした。
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