リンの戦い 1
リンはヨハンたちと別れて、ガルガンディア東方にある竜の山脈近くに降り立った。それはダルダが近くにいるので安全だと思われたからだ。ガルガンディア地方の調査をするうえで、どこまでランス王国の魔の手が広がっているのかわからなかったのだ。
ガルガンディア城にいる家族のことも気にはなったが、ヨハンが求める答えを探すことが、リンにとっては先決だった。それはガルガンティア領の現状であり、ランス王国が来てから何が失われたのか探らなければならない。
すでにこの辺りにあったゴブリンの集落は大規模な演習という名目で駆逐されている。そのためリンが頼れるのは、一部の顔見知りたちしかいないのだ。そのためリンは竜の山脈から少し北に下った場所にあるツリーハウスを目指した。
ツリーハウスはアイスが作った町だが、その存在はランス王国に隠されていた。何より森を切り開き木をなぎ倒さなければ見つけることもできないほど木々に覆われた町なのだ。
リンがツリーハウスに着くと、昔と変わらない穏やかな雰囲気が流れていた。アイスの副官であり、ヨハンが王国時代から好意にしていた人物であるミリーがいるはずなのだ。リンは森の深く、木の上に造られたツリーハウスに上がると、ツリーハウスの町はランス王国の手が入っていない状態で残されていた。
「ここにはまだ、ランス王国の魔の手はなさそうね」
そこにはリンが知っている普通に暮らす人々がいた。ツリーハウスはアイスの代わりに、ミリーが領主を務めているのだが、軍人とは思えない為政者として、ツリーハウスを管理していてくれているみたいだ。
「うん?あんたはリンじゃないか」
リンがツリーハウスの町を見て回っていると、尋人であるミリー自身に見つけてもらえた。ミリーは果物の収穫をしていたらしく。籠いっぱいに果物を入れている。
「ミリーさん。お久しぶりです」
「本当に久しぶりだね。そんなことよりも、どうしてあんたがここにいるんだい?」
ミリーはリンとの再会を喜び、それと同時にリンがこの場所にいることに疑問を抱いた。それもそのはずだろう。リンはヨハンと共に精霊王国連合にいるはずであり、ランス王国内では反逆者なのだ。
「ヨハン様の用事でこちらに来たので、ガルガンティアの様子を見に来たんです」
「なるほどね。あんたも大変だったね」
「ミリーさんさへ良ければ、ガルガンティアの現状について教えてほしいのですが」
「いいよ。まぁ、私の家においでよ。いつまでも立ち話もなんだからね」
ミリーに促されてリンは領主の館へやってきた。他の家よりも少しだけ大きな作りで、数人が生活できる環境になっている。ここにはミリーさんのほかに、元々王国軍人をしていた人たちが住んでいるはずなのだ。
「皆さんはいないんですか?」
「ああ。ヨハン様がガルガンティアから離れて、反逆者になったときにね。みんなそれぞれの道を進むってここを出ていったんだ」
「そうだったんですか……ミリーさんはどうして?」
リンはどうしてミリーがこの場所に残ったのかを聞いた。彼女も出ていくことができたはずなのだ。
「私は……責任感だろうね。ここを捨てることができなかった。ヨハン様もアイスも帰ってこない。ジェルミーさんと協力してここを守る人間が一人はいてもいいって思ったんだ」
ミリーの言葉にリンは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「あんたが頭を下げることはないよ。自分で決めたことだしね」
「それでも私たちがもっと上手くやっていれば」
「それも仕方ないことさ。ヨハン様は上の人たちに嫌われていたからね。実権をミリューゼ様が握った時点で、こうなることは必然だったのかもしれないしね」
ミリーは多少なりとも、ヨハンとミリューゼの関係を知っていたようだ。
「まぁ、なんにせよ。ランス王国の奴らは目的を果たしたみたいで、ガルガンディア城に留まってるよ。あんたの家族は申し訳ないけどね」
ランス王国がどんな卑劣な行為をしているかわからないが、今のミリーに戦うだけの力はない。それはリン一人でも同じことだ。リンにできるのは情報を集めるだけで、軍隊に戦いを挑むなど一人でできることではない。
ドンドン
「ミリーさん!少しいいですか?」
慌てた声でミリーの名を呼ぶ村人に、二人は顔を見合わせる。
「なんだい?こんな時間に?」
「軍隊が軍隊がこっちに向かっています」
「なんだって!」
村人の言葉にミリーは立ち上がり、リンは慌てた。この場所はランス王国も知らないはずなのだ。それなのにどうして。
「とにかくみんなに臨戦態勢を取らせな。ここには地の利がある。迎え撃つよ」
ミリーの判断は早かった。そして普通の村人だと思っていたツリーハウスの住民は、素早く戦闘準備を済ませ戦う体制に入る。
「ここは帝国との最前線として作られた場所だよ。こんなこと造作もないさ」
心強いミリーの言葉にリンは頷く。
「ミリーさん。ここで軍隊を撃退できても、すぐに援軍が来るでしょう。だから、一度敵を撃退したら、精霊王国連合に亡命をしましょう」
「……それしかないね」
ミリーは一度ツリーハウスの町を見渡した。彼女にとって、ここは第二の故郷であり、自身で作り上げた愛すべき町なのだろう。
「みんなこの戦いに絶対勝つよ。私達はい」
それは聖女アクアが、サクを冥王に送ってから後のことだった。
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