弔い
次にヨハンが目を覚めしたのは死霊王が作った砦の中だった。荒野から少し離れた川沿いでヨハンを見つけた死霊王が運び込んでくれたのだ。
ヨハンは記憶していないが、冥王を倒したことで冥界は世界を閉じ、遺物であるヨハンを元の世界へと吐き出したようだ。
「目を覚まされたか?」
「死霊王?」
「そうだ。どうやら全て終わったようだな」
死霊王に言われて、外を見れば、夜が明けていた。青い空が窓の向こうに見えている。
「そうか、俺は勝てたんだな」
ヨハンも最後にサイコキネシスで武器を放ったところまでは覚えている。だが、それ以上の記憶がなくなっており、黒騎士を倒したときは夢中だった。
「確かにこの手に奴を倒した感触がある」
「そうか、よくやってくれた」
死霊王は心底嬉しそうに、そしてヨハンを心配するように優しい声だった。
「ヨハン殿も目を覚ましたことだ。疲れていると思うがジャイガントの弔いをしてやりたいんだが、いいか?」
死霊王の提案に、ヨハンは死霊王がヨハンを待っていてくれたことがわかった。今回の戦いで多くの兵を失い、親友も失った死霊王は強い人だとヨハンは改めて思った。
「ああ、俺も送りたい人がいる」
ヨハンは死霊王の肩を借り、立ち上がる。荒野へ寝かされたままになっているジャイガントの体の下へほかの死人や魔族などを集め、ともに弔ってやる。
魔族の中にいた司祭が祈りを捧げ、死んだ者たちの体を燃やしていく。本来であれば土に埋めるのだが、こんな荒野で大量の人を埋めるのは一苦労なので燃やしてしまう。燃やして灰にすることで、死人やゾンビとして蘇ることもなくなる。
「ネフェルト、お前は最後まで勇敢な戦士であった」
死霊王が涙を見せながら、ジャイガントを弔っている。
「ジャイガント、ありがとう。あんたがいてくれたから俺たちは助かった」
ヨハンもジャイガントに別れの言葉を口にして、さらに炎から上がる煙を追うように空を見る。大火となっているので傍に近づくことはできないが、その巨体な炎ならば迷うことなく彼女は逝けるのではないかと思えた。
「サク、あなたに教えてもらえたことは数多くある。本当はもっと報いるようにしたかった。もっと話をしたかった。敵同士で出会ったはずのあなたを頼っている自分がいた。無表情で誰にも考えを読ませないあなたを尊敬していた」
ヨハンはサクとの思い出を語る。最初はセリーヌの軍師として戦場で出会った。そのときは無表情ながらヨハンを敵と思っているのが、ひしひしと感じることができた。
次にあったとき、ガルガンディア領の領主として就任したヨハンの下へ、セリーヌからの贈り物としてサクがやってきた。スパイだということはすぐにわかったが、サクの仕事はそつがなく、軍略は圧倒的で何度も助けられた。
「もっと味方として話をしたかった。もっとサクという人を知りたかった」
サクが自分に好意を持ってくれていたことを知ったとき嬉しかった。もしもリンよりも早くサクに出会っていたなら、迷わずヨハンはサクを選んでいたかもしれない。しかし、二人の出会いは最悪で、ヨハンの傍にはリンがいた。交わることのない二人の道はいつしか仲間として交りあっていった。
「助けられてばかりですまない。サクに頼ってばかりですまない」
いつしか、ヨハンの瞳に涙が溢れ出していた。ジャイガントを思い、サクのことを考えるだけで自分の情けなさが恨めしくなってくる。
「最後の願いは必ず叶えてみせる。この世界は必ず俺が救う。冥王は倒した。あとは……」
空を見上げていたヨハンは、ゆっくりと視界を後方に向ける。精霊王国連合のもっと向こう。ランス王国を見つめてサクの願いを叶える約束を思い出す。
「これからどうするのだ?」
大火が消え、荒野に静けさと冷たい風が吹いてくる。目を赤くした死霊王がヨハンへこれからのことを聞きに来た。
「冥王は闇法師と対立していたらしいから、そちらにも警戒網を張らなくちゃならない。死霊王はこのまま砦を作って闇法師を監視してくれないか」
「よいのか?私もランス王国との戦いに私も参加した方がいいのではないか?」
死霊王はヨハンの様子に心配そうに問いかけてきた。それに対してヨハンは首を振り、炎を見つめていた魔族たちを見る。
「これ以上、あなたたちに負担をかけるわけにはいかないさ。喰種族の仇は討てた。そのための犠牲は大きいモノだった。今は監視として体を休めてほしい」
ヨハンの配慮に、死霊王はそれ以上何かを問いかけることをやめた。ヨハンは魔族の死も背負っているのだ。背負っているからこそ、一つの種族に負担をかけたくないという言葉は死霊王自身もありがたかった。
「わかった。ヨハン殿の言葉、ありがたく従わせてもらう」
「そうしてくれ。だが、監視は頼んだ。背後の憂いはこれ以上招きいれたくないからな」
「承知した。闇法師は命に代えても俺が食い止める」
ヨハンは死霊王の言葉に苦笑いを浮かべ、死霊王もまたヨハンに笑いかけた。ヨハンはサクの死でリンの事を案じたが、今はリンが生きていることを信じることしかできないと思った。自分の伴侶はそんなに弱くない。
荒野を後にしたヨハンはシェーラたちがいるであろう最前線へテレポートを発動した。
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