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騎士に成りて王国を救う。  作者: いこいにおいで
最終章 誰がために
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サク

 冥王と巨人が凄まじい戦いを繰り広げ始めた横で、斧と鞭をぶつけ合ったヨハンとサクが動き始める。ジャイガントが人智を超えた戦いを始めることはわかっていたので、ヨハンはサクを攻撃しながら走り始めたのだ。サクもヨハンの意図を理解して、ヨハンの後をついて行く。


「随分と戦いなれているようだな」


 サクは元々闇に生きるモノとして戦闘に関しても様々な技を修めている。それをヨハンの前で見せることはなかったが、死人となった今では力の制限もないので、今まで以上の動きが見せられるのだ。


「元々これぐらいはできたと思いますが。何も気にしなくていいので、もしかしたらあなたに勝てるかもしれませんね」

「そうかもな。こっちは躊躇うかもしれないしな」

「あなたならば、私を滅してくれると信じていますよ」

「そんなこと言いながら、もの凄い勢いで鞭を振られても説得力がないぞ」


 サクから振るわれる鞭を、斧で弾き返しながら、砂煙に覆われる。ジャイガントたちが起こした砂煙に、二人も巻き込まれたのだ。サクは姿を消すと思ったが、その場で立ち尽くしていた。ヨハンは魔法によって砂煙をはじき飛ばし視界をクリアにする。


「逃げないのか?」

「逃げる必要がありませんから」

「そうだな。本当に救うには滅するしかないんだな」

「ええ、私を滅することができるのはあなただけだと思っていますよ」


 サクの言葉は淡々としたモノだが、仮面から見える瞳の奥には決意の込められた炎が宿っているように思えた。


「俺だけか……嫌な役だな」

「はい。嫌な役です。でも、あなたになら私は……」


 砂煙と衝撃波が戦場を包み込み、サクが最後に何を言ったのかわからない。わからないが、サクはその言葉を最後にヨハンへ攻撃を開始した。砂煙が起ころうと、鞭は正確にヨハンを捉えてくる。まるで生きた蛇のように地を這い、時に頭上から降り注ぎ、変幻自在に振るわれる鞭の軌道は、手元も見えないこの場所では予測のしようもない。

 ヨハンは視認することのできない鞭の動きを捉えるために、魔力により感知範囲を広げた。鞭が魔力に触れた瞬間に、斧で弾き身を躱す。それでも瞬間的に現れる鞭によって、ジリジリと体力を削られていく。


「どうしました?あなたの力はこんなものですか?」


 挑発するように放たれたサクの声に、ヨハンは自身の体に魔力を纏わせる。魔力は雷となり、ヨハンの神経伝達を促進していく。さらに魔力を体に纏うことで肉体の強化を図り、常人では到達しえない境地へとヨハンはその身を変えていく。


「紫電」


 発動した力はヨハンの一番得意とする魔法であり、それと同時にヨハンの動きが加速する。


「夜目」


 ヨハンはさらに砂煙によって見えずらくなった戦場を、見通すスキルを発動する。


「気配断ち」


 さらに砂煙の中にその身を隠すため、気配も消す。自らが使い慣れたスキルを全て使うことで、ヨハンは儀式を行ったのだ。全力でサクを滅するための決意を固めるたのの儀式を。


「いくぞ」


 サクからヨハンを見つけることはできない。一瞬であれば音速を超えるヨハンの動きは、一度姿を消せば冥王ですら捉えることができない。

 このスピードに勝る者はランスだけだったが、ランスはもういない。だからこそヨハンの動きはこの世界最速であり、振るわれる一撃はジャイガントを凌駕する。

 スピード、力、タイミング、全てが合わさってサクへと全て注がれる。ヨハンは最高の一撃をもってサクを滅しようとしたのだ。


「どこまでも甘い方ですね」


 サクが普通の状態であれば、ヨハンの攻撃は何の問題もなくサクを滅していたことだろう。だが、サクは死人であり、もう一つ特別な能力を冥王から授けられていた。


「なっ!」


 右肩から入った斧は確実にサクの体を両断したはずだった。サクの体は斬られたことを感じさせないように斬られた部分が接合し、元に戻っていった。


「私は死人。しかも冥王の最高傑作だそうですよ。数百人の命を使って作られた私は、粉々になろうと復活します」


 サクの告白に、ヨハンは背中に嫌な汗を掻く。一度だけ、一度だけでこの悪夢が終わるのであれば、それも仕方ないと思った。だからこそ、サクを滅することに躊躇いを持たずにいられたのに、サクは不死だと宣言したのだ。それは何度もサクを殺さなければならないことになるのかとヨハンの脳裏に嫌なイメージを植え付ける。


「私を倒したいのであれば相応の武器か、あなた自身が新たな力を得るしか倒せませんよ」


 サクはヨハンの能力を把握しているのだ。だからこそ、ヨハンがジャイガントを復活させた聖剣の事も熟知しているのだろう。聖剣ならば自分を滅することができると言っているのだ。


「聖剣は……使えない」

 

 サクの意図を察したヨハンであったが、聖剣は石となり使えなくなってしまっているのだ。


「頭を使いなさい。今のあなたなら、どうにかできるはずですよ」


 落ち込むヨハンに、サクから喝が入る。ヨハンはサクの言葉を信じ、ステータスを開いた。数多の魔法を習得した。スキルも普通の者では考えられないほど覚えている。戦術や協力技も昔よりも増えた。特殊スキルと呼べるモノにも開眼した。しかし、そのどれもサクを救えるものではない。

 ヨハンが手に入れていない魔法属性があった。それは聖と呼ばれる魔を滅する力なのだが、それを手に入れるためには特殊条件があり、ヨハンでは今までジョブすら得られなかった。


「ジョブか……」


 ステータス画面を見つめながら、ヨハンはジョブチェンジに目を止める。何か今までと変わったことがあるとすれば、新たなスキルロールが開いているか、新たなジョブが手に入っているぐらいだと思ったからだ。そして開いたジョブに明らかに一つだけ、特別なジョブが現れていた。


「勇者……」


 それはランスの固有ジョブであり、世界に一人しかいないと言われているジョブだ。自分には絶対になることができないと思っていたジョブである。


「そうか……ランス、お前は俺の中にいたのか」


 ランスの死は悲しみだけだった。だが、敵となったサクが教えてくれたのだ。ランスはヨハンの中にいるということを。ヨハンはジョブチェンジを行う。一番に勇者を装着し、補助職に大魔導士と大騎士をつける。大魔導士はヨハンを現し、大騎士はランスを現す。勇者を補助するのに、これ以上のジョブはないようにヨハンには思えた。


「聖剣よ」


 そして勇者にしか使えないと言われた聖剣をアイテムボックスの中らから取り出す。ランス王国においてこようかと思ったが、ランスの形見として持ってきてよかった。石であったはずの聖剣は青白い光を取り戻していた。主が帰ってきたことに聖剣も喜んでいるようだ。


「そう、それでいいのです」


 サクは仮面をつけているはずなのに、微笑んでいるように見えた。


「サク、最後にしよう」

「はい。終わらせてください。私の人生を」


 サクの言葉に一瞬、ヨハンは胸にモヤがかかりそうになる。彼女へは感謝の言葉しかない。彼女がいたからここまで来れたともいえる。なのに、最後は彼女を殺すことしかできない自分がどうしようもなく、情けなくて申し訳なかった。


「ああ、終わらせよう」


 ヨハンは疾走する。慣れない武器であったとしても武器の性能と、ヨハンのスキルが補助してくれる。頭上から振り下ろされた聖剣は、サクにつけられた仮面だけを真っ二つに切り裂いた。


「グッ」


 サクの小さなうめき声、そのあとにサクの無表情の顔が現れる。いつものサクがそこにいた。ヨハンの方へ崩れてきたサクを抱きとめる。


「やっと帰ってくることができました」

「ああ、おかえり」


 息も絶え絶えで、いつ止まってもおかしくないほど弱々しい声が嬉しそうに帰還を報告する。


「黒騎士を倒してから、私はずっと闇の中にいた。闇の中で操られ、あなたを攻撃しなくてはいけなくて、辛かったのですよ」


 彼女にしては珍しく感情の話をする。


「ああ、すまない」

「本当に世話のかかる人です。でも、どうやら最後まで私はお役に立てたようですね」

「ああ、ああ。お前のお陰で俺はランスが自分のなかにいることがわかったよ」


 ヨハンの顔はグチャグチャに濡れていた。彼女の最後の言葉を聞こうとするが、止めどなく流れ頬を濡らすことで、ちゃんと聞き取れていない。


「本当に情けない人です。私がついていないとダメなんですから」


 サクの手が濡れたヨハンの頬を撫でる。


「ああ、俺の傍にいてくれ」

「それはできません。私に残された時間はあと僅かです。この世界に何が起きているのかわかりませんが、不穏な動きがあります。くれぐれも気を付けて、そしてあなただからできると思います。どうか、世界を救ってください」


 頬を撫でていた手が降ろされる。ヨハンは必至にサクの手を取るが、その手には力が込めれていない。


「ああ、サクに約束する。この世界の歪みは全て俺が直す。だから安心してくれ」

「安心しました。では、さようならです。私の愛しい弟子さん」


 サクは笑っていた。心から嬉しそうに笑ってくれた。それを最後にサクの全身から完全に力が抜け落ちた。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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