閑話 女王ミリューゼ
ランスを手にかけたミリューゼ、セリーヌ、アクアはすぐに動き出した。セリーヌはランスの葬儀を取り仕切り、アクアも教会でヨハンを指名手配するための手続きを行った。
ミリューゼは家族にランスの死を知らせるため、王族だけが入れるプライベートルームに、家族全員を集めた。ランスの十の子供たちと、ミリューゼ以外の四人の妃や側室が一つの部屋に集まったのだ。
ランスの死を告げられた妻たちの反応はそれぞれだった。ティアは気丈にミリューゼを見つめ、サクラは泣き崩れ、シェリルは何かを失ったような喪失感を現した顔をしていた。それぞれの想いは違えど、ミリューゼと違い、三人はランスの死を悲しんだ。
ティアやシェリルなどは政治にも関係があったので、ランスが政務を行っていなかったことを知っている。しかし、ランスが愛した女性たちは、ちゃんとランスのことを愛していたのだ。
「本当にヨハンが犯人なのですか?」
ティアは気丈にミリューゼを見つめながら、そんな問いをミリューゼに投げかけた。ティアは知っているのだ。ミリューゼとランスの関係が悪くなっていることを。ヨハンが現れることのタイミングの良さを。ティアはミリューゼを疑っていた。
「本当よ。反逆者ヨハンは、ランス様と戦って聖剣を宝物庫から奪い去ったわ」
ティアの質問に、ミリューゼは真っ直ぐ目を逸らすことなく答えを返した。それはミリューゼの言葉に偽りがないと断言する力が込められていた。
「そう……ですか……」
ティアは納得していなかった。納得していなかったが、現在なんの証拠もないのだ。ティアとランスの間には五人の子供がいる。それは、ランスが一番ティアを求めたことに他ならない。
そしてティアも、ランスのことを深く愛していた。だからこそ、政治のこともわかるティアは、ミリューゼのことを疑った。
「これから私達は辛い時代を迎えることでしょう。でも、ランス様の無念を果たさなければなりません」
ミリューゼはティアから視線を外し、家族全体を見る。一人一人の顔を見て、力を合わせるように念を押していく。
サクラは泣きながら何度も頷き、シェリルは黙って祈りを捧げていた。そしてティアは何も答えることなくただミリューゼの瞳を見つめ続けていた。
「しばらくの間は、私が女王となり、ランス王国の運営をしていきます。私の子供であるミンスが成人するまでの間です。どうか皆の力を貸してください」
ミリューゼは深々と頭を下げた。それぞれの思惑があったが、反対の声を上げるものはいなかった。しかし、ミリューゼが女王となることを宣言したのち、ティア・キングダム、シェリル・シルフェネスはそれぞれの国下へ帰っていった。それは里帰りという名目と言われているが、ミリューゼへの反発があったのではないかと言われている。
女王ミリューゼが即位して、一番最初に行ったことは英霊ランスの葬儀であった。葬儀は盛大に行われた。それは確かにランスを送る葬儀に見えているが、新たな王の力を見せつけるように、他国にも書状が送られ、ランス王国の力が衰えていないことを示した。
「セリーヌ、手筈はいかが?」
「滞りなく」
嘗てミリューゼは、姫将軍と言われていた。それは王女なのに将軍として働いていたこともあるが、本人が戦場を好んでいたからだ。
そんなミリューゼは、その身に鎧を纏い、広場に集めた兵士たちに語り始める。
「これは弔い合戦です。私のわがままに皆さんに付き合ってくいただくこと、大変申し訳ありません。ですが、私の夫であり、この国の英雄を殺した相手を許すわけにはいきません。何よりも王と友であったことを利用して王を殺したヨハン・ガルガンティアを逃がしてはならない」
情に訴えるミリューゼは、兵士一人一人を見るようにゆっくりと視線を巡らせる。
「どうか、私に力を貸してほしい」
それは女王と宣言した者が絶対に行うことのない行為。平民も含まれる兵士たちに頭を下げたのだ。英雄ランスの死、悲しむ女王、それに胸打たれない兵士はいなかった。
一人、また一人と彼らは腕を突き上げた。
「「「女王ミリューゼ、女王ミリューゼ、女王ミリューゼ」」」
最初は小さな声だった。しかし、その声はだんだんと大きくなり兵士全体に広がっていく。兵士の熱は民に伝わり、ランス王国は女王ミリューゼによって完全に立ち直ることができた。
民にとってランスは英雄であった。しかし、王としてミリューゼは民の心を掴むことにたけていた。
「セリーヌ。進軍を開始する」
「はっ、カンナに進軍させましょう」
「ああ、私も皇族で進軍する」
「ミリューゼ様、自ら?」
「ああ、私はその方があっている。何よりこれは最後の戦いになるような気がする。この戦いを最後に私は王よりもさらに上に行く」
「王の上?」
ミリューゼの言葉を、セリーヌは理解できなかった。しかし、ミリューゼにはセリーヌには見えない未来が見えているのだろうと、セリーヌはそれ以上質問を重ねることはなかった。
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