閑話 冥王への献上品
ジメジメと暗い城の中、冥王は誰も生きた人がいない場所で暮らしていた。傍に仕えるのは骨だけのホーンナイトか、腐った肉をその身に宿すゾンビぐらいのものだ。
そこに生きた人間が入ってきたのは、つい先日のことだった。まさか、そのような人物が入ってくるなど考えていなかったので、冥王は驚きを通り越して呆れたほどだ。
「お初にお目にかかります。冥王ハーデス様、私はランス王国で聖女と呼ばれております、アクアでございます」
聖女は職業であり、役所でもあるのだ。そのためアクアが聖女と名乗ることに、なんら違和感はないのだが、聖女自ら冥王の下に訪れたことが冥王には驚きであり、不快であった。
「どうして聖なる者がここにいる?我と主は交わることのない聖と魔。貴殿がここに来る理由が我にはわからぬがな」
冥王はこの城の中で、ただ座っているだけではない。屍たちに魔力を供給し、闇法師こと、闇の教祖と戦っている最中なのだ。そこにランス王国から聖女が来れば警戒せずにはいられない。
「要件は簡単なことでございます。私と手を組んではいただけませんか?」
聖女は直球で冥王に言葉を投げかける。冥王は聖女アクアと会うのは初めてであったが、なんとも怪しい雰囲気を持った女だと思った。
「魔と聖が手を組むか、面白いが俺になんのメリットがある?」
冥王はこの場で聖女を殺すことも考えていたが、話が面白そうだったので、話だけでも聞いてみようと思っていた。
「私にはどうしても滅したい相手がいるのです」
「滅したい相手?いったい誰だ」
「ヨハン・ガルガンティアと呼ばれる人物です」
冥王はヨハンの名前を聞いて、ふと戦場でその名を聞いたことを思い出す。
「確か、王国の元帥ではなかったか?」
「いえ、今は逃亡を図った反逆者という扱いになっています」
「そうか、それと私になんの関係がある?」
「正直申し上げてヨハン・ガルガンディア滅する手段がありません。彼は我が国の王と同じ強さを持ち、倒すだけの強者がいないのです」
「うむ。居場所が掴めるのであれば、大勢で囲んでしまえばよかろう?そんなことぐらい王国でもできるだろう?」
「もちろん、私たちもそれを考え、すでに実行しました。ですが、あの男は狡猾でした。事前に私共の策を見破り、仲間を逃がして自分も逃げる算段をつけていたのです」
聖女の言葉に熱が籠る。彼女にとって、いかにヨハン・ガルガンティアが憎い相手なのか聞かされても、冥王としてはどうでもよかった。最初に感じた面白いという感情が薄れつつあるとき、聖女から面白い言葉出た。
「それもこれも彼に仕えていたサクなる女のせいです。彼女がヨハン・ガルガンディアに知恵を授けたのがいけないのです」
「待て」
「はい?」
冥王の言葉を止められ、聖女は聞き返した。
「今、なんと言った?」
「知恵を授けられてですか?」
「違う!もっと前だ」
「サクなる女が?」
「そうだ。サク、あの女がまだ生きているのか?」
冥王はサクという言葉に以上に反応した。それもそうだろう。彼が黒騎士であった頃、唯一負けた相手、それがサクなのだ。
「えっと、確かガルガンティアの地で療養していると思いますが」
ヨハンの報告を、うろ覚えでしか聞いていなかった聖女は彼女が植物人間であることを答えなかった。しかし、冥王はサクの名を聞くと興奮して立ち上がった。
「聖女よ。その女をここに連れてこい。そうすればお前の願い叶えてやってもいいぞ」
「本当ですか?」
「ああ、俺はその女に会わなければならぬ」
冥王の口元が上がり、恐ろしい笑みを作る。聖女は冥王の威圧に圧倒されたが、そこは彼女も聖女である。冥王の笑みに対して、聖女として恥ずかしくない笑顔で返した。
聖女はすぐにガルガンティアに赴き、眠ったままのサクをガルガンティアの地より誘拐した。誘拐したサクは棺に入れられ、冥王の下へと届けられた。
その際、聖女アクアは赴くことなく、代理の者として白いローブを纏った一団が冥王領を訪れた。
「これが聖女様の書簡でございます」
白ローブの隊長である男が、冥王に書簡を渡し下がる。冥王は内容を読み、唯々邪悪な笑みを作った。
「よかろう。承諾したと聖女に伝えよ」
白ローブたちは深々と頭を下げた。そこに侵入者が現れる。
「誰だ!」
冥王の言葉に侵入者たちは数名いたが、三人を逃がしてしまった。
「どうやら精霊王国連合からスパイが紛れ混んだようだ」
冥王の報告に白フードたちはそそくさとその場を後にした。残った棺の中にはサクの息遣いが聞こえてくる。
「グリード」
「ぎぃー」
冥王が名前を呼ぶと、死人グールがツボを持ってくる。そこには大量の心臓が入っており、グールが奪ってきた生きたグールの心臓である。
「お前は私のモノだ。貴様がどんな姿になろうと私が愛してやろう。私を打ち負かした褒美だ」
冥王は大量の心臓を使ってある儀式を行った。それは他人の命を奪うことで実現できる禁忌。それを施されたものは生きた死体として、その身が亡ぶまで冥王の奴隷として生き続けなればならないのだ。
黒騎士は自身を負かした軍師に恋い焦がれていた。それは冥王となった今でも変わらず、彼女を生きた死体として蘇らせ自らの配下とした。
彼女の正体を隠すように仮面をつけさせ、冥王は生きた死体となった彼女を愛した。
「早速、聖女から願い事が届いたようだ」
書簡には、精霊王国連合への侵略を願う内容が書かれていた。冥王は聖女の願いを聞き入れるため軍を精霊王国連合に向けた。
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