聖女の怒り
宗教とは世界を動かす力がある。ランス王国においても宗教の影響は強く。教祖や聖女は、王と同等の力を持つと言われている。
「それで、帝国領の現状はどうなっておるのだ?」
聖女を囲むように、十二使徒と呼ばれる教祖たちが座っている。彼らは聖女を通して国を動かし、裏から国を操る者たちだ。彼らの一言で王が失脚し、その命を散らして次の時代へ移行される。ランス王は彼らにとって良き王であった。自らの主張は善行ばかり、その善行もすべて教会が行えば王の威光など無いに等しいのだ。傀儡として最高の王であった。
「はい。貴族院のような学校が各地に作られ、亜種族が交流を持ち始めております」
聖女は、ヨハンが行っている政策についてだいたいのことを把握していた。それは帝国に紛れ込ませたスパイに寄るものだが、そのスパイをもってしてもヨハンの居場所を突き止めるまでには至っていない。
それこそたまたま居合わせて、ヨハンを見たという報告は上がっているが居場所を突き止めるまでには至っていないのだ。
ヨハンは常にドラゴンの背に乗り移動している。徒歩であるスパイが追うことは容易ではないのだ。
「ふん、忌々しい。亜種族が学校だと。絶対神様は我々こそが崇高なる使徒であると言われておる。亜種族は我々に従う劣等種ではないか」
使徒の一人が忌々しげに吐き捨てれば、他の使徒たちもそれに賛同し、罵詈雑言を聖女に浴びせかける。それが他人のことであれ、聞かされている聖女としてはたまらないだろう。しかし、聖女アクアは彼らが何を話そうと、笑顔を一切崩すことはなかった。その部屋を出るまで彼女は笑顔のまま聖女であり続けた。
「おかえりなさいませ」
聖女アクアが大聖堂に作られた部屋の中へ戻ると、侍女をしているシスタークレアが出迎えてくれる。
「ただいま。シスタークレア」
「今日は相当にお疲れのようですね」
シスタークレアは張り付けたような笑顔を続けるアクアを労い、温かいお茶を入れる。ジャスミンの香りで気持ちを落ち着かせ、砂糖を入れて甘めに仕上げる。
「はっ、あんなクソ爺どもなんて関係ないわ。本当にダメなのはミリューゼとセリーヌね。私の思惑通り、二人を頂点にしたのはいいければ、結局凡庸な王なのは変わりないじゃない」
それまで張り付いていた聖女の仮面を脱ぎ捨て、アクアは毒を吐き続ける。
「王様は元々勇者様で腕っぷしを買われたからあんなものでいいかもしれないけれど。他の幹部たちが酷すぎるは、いったい王国を立て直すのに何年かかっているのよ」
すでにミリューゼが実権を握り、三年が経とうとしていた。アクアの下にはヨハンの行っている政策や、冥王の動きなどが報告されている。それに対して、王国側は未だに戦力を整えることもできないでいた。
「このまま何もしないで、爺どもの嫌味を聞いてろっていうの」
アクアは枕を壁に投げつけ、怒りをどこにぶつければいいのかわからなくなっているようだ。
「どうしてこうなってしまったんでしょうね?」
シスタークレアは優しくアクアの愚痴を聞いてやる。
「そんなの決まっているわよ。ヨハンよ。あいつが王国を裏切るからいけないのよ」
アクアの怒りは理不尽でしかない。裏切ったのは王国側であり、王女ミリューゼ側なのだ。そんなことはアクアにだってわかっている。だが、アクアもヨハンの賢さを理解していた。セリーヌは敵として認識していたが、アクアは教会の聖女でなければヨハンに賛同したいぐらいだった。
教会の教えとして、亜人たちは人々の奴隷であり、下等な扱いをしなければならない。しかし、アクアだってわかっているのだ。下等なのは人の方だ。
人は魔族のような魔力をもたない。獣人のような嗅覚や聴覚も、エルフのような森と話すことも、ドワーフのような技術を持ち合わせていない。どちらか下等か見ていればわかるというものだ。
普通の人にあるのは、惨めなプライドと、ゴブリンのような繁殖力、そして多少他種族ができることを真似て、似たようなことができるというだけだ。
「あいつがもっと上手く立ち回っていれば、私の後ろだてで王でも宰相でもしたあげたのに」
アクアの怒りは、ただ一人の人物に向くことになる。
「そうよ。あいつが全部悪いのよ。あいつが作った学校なんて認めない。全部壊してやるわ。シスタークレア、私は出かけてきます」
「かしこまりました。いってらっしゃませ」
どこに行くのか、シスタークレアが聞くことはない。彼女はあくまでアクアの従者であり、アクアが望むことをするだけのだ。
聖女アクアは六羽のメンバーを集めた。もちろんミリューゼも混ぜたメンバーなのだが、サクラの姿だけがなかった。ランスの側室となり、忍びを引退したサクラはお呼びではない。ミリューゼを混ぜた六人がテーブルを囲む。
「ここに進言します。ヨハン・ガルガンディアを教会に討つようご命じてください」
アクアの申し出に六羽たちは驚き、しかし、アクアの覚悟に賛同した。アクアの想いは恨みとなって国を動かした。
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