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閑話 セリーヌの失態

 天帝の死は様々な事柄をもたらした。帝国内での革命、死霊王の投降、闇法師の失踪など、戦争の終結は人々に希望を与え、未来を予感させていた。


「来たわね……」


 死霊王が処刑されることが決まった王国軍の天幕の一画で、セリーヌはミリューゼからの密書に目を通していた。


「姉さま」


 妹のマルゲリータも合流し、カンナもセリーヌに呼び出されたことで同じ天幕にいる。


「わかっています。今の彼が、これからの王国に必要な人間だということは分かっています。でも、それ以上に彼が危険であることも事実よ」


 セリーヌは最初から、ずっとヨハンのことを警戒していた。だからこそ一番の腹心であるサクをヨハンの下へ行かせたのだ。

 サクならばヨハンを暗殺もしくは暗殺ができなくても抑えることができると思っていた。結果はセリーヌの思うモノとは違ってしまったが、ヨハンが危険であることをサクを通して十分に理解できた。


「私は反対だ。ヨハン・ガルガンディアが必要なのは、これからの時代だ。あいつは確かに戦術、戦略共に我々では勝てない異才だと思う。だが、私はあいつと接してわかったことがある。あいつは種族の差別をせず、常に先を見据えて敵も、土地も大事にしてきた。敵は全て殺すべきだと教えられてきた。あいつから色々なことを学んで、私は自分が間違っていたことを知った」


 カンナは帝国との戦争の最中、幾度もヨハンと共に戦い、その後ろ姿を見てきた。そして生き様を、人となりを知ってしまった。


「カンナ、黙りなさい。これは我らが主の命令よ」


 セリーヌたち六羽の主は、王様ではなくミリューゼなのだ。もしもミリューゼが王様を殺せと言うのならばセリーヌは迷いなく、カンナは躊躇いながらも殺すことを誓ったのだ。


「しかし、間違ったことを正すのは部下の役目であろう?」

「これは間違ったことではないわ。これから先、ミリューゼ様とランス様は世界の統一者となられる。それは絶対君主であり、誰も逆らえない特別な存在なのよ。でも、ヨハン・ガルガンディア、彼だけはランス様と対等の英雄であり、その人となりは、一部ではランス様を凌ぐ人気がある」


 他種族からはランスよりもヨハンの方が遥かに人気があるのだ。


「彼は危険よ。もしも、他種族が戦いを挑んできたとき、彼はどちらの味方をしてくれるのかしら?」


 ヨハンの後ろ姿を見て来たからこそ、カンナにはセリーヌの言いたいことが理解できた。ヨハンは必ず他種族の味方をする。たとえランスを敵にしようと、他種族を護るため戦う人だと理解できてしまう。


「そんなこと、我々が他種族を敵にしなければ……」


 カンナは自分が意味のないことを言っていることがわかってしまう。王国は他種族を認めていない。他種族は奴隷であり、下層民族なのだ。動物やペットと同じ扱いでしかない。

 今もガルガンディア地方以外に住む他種族のほとんどは、奴隷か酷い扱いを受けている者ばかりだ。ゴブリンやオークに至っては駆逐するべき害虫扱いでしかない。


「あなたもわかっているでしょ?私達は教会の教えの下、彼らとは相容れない」


 二人の顔にはここにいないアクアの顔が浮かぶ。聖女アクア、彼女は自分達と同じ六羽だが、彼女だけは教会側であり、自分達の監視者でもあるのだ。


「やるわよ」


 セリーヌの言葉にカンナはそれ以上反論できなかった。


「ガルガンディアにばれないように動きます」


 セリーヌが考えた策は単純なモノだが、これまでの戦いで、一番ヨハンを追い詰めた策だ。セリーヌが選んだのは死霊王と同じ、数でヨハンを圧倒するということだ。


「十五万の軍勢でヨハン・ガルガンディアを討ちます。決行は死霊王を処刑したすぐ後、場所は同じ処刑場で……」「わかりました」「・・・」


 マルゲリータは素直に返事をしたが、カンナは最後まで黙っていた。


 夜が明け、死霊王の処刑場にやってきた。セリーヌたち王国兵は、これまでの戦闘よりも緊張していた。ヨハン包囲網は万全を期しているが、それでも逃がすわけにはいかないのだ。

 処刑場所は小高い丘で行われることが決まり、丘を覆うように王国兵が配置されている。死霊王が逃げ出せないように河から少し離したのだ。

 対面上は死霊王のためということになっているが、本当はヨハンのためにここまで物々しい王国兵が集まった。


「いよいよだな」


 ヨハンの横には、リンとセリーヌが立っていた。死霊王は目隠しをされて、首を切られるのをただ静かに待っている。


「帝国の宰相である死霊王を、この場で処刑する」


 ヨハンの声により、処刑人であるカンナが剣を振り上げる。


「やれ」


 ヨハンの声と共に剣が振り下ろされ、死霊王の胴と首は切り離された。


「王国は勝利したのだ。さぁ、みんなで帰ろう」


 ヨハンの言葉に死霊王が逃げ出さないために組まれていた陣形が、ヨハンに牙を向く。


「まだ処刑は終わっていませんわ」


 セリーヌはこの時を幾度も巡らシュミレーションを繰り返した。


「どういうことだ?」

「これより、反逆者ヨハン・ガルガンディアを処刑します」

「反逆者?俺が?」

「そうです。あなたは帝国の将軍と内通していました。証拠はここに」


 そこには結婚式のときに、ヨハンを祝ったキル・クラウンの手紙があった。


「あなたがここまで勝利を重ねることができたのも、帝国の八魔将と内通し、手駒にしていたからでしょう」


 言いがかりであることはセリーヌ自身わかっている。それでも罪状は何かしらでっち上げなければならない。


「よって、ここにヨハン・ガルガンディア、リン・ガルガンディアの両名を処刑します」


 セリーヌの宣言と共に、兵士達がヨハンに武器を向ける。処刑場を囲んでいたのはすべてセリーヌ軍であり、その目にはヨハンを殺す意思が感じられる。


「これがどういうことかわかっているのか?」

「あなたに何ができると?」


 ヨハンは魔力を解放し、威圧を含めてセリーヌに凄んだ。しかし、セリーヌはヨハンの威圧をモノともせずに言葉を返した。

 

「いいんだな?」

「できるものならば」


 十五万人とは言わないが、セリーヌ軍二万の精鋭は確実にヨハンを殺すために動いてくる。


「重力アップ」

「くっ」


 ヨハンは自分の周りに重力の壁を作り出す。そうすることで、武器を持っている者は立っているのも辛くなり、矢はヨハンには届かない。

 

「今です」


 マルゲリータの声で、透明な膜がヨハンたちを覆い尽くす。それは小さなドームとなり、ヨハン、セリーヌ、リンの三人を包み込む。


「なんの真似だ?」

「すぐにわかります」


 それはマルゲリータが編み出し、魔導師を協力させることで威力を最大限に上げたバリアだった。ヨハンを捕まえるためだけに編み出した。マルゲリータ最大魔法だった。

 ヨハンがいくら魔法を放とうと、肉体を強化し攻撃しようと破ることのできないバリアは、重力の壁から兵士を護る。


「こんなことをしてどうなる?」

「あなたを逃がさないためです。そして……」


 重力で苦しみながらも、セリーヌは手を上げる。バリアの外側には、ヨハンとリンを狙って無数の剣が浮かんでいた。すべて魔力で操作されヨハンを狙っている。


「これならばあなたを逃がすことはないでしょう」


 無数の剣は上空にもあり、重力魔法を使っていれば、その威力は何倍にも膨れ上がることだろう。


「どこまで用意していたんだ?」

「私はあなたにあったときから、あなたを殺す方法を考えていました」


 セリーヌの狂気じみた執念が、ヨハンを捉えようとしていた。


「ヨハン様」


 リンがヨハンに寄り添う。


「大丈夫だ」


 リンを励ますように発せられた言葉に、セリーヌは眉をしかめる。


「大丈夫なことなどありません。あなたはここで死ぬのです」


 あげられた腕が振り下ろされる。しかし、剣がヨハンとリンに突き刺さることはなかった。


「テレポート」


 ヨハンはすでに上位魔法である空間魔法を習得していた。


「なっ!」


 上空部分だけバリアを解除し、剣を落とした瞬間、ヨハンとリンの姿は消えた。文字通りバリアの中から消えてしまったのだ。


「どういうこと?」


 セリーヌはわからない。テレポートなど見たことが無いのだ。対処のしようがない。


「とにかくヨハン・ガルガンディアを探すのです。そして必ず殺しなさい。冒険者ギルドにお触れも」


 セリーヌの行動は迅速だった。しかし、ヨハンを捕まえることはできなかった。ヨハンは事前にセリーヌたちの動きを察知して、先手を打っていたのだ。

 シーラやジャイガントなどの他種族たちにも逃げるように指示を出し、セリーヌがガルガンディア軍を捕らえようと動いたときには陣は引き払われていた。


「やってくれましたわね」


 ヨハン・ガルガンディア、リン・ガルガンディアは、その後冒険者ギルドによって指名手配される。王国を裏切った戦犯者として、それと共に王国は亜種族の弾圧を開始した。


いつも読んで頂きありがとうございます。

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